6、レナントの城

36、レナントの城

初めて来たレナントの城は、思っていたよりも作りが繊細せんさいでベスレムとはまた違った雰囲気を持っている。

ベスレムは織物おりものが主な産業であるが、レナントは鋳物いもの、焼き物、打ち物が有名で、職人の町と言われていた。

それだけに、城内の至る所が美しいレリーフやタイルで飾られている。

国境の町は常に戦いの危険もある物の、近隣の国と交易も活発で、その取引で得た資金の一部はとどこおりなく王都ルランへも流れていく。

ここはアトラーナの要所ようしょでもあるのだ。


「美しいお城ですね、母上。」


「ここは商売の場でもあるからな。ルランの本城より小さいが、それだけ手をかけてある。

隣国りんごくトランとアトラーナは元々一つの国。トランは小さな国だが、向こうの城はこの城とついで建てられた城じゃ。

湖のほとりに、白く美しい白鳥しらとりのように建っておる。」


「え?!」


リリスがふと立ち止まった。


湖の……白いお城……


どこかで見た気がする。

それはいつだろうか、……いや、つい先日のような。


頭の中に、赤い髪の女性と、そして仮面だけが……


「リーリ、いかがした?」


「あ、いえ、何かボンヤリと見たことがあるような気がしまして。

……少し考えてみます。」


赤い髪の女性は、リリサレーンだろうか。

夢に出てきた?

夢ではない?


頭が混乱する。

やがて階段を上り奥に通されると、大きな扉の前でガーラントがそこを守る兵に、リリスが来たことを告げた。

リリスは階段がきつかったのか、ひどく息が乱れている。


「しばし待て、この子は体調がまだ悪いのじゃ。」


セフィーリアがガーラントたちをせいし、リリスの背を撫でてやしのじゅとなえた。


「す、すいません、母上。」


息を整えながら、リリスがショール越しに見える兵の顔をチラリと見た。

兵は2人、何か相談してこちらに向かってくる。

そしてリリスの前で止まった。


「失礼する。そちらがリリス殿か?」


「は……はい。」


「なんじゃ、無礼であろう?」


不躾ぶしつけな兵の言葉に、セフィーリアがリリスの前に出た。


「母上」


リリスはセフィーリアを制して、兵の前に出る。

兵は戸惑うように、2人顔を合わせてリリスに話しかけた。


「失礼だが、召使いは城内で帯刀たいとうを許されない。どなたかに許しを得ているのだろうか?

この部屋に入るのであれば、申し訳ないがその剣はお預かりしたいのだが。」


「こ、これはザレル様に……」


アッとリリスが剣に手を添えた。


「何を言う、無礼な。リリスは風の魔導師、そして私の息子ぞ。」


「しかし、まだ正式にご子息しそくとは認められていないと聞きおよんでおりますし。

確かに城より来られた魔導師様ではありますが、身分上は風様の召使いとお聞きしております。

正式な身分にのっとってのこと、我々は決まりを守るのみ。どうかご了承願いたい。」


「ピピッ」


ヨーコ鳥が腹立たしそうに飛び立ち、兵の前をさえぎるように飛んでリリスの肩に戻る。

ガーラントも、眉をひそめリリスの横に立ち、融通ゆうずうの効かない兵に腹の中が煮え立った。


「私は騎士のガーラントと申す者だ。この剣は私が帯刀されるよう申し上げた物。

それにこちらは立派な魔導師である、すでに召使いなどではない。

城から派遣はけんされてきた魔導師殿に失礼であろう。」


「しかし……

では、魔導師としてお通ししますので、魔導師の塔よりたまわる指輪を確認させていただきたい。

城からの魔導師殿ならお持ちであろう。」


「そ……れは……あの……」


リリスがうつむき、思わず指をかくして唇をかんだ。

どこか、後ろめたい気分で気恥きはずかしい。


自分は、魔導師として正式な身分をいただいていない。


指輪は上位の魔導師としての一つの肩書きのようなもの、実際は持たない魔導師の方が多い。

しかしそれは、素質にかけた未熟な魔導師のことだ。

塔に認められた指輪を持つ魔導師は、それだけで身分を保障ほしょうされ人々にたよりにされる、上位の術が使える魔法士でもある。


リリスは十分に指輪を持つ資格のある、高位の術さえ難なくやってのける天才だが、彼は身分の低さから登城とじょうが許されず、その試験さえ受けることが出来なかった。

王子の侍従じじゅうとして先の旅に同行した時は、星の占いで出たために特例として許された。

奴隷とも同じ身寄りのない召使いが、一つ身分を上げるだけでもそれはとても困難なことだ。

まして身分上、指輪を持つ魔導師は騎士の上位となる。

指輪を与えるかどうかと、審議しんぎされたこともないだろう。


今までは、そんな指輪なんて無くてもいいと思っていたけど、今は欲しくてたまらない。

それさえあれば、きっとこの身分からも抜け出せるのだろう。



兵と押し問答をするセフィーリアたちの顔を見上げ、そして目を閉じうつむいた。

指輪を持たぬ弟子など、師に大変な恥をかかせてしまっている事以外に何があるだろう。

こんな大変なときに派遣はけんされた自分は、指輪を持っていて当たり前でなくてはならないのに。


「わかりました、申し訳ありません。身分を忘れて過ぎたことを致しました。」


リリスが腰から剣をとり兵に差し出す。


「リーリ!」


「お師様しさま、リリスはかまいません。お手をわずらわせ申し訳ありませんでした。

でも、これはザレル様から……私のご主人様よりお借りした剣、どうか大切に願います。」


「わかった」


兵が剣を受け取ろうとした時、中からドアが開いた。



「なんの騒ぎか、見苦しいぞ。」


「これは!」


兵がキリリと姿勢を正す。


そこには筋肉がりゅうと盛り上がり、身長も幅もある大きなヒゲの男が、ムスリと機嫌が悪い顔で現れた。

体格に合わせた巨大な剣をたずさえているのを見ると騎士なのだろう。

ジロリとリリスを見て、その大きな手を伸ばしてくる。


「あっ!」


思わずリリスが小さく身をちぢめ、とっさにガーラントが腕でさえぎった。


「何をなされる、ケルト殿!」


「怒るなガーラント、この邪魔じゃまな頭の布を取ってやろうとしただけだ。うっとうしいその布を取れ!」


「は、はい。」


リリスが慌ててショールを取り、頭を下げる。

ケルトという騎士は、大げさなそぶりでリリスをのぞき込んできた。


「おお!なんと、本当に赤い髪なのだな?

その方がリリスか、初めて見たぞ。

おお?なんと珍しい美しい瞳だ。ガーラントめ、貴様が美少年に弱いとは知らなかった。」


「なっ!」


カアッとガーラントの頭に血が上る。


「相変わらず口の悪い方だ。」


「ハッハッハ!怒るな怒るな。ああ、それどころではなかったな。さっさと中に入れ!お館様もお待ちだ。」


ケルトが大きな手でリリスを招き入れる。

リリスは慌てて剣を握りしめた。


「お待ち下さい、剣をお預け……」


「構わん、入るがいい。」


「え?」


キョトンとするリリスの手にあるショールを、セフィーリアが横から取り肩に羽織る。

そしてニッコリ笑いかけた。


杞憂きゆうじゃ、リーリよここは本城ではない。さ、はよう。」


「はい。」


この色違いの瞳を、初対面の人に美しいと言われたことはない。

まして、これほど優しくされたことも皆無だ。

リリスは驚きと戸惑いの入り交じった顔で剣を腰にもどし、そっと足を踏み入れた。

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