35、決意

しばし彼の胸の中で泣いて、ようやくリリスが顔を上げる。

ガーラントはポンとリリスの頭を叩き、ニヤリと笑った。


「今日は泣き通しだな。」


「うっ、ひっく。いいえ、いいえ、これで泣きおさめにします。」


目を真っ赤に泣きはらしながら、リリスが鼻をすする。


「そうだな、男はそうそう泣くもんじゃない。」


「じゃあ、じゃあ、悲しいときはどうすればいいんでしょう。」


ガーラントは、またリリスの頭をくしゃくしゃと撫でて笑う。

答えは自分で選べとでも言うように、ただかたわらにあるリリスの剣を渡した。


「公がお会いになるそうだ。そのひどい顔をなんとかせよ。」


「はい。

でも……涙と一緒に、ずっと胸にあった何か大きなかたまりが流れたようです。

わかった時のショックは自分でもビックリするくらいでしたが、知らなかった時より心がラクになった気がします。」


涙をいて、リリスが2人にホッと笑いかける。

セフィーリアが悲しい顔で微笑み、彼を優しく抱きしめた。


「リーリよ、たとえお前の何がわかったとしても、我らは何も変わらぬ。

絶望することは何もない、恐れることなど無いのだ。

お前のその、悲しいほどの物わかりのよさ。だが今は、それに感謝するぞ。

私の大切なリーリ、私はすべてを敵に回してもお前を守るとちかおう。」


「母上様……ありがとうございます。」


その、迷いのない言葉がリリスには大きな力になる。

ヨーコ鳥も彼の肩にまり、ピピッと鳴いて力づけた、


「さ、身支度を調ととえなくてはな。ガルシア公はきもわった男だ。

お前の容姿など関係なく、こころよく受け入れてくれるであろう。」


「はい」


リリスはコクンとうなずき、セフィーリアにうながされておけの冷めてしまった湯で顔を洗った。

泣いて泣いて、すべてを吐き出してホッとしたのか、今になってドッと身体中の痛みが押し寄せてくる。

やっぱり無意識に無理をしていたのか、ひどく身体はだるくダメージは大きい。


「ヴァッシュがおれば、あれのいやしは良く効くのだがのう。こっそり呼び寄せてしまおうか。」


「大丈夫ですよ、すぐに元気になります。

ただ、今は心が乱れているだけですし、少し休めば大丈夫です。」


大丈夫……そう、きっと

今は恐くて、ただただ恐ろしくて…………

自分はそれをかくし通すのか、他に知られてしまったときどうするのか……


どうする………?


自分はただ色が、髪の色が魔女と同じだと言うだけで、目の色が気味が悪いと言うだけで捨てられた。

それが、本当に魔女だと知れたなら……

自分を殺そうとした者にも、良い口実を与えることになるだろう。


不安が心に重く広がる。


ああ、少し時間が欲しい。

しばし1人になりたい。

でも、今の私に自由はない。

母上に、またご心配をおかけしてしまう。


リリスが目を閉じ、ザレルの剣を手にギュッとひたいの前でにぎりしめる。

苦しい時、つらい時、彼はいつも父のように話しを聞いてくれた。

そして力になってくれた。



どうか、どうか力を。

ザレル様、あなたがここにいてくれたらどんなに心強いことか……

ああ、あなたを声に出して父上と呼べたなら。


召使いと主人ではなく、ちゃんとした親子として……

母上の子だと、皆様に正式に認めていただきたい。

フェリア様を、フェリアと……妹として呼びたい。


先ほどまで泣いていた彼の顔がキュッと締まった。

このアトラーナの状況の中で、何か功績こうせきを上げて認められたなら。


そうだ、ここでがんばらねば。

召使いなどではなく“本当の家族”を手に入れるために。

そう、覚悟を決めてきた。

これが最後の望みかもしれない。

いずれ自分の中に眠る、リリサレーンのことは知れてしまうだろう。

殺されるのか、捕らえられるのか、アトラーナから追放されるのか、すべてを失うだろうと考えればまた恐くて泣きそうになる。


でも……


せめて、それまでは……ほんの一時でも家族を手に入れたい。


私は……もう泣かない!

何があっても乗り切ってみせる!



ギュッと唇をみしめ、顔を上げた。

剣を腰に差し、そしてボロボロになったメイスのひもを手に取りキュッと髪をしばった。


「そのようなヒモ、すぐに切れてしまうであろうに。良い物を母が用意してあげよう。」


「いえ、これは大切な友人から頂いた物。切れたらまたむすべばいいのです。

では母上、こうにご挨拶に行って参ります。」


「何を言う、わしも一緒に行くぞ。お前がいじめられそうになったら守ってやらねば。それが母のつとめぞ。」


奮起する母に、リリスが明るく笑う。



ありがとうございます、私の大切な母様……


ヨーコが飛んできて肩に留まった。


「ピピッ、リリス、そのヒモ使うの?」


「ええ、もう嫌な感じはありませんし。メイスは知らずに下さったのだと思うのです。」


「でも……」


「参りましょう。こちらの現状も、何もわかっておりません。」


そうして2人、先を行くガーラントについて行く。

初めて会う城の人々を刺激せぬようにと、彼は良い顔をしないセフィーリアをよそに頭に彼女のショールをかぶっていった。

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