23、白い魔導師の急襲(流血有り)

あたりを見回しても、逃げまどうミュー馬が軽やかに飛び跳ね、駆け抜けて逃げる姿しかない。

人々の恐怖が入り乱れ、呼び寄せられて精霊がリリスの元へ集まってくる。

リリスはほのかに全身を輝かせながら、どんよりとした空に両手を大きくかかげた。


「風よ!我らの足を止める、よこしまな者を捕縛ほばくせよ!せいなる者をみだせしは、我らが聖地を乱す者なり!!」


風が集まり、そして何かを見つけたように宙で渦を巻いた。

そこに魔導師がいるのか、リリスが目をこらす。


「くっくっく」


不気味な含み笑いが辺りにひびいた。




「こしゃくなガキよ!」




「あっ!」


空から声がして、突然白いマントに身を包んだ顔のない男が正面に現れリリスに迫る。

杖を振り上げ、それにじゅを込めて振り下ろした。





破砕はさいせよ」





妙に落ち着いた声と共に、リリスとその男の間の空間がひずんだ。

とっさにリリスが両手をさえぎるように差し出す。


「ビルド!

黒き言葉よ無にせ、ガラム!」


リリスの手の中で風と光が混合し、ひずんだ空間をさえぎった。

その半数が光となって消え、ひずみが大きくあふれ出してリリスの手をかすめ、流れて行く。


「くうっ!」



ゴオッ!

バリバリバリ!ババババーーッ!!



ぎょしきれなかった部分の力が、後方へと拡散かくさんし馬車のほろを吹き飛ばす。


「痛っ!」


リリスの昨夜切れた腕の傷が激しくけ、血がそこより流れ出した。


「うわあっ!助けてくれ!」


「御者様!」


隣にいた御者が、恐怖にたまらず飛び降り馬車を放棄ほうきして逃げてしまった。


「ククク、お前の力はそんな物か。」


顔無しはまた空間へと消え、リリスは頰からも血を流しながら指を組んでじゅとなえる。

腕の傷からはどくどくと血が流れ、止めどなく足下へ流れ落ちた。


「い……痛……く、」


消えた!消えたのか?空間の狭間はざま

異世界を、呪文もなく勝手に、自由に行き来できるというのか?


そんな……ヴァシュラム様にしか出来ぬ事。

それに何という……見たこともない、異質いしつな力。

勝てるだろうか、いや、勝たなければ!


激しい痛みに乱れた息を整え、ひたすら集中して風を呼んだ。


騎士や戦士達は馬車を残して走り去り、皆が道へと出て逃げまどう。

ふとガーラントは馬車が来ないことに気が付き、引き返そうとして仲間の悲鳴に目を見開いた。

先頭を走る者の先に、大きくあいた黒い空間がポッカリと、時折雷のようなスパークを散らしながら一行を飲み込むように大きく広がる。


「なんだ!あれは!」


先頭の数人が馬ごと黒い空間に飲み込まれ、それは人を食うとまた一回り大きくなる。


「助けてくれ!助け……」

「手につか|《ルビを入力…》まれ!早く!うわっ!うおおお……」


飲み込まれる騎士をなんとか助けようとして、もう一人も頭から飲み込まれて消えた。

あたりの森が次第に巨大な空間に飲まれ、先を進めなくなってしまった。


「逃げろ!早く!この!」


ガーラントが恐怖で動かない馬を思い切りなぐり、我を取り戻した馬が一目散に引き返しその吸い込まれそうな空間から逃げ出す。

黒いかたまりはまるで生き物のようにうごめき、その上には白いローブをはためかせた小さな人間が、杖をかかぎょしていた。




やみヨ、オ前ニえさヲヤロウ。

黒ク果テシナク無ニ近イ者、某々ぼうぼうト生キル者ヲ飲ミ込メ。

ソノ生ニ意味ハナシ、ソノ存在ニ意義ハ無シ。サア、食ッテ食ッテどんどん大キクオナリ。ヒヒヒ……」




大きな杖を持ち、子供のように小さな身体を白いローブに包み、すっぽりおおったフードの奥に紅い目が2つ光る。

それはニヤリと不敵に笑い、まるで自身が人々を飲み込む満足感を得ているようだ。

逃げようと手綱を引く人々にはんし、ほとんどのミュー馬は毛を逆立て凍り付いて動かない。

ただ恐怖に駆られた戦士達の声が、どうすることもできない無念にまみれて悲鳴を上げ、逃げまどってパニック状態となった。


「うわああ!!」「ひいっ!」


入り乱れて後方へと走り始めた者の上に、白マントの男が現れる。


「魔、魔導師か!そこをどけ!」


思わず兵の一人が剣を投げると、顔のない白マントの魔導師は杖を横にないだ。


「破壊せよ!」


ズン!と空気をゆらし、衝撃波しょうげきはおそう。


「ギャアアァァ……」


3人の兵がまるでハンマーに殴られたような重い衝撃を受け、馬ごと吹き飛んでゆく。


「ククク、お前達に逃げ場はない!

援軍えんぐんなど許されぬ!死ぬがいい!」


あたりには、兵達の悲鳴と二人の魔導師の不気味な笑い声がひびき、空が暗くしずんだ。



「いけない、急がなくては。」


リリスが遠くひびく悲鳴に、傷ついた腕をギュッと手近の布でしばり立ち上がる。

風を呼び、その身体をフワリと舞い上げ一息に飛んだ。

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