6、決意

「それは許せぬ。わしはこの子を母であるセフィーリアから預かっている。

お主らがどうしてもと引きずって行くなら、その手を土塊つちくれに変えても守ろうぞ。」


「地の精霊王殿!あなた様は王子に忠誠をおちかいになったのですぞ!」


「忘れはせぬ。だが、城の内紛ないふんは我が身をしばる誓いの内に入っておらぬ。心してものを申せ。

それに、今のままでは近い内に誓いも破棄はきされよう。我らが誓いを立てるのは、王の中の王のみ。

このような騒ぎさえ押さえることも出来ぬキアナルーサに、果たして国を背負うことが出来るか疑問ぞ。」


「なんと言うことを、ドラゴン殿!」


グッと男が声に詰まった。

女と顔を見合わせ、どうしたものかとルークを見る。

しかし、肝心の遠見の御仁ごじんは置物のようにして一言の助けもない。

男の心に、ふと、うわさは本当ではないかと不安がよぎった。



「私は……城へ行ってもかまいません。」



リリスがヴァシュラムに構わず声を上げる。


「馬鹿なことを、リリスよ。

これらはキアン側の人間、城へ帰るなりお前を殺すやもしれぬ。」


「わかっております。が、私が参りますことで、王子のお力に少しでもなるのでしたらさんじましょう。」


「お前が何と言おうと、やいばの先に立つことなど許せるわけがない。

まして城に上がるなど、また別の意味で地獄を見るであろう。」


「そのお気持ちだけで、リリスの心は救われます。ですが私はアトラーナの魔導師なのです。

この力が何のためにあるのか、この世界にいて安穏あんのんと暮らすうち忘れ去るところでした。」


目を閉じ、じっともくしていたルークが顔を上げた。

そして我が身もかえりみず言い放つリリスの姿に、大きくうっすらとアトラーナの紋章もんしょうが揺らめき、リリスがそれと重なって見える。

遠見は近い未来、遠い過去さえ見通せる。

その力がこれまでで最も強いと言われたこのルークは、シリウスの山のふもとに城まで与えられて大切にされているのだ。

だからこそ、遠見のルークにはわかっている。



あのうわさは、真実であると。



いや、もしかしたら、このリリスが自ら玉座を狙って公やドラゴンを動かしているのではないか……そう思っていたが、実際に会ってみるとどこかイメージが違う。

いまだかつて経験したことのないほどに、モヤがかかって未来が見渡せない。


城でも疑惑が渦巻うずまき、リリスが城へ行ってもかなり風当たりは強いだろう。

そのことは、彼もわかっているはずだ。

だからルークには、リリスがうなずくとは到底とうてい思えなかった。



よほどの馬鹿か、策略家さくりゃくかだな。



ルークがうつむき、ほくそ笑む。


その前で、リリスが決意を固め、唇をかんだ。

自分の存在のために起きた、キアナルーサの危機。

たとえ殺されようと、それは運命と決めている。

自分は、もとよりこのことを憂慮ゆうりょした両親に捨てられた身だ。どんな扱いを受けようと仕方ない。

この国の安定のために死ぬのなら、それこそ本望ほんもう

リリスは心を決めて立ち上がり、胸に手を当て頭を下げた。


「どうか、城への同行をお許し下さい。私は、キアナルーサ様にお会いしとうございます。」


「おお!来てくれるか!」


男が明るい顔で立ち上がった。


「リーリ!」


フェリアがリリスのコートを引っ張る。その顔は、不安そうで怒って見える。


「大丈夫でございますよ。リリスはしばらくおいとましますが、また戻って参ります。」


「いや、わしも行く。」


「またそのようなことを。」



「私も行くわ!」ヨーコが声を上げ立ち上がった。



「ええ!ヨーコ、何で……あたしは……」


アイが戸惑ったようにうつむく。

以前行った時の、衝撃的な光景が浮かんで尻込みする。出来ればあんな事、2度と見たくない。


「アイ……」しかしヨーコは、驚いて彼女を見る。


それでも、1人でもリリスを守りたいと思った。


「あたし、1人でも行くよ。アイは先に戻って。」


「でも!そんなこと……あたしだってリリス様の力になりたい。でも、恐いんだもの。」


それでもと、顔を上げリリスと目を合わせるヨーコに、リリスが目を伏せた。


「……困りました。リリスもお気持ちはわかりますが……」


「私、リリスの力になりたいの。」


「この異世界人を城に?冗談ではない!」


怒る男にリリスがどうしたものかとヴァシュラムを見る。

ヴァシュラムはしばらく考え、そして首を振った。


「ならぬ、今回これは我が身さえ危うい状況にある。お前が行けば、これは更にお前のことも命をかけても守ろうとするだろう。リスクを増やすことはない。」


「でも!」


「今はお前にかまっているはない、のちほど話そう。」


取り付くヒマのないヴァシュラムに、ヨーコの顔が見る見る真っ赤になった。

クールな彼女がそんな顔をするのを、アイは初めて見た気がする。


「もういい!クソジジイ!」


「あっ、ちょっと、ヨーコったら!」


足音を鳴らして部屋を出るヨーコを、慌てて追ってアイも部屋を出る。

リリスはホッと胸を下ろし、それでも自分を思ってくれるヨーコに頭を下げた。

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