5、アトラーナの使者

「先ほどは失礼した。」


さっき追っていた二人が立ち上がり軽く礼をする。

リリスはやや気が抜けた様子でガックリ肩を落とした。


「結局…ここを見つけられたのですね。」


「どうしてもあなたには逃げられてしまいますので、遠見とおみのルーク様にお願いしたのです。」


そう言って目を移す男は、リリスを見ようともせず座ったまま茶を飲んでいる。

リリスは遠見の名を聞き目の前の男の地位を思い出すと、その場に膝をついた。


「これは名高きシリウスの遠見様、無礼をお許し下さい。わざわざ城からお越し頂き、お手を煩わせることとなり申し訳ございません。」


頭を下げるリリスに、ため息をついて男は顔を背ける。

ここへ来たのは余程不本意だったのだろう。


「悪かったと思うなら、せめてその気味の悪い頭を何かで隠せ。

血のような赤い髪、その色違いの目、見ると身震いがする。」


「申し訳ありません、すぐに御前おんまえより消えますゆえ……」


リリスがどうしようもなく、腰を落としたまま部屋を出ようとする。

こちらの世界ですっかり緩んでいた気持ちが、突然アトラーナの世界に引き戻された気がして体中の血が下がって行く気分だった。

しかし苦々しい顔で、奥に座る中年のスラリとした男が手を挙げる。

遠見の前でも足を組みくつろぐ紳士は、ロマンスグレーの髪をオールバックにしてコロンの香りを漂わせていた。


「良い、リリスこちらに来るがいい。お前の姿は美しい。

それをわからぬアトラーナの石頭の言うことなど気にせずとも良い。」


「はい……でも、少々失礼いたします。」


解放されて容姿を気にもかけずに過ごしたここに、ベールなどはない。仕方なく近くにあったウールの膝掛けを手に取り、頭からかぶってショ−ルの代わりにした。


「王子と旅を共にした稀代きたいの魔導師殿が、なんと滑稽こっけいな姿よ。」


その姿に、女がクスリと笑う。


「お目汚し、まことに相済あいすみませぬ。」


リリスが紳士の横に膝をついて座り、深く頭を下げた。


「失礼な奴ら、王子なのに。」


「うぬ!」


部屋の外からアイ達と一緒に覗き込んでいたフェリアが、手を震わせたまらず飛び出す。

怒りに燃える少女の髪は逆立ち、部屋の中を風が吹き抜けた。


「おのれ〜黙って聞いておれば、我が巫子に数々の無礼、許せぬ。」


「フェリア様、いけませんおさがり下さい!」


「いいや!これだけリーリをいじめられては黙っておけぬ!」


ビョウと風が巻き、カーテンが舞い上がって壁の絵がガタガタと音を立てる。

高価そうな大きなツボがカーテンに引っかかってかしぐのをリリスが慌てて押さえ、少女に向かって声を上げた。



「フェリア様!リリスは怒りますよ!」



ドキッとフェリアの動きが止まる。

紳士がジロリと視線を向け、少女をにらみ付けた。


「アトラーナに帰りたいようだな。」


重い声に、少女が血相を変えブンブン首を振る。いつの間にか風が止み、少女は小さくなった。


「フェリアはリリスと一緒にいたい、帰りとうはない。しかし、ヴァシュラムは腹がたたんのか?」


「えっ!ヴァシュラムって、あのじいさん?!」


アイが驚いて声を上げた。

学校で用務員をしていたヴァシュラムは、ヨボヨボの爺さんだった。それがこの紳士と同一人物?


「ほう、久しぶりだな。町で会ったのか?」


「はい。隣室でお待ち頂きます。」


「いやよ!キアンもからんでるし一緒に聞くわ。」


アイがその場にドスンと座り込み、ヨーコもその隣に座る。

渋い顔の男女だが、ヴァシュラムは気にしない様子で話を続けた。


「まあ、よかろう。

さて、フェリア。向こうの世界の奴に何を言っても無駄であろうよ。

生まれたばかりのお前は知らぬが、リリスは生まれた瞬間からその髪と目のおかげで艱難辛苦かんなんしんく対峙たいじしてきた。今は控えよ。」


フェリアがブウッとして、リリスに寄り添い彼の服を掴む。

リリスがホッと息をつき、少女をそばの大きなクッションに座らせた。


「ルークよ。そのベスレムのうわさ、そこの2人はまだしも、遠見殿はわかっているはずだがな。」


ヴァシュラムがルークに問いかける。

答えぬルークに、男が一つ咳払いした。


「フレアゴート様は何か勘違いをしておいでに違いない。

その魔導師殿が王子の兄弟などと、そのようなことあるはずがないであろう。王は、まったく覚えがないとおおせだ。

とにかくリリス殿、どうかアトラーナへ戻り、この騒ぎを静めて頂きたい。」


「私がですか?私になにができましょう。

私にできるのは、こうして騒ぎが収まるのを待つのみです。」


「いや、はっきりせねば騒ぎは落ち着かん。

ラグンベルク公がこのまま騒ぎを大きくされでもしたら、キアナルーサ様の戴冠たいかんに傷が付くことになる。」


こうが耳を貸されたおかげで、少々騒ぎが起こってな。

これで謀反むほんでも起こされようものなら、国が二分してしまうのだ、おわかりであろう。

この状況、何とか打開だかいこころみたい。だからあなたには来て頂き、王子のもとに忠誠を持って仕えて欲しいのだ。

そうなれば公も強く出ることが出来ぬはず。」


「それは……」


顔を上げるリリスに、ヴァシュラムがそれを制した。

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