水無月
お白湯
水無月
5月のゲリラ豪雨がやけにやかましく唸っている。夜闇の寂しさを打ち砕くように少し間を空けて立っている同僚は私に語りかけて来た。
「6月の事をなんで水無月って言うか知ってる?」
傘のない私は駅で迎えを待っていた。私は同僚の方を向くと答えた。
「五月病が酷い雨の日にそんな憂鬱な事を聞くなんてナンセンスだな。」
少し機嫌の角度が変わった私はジト目がちに見つめた。その瞳に映っていたのは、いつものおどけたような同僚の表情が街灯もない駅端に浮かび上がっていた。
「ははっ、いつも辛いな。」
いつも飄々としている同僚の様子は次第に虚ろなものへと変わり続けて話した。
「.....天界にね....水が無くなるんだ。だから水無月って.......」
薄闇の中、同僚の少し緩くなった影ある表情に寂しさと親近感を覚えつつも私は話を聞く事にした。
「なんかあったの?」
「猫がね、死んだんだ。だから5月もこんなに雨が降ったらあいつ困るんじゃないかなってさ.......。」
死について語る時、人は口どもる仕草を私は知っている。同僚の弱気な姿など見たくはない。
雨の日のナイーブな雫は私の器から溢れ出し、私を少女へと戻した。
「ていっ!」
景気付けとばかりに私はヒールを足で同僚のズボンへと投げつける。その先のズボンにはうっすらと雨染みができた。
まるで猫がなめたような染みだった。
「らしくないぞ!あんたも五月病でどうすんの!シャキッとしなさい!」
次第に同僚の微笑む顔が暗順応した私の目には映し出されていた。それはくっきりとした少し目尻に涙を貯めた笑顔だった。
「ありがとう。」
「それに明日は晴れよ。」
投げたヒールが珍しく表向きで転がっていた。
あした天気になれ。
水無月 お白湯 @paitan
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