第41話 砂上の舞巫女

 翌早朝、朱里たちはオアシエの町の西門に集まっていた。未だ一つ目の陽が頭頂を見せたばかりという頃ではあるが、道行く人は多い。朱里たちが町に着いた日中以上に賑わっているのは、過ごしやすい時間帯での活動を求めるが故だった。


「それでは皆さん、よろしくお願いします」

「はい」


 ナイルは当然〈ストレージ〉を修得しているため、殆ど手ぶらの恰好で現れた。元冒険者らしく武器や防具もそれなりの質のものを揃えており、振舞にも慣れを感じられる。砂色に染められた革鎧に白いマントという彼の格好は、カサディラの一般的な冒険者そのものだ。

 彼と一通りの挨拶を済ませた五人はそのまま門を抜け、遥か西南西にあるカサディラ砂漠の首都、カサンドラを目指して旅立った。


 そしてひと月が経った今、すっかり打ち解けた朱里たち五人とナイルは共に焚火を囲んでいた。砂丘に〈土魔導〉を使って堀った穴の中は案外に快適で、寧音などは時折欠伸をしている。朱里がふと穴の入り口を見ると、真っ黒なとばりに星々が煌めく様子が見えた。


「そろそろ私たちは寝ましょうか」


 最初の見張り役を除く四人に朱里はそう声をかける。初めは翔と陽菜が見張りの担当だった。

 彼ら二人を残し、就寝の準備に入る。その時だった。

 朱里と翔の持つ察知系スキルが警報を鳴らし、襲撃者の存在を伝える。〈ストレージ〉から各々の武器を取り出し、弾かれたように洞穴の入り口を見る。やや遅れて、他の四人も臨戦態勢に入った。


「……数は十。たぶん、砂漠鬣犬デザートハイエナの群れかな」

「私たちを襲うって事は相当の飢餓状態ね」


 狡賢く、他の捕食者の食べ残しを好んで食べる砂漠鬣犬デザートハイエナが生きた獲物を狙う時は、決まって飢えている。それはつまり、形振り構わない、襲われる側からすれば危険な状態にあると意味していた。


「寧音と煉二は入り口付近でナイルさんの護衛。俺と陽菜、朱里で殲滅するよ」


 しかしその危険度は、単体でC⁻ランク。今回の群れの規模でもAランクに届かない。彼女たちなら特に気負うことなく勝利できる相手だ。狭い洞穴の入り口では振り回すのに不安のある長物使いを迎撃役として、翔は殲滅することを選ぶ。

 未だ姿を見せない砂漠鬣犬たちだが、すぐ近くで期を待っていると全員のスキルが告げていた。翔は陽菜と朱里に目くばせをすると、前方へ手を向け、魔法名の詠唱すら無しに光の矢を撃ちだす。それが向かいの砂丘に着弾し、砂煙を巻き上げるのと同時に三人は飛び出した。

 洞穴の入り口を囲う様にしていた鬣犬ハイエナたちのうち左方の一団に向けて翔が肉薄し、飛び上がった朱里が上方の二体に槍の穂先で切りつける。

 その槍はアルジェから譲り受けたもので、漆塗りのような艶のある黒の柄の先に細い菱形の両刃が光る希少級レアの逸品だ。柄の素材となっている木材と両端に刻まれた金色の文様が増幅したの力は、唯でさえ鋭い刃をより鋭利な物へと変える。槍はそれを振るう朱里の手に一切の抵抗を感じさせる事無く一体目の頭部を水平に切り裂き、飛び退こうとする二体目の鼻先を切りつけた。

 振りぬいた勢いで反転する朱里の目に見えたのは、右方から空中の彼女を狙う鬣犬たちが陽菜の[風爆ふうばく]で足止めされる様子。


「陽菜、行って!」


 逃亡防止の為か、開けている右方には群れの大半、六体の砂漠鬣犬がいた。その内の一体へ向けて予備の槍を投擲しながら朱里は叫ぶ。

 陽菜は赤銅色しやくどういろの柄の薙刀を後ろ手に構え、砂上を駆ける。と同時に、朱里の投げた槍が先頭の一体を穿った。

 後続が怯む中、貫かれた個体のすぐ後ろにいた鬣犬は近づく陽菜を脅威と見て駆け出した。概ね地球の鬣犬ハイエナと同じ姿で、比較的細長い四肢の砂漠鬣犬デザートハイエナ。その爪と牙は陽菜の喉笛を裂くのに十二分の鋭さを持っている。朱里の槍よりもいくらか長い陽菜のそれを躱し、カウンターで一撃必殺を狙っているようだった。

 陽菜はその個体が薙刀の間合いに入る直前左足を前にブレーキをかけ、体を反転させる。そしてそのまま薙ぎ払い、憐れにも完全にタイミングを外された砂漠鬣犬を一刀両断にした。

 彼女の舞はまだ終わらない。水平に描かれる弧の向きを体裁きで縦方向に変えると、使い手の頭の二倍ほどある刃が遠心力に従って宙を目指す。陽菜はそれに合わせて跳躍し、群れの中央付近で未だ惚けたままの一体へ向けて薙刀を振り下ろした。

 鬣犬の頭部を唐竹に割ったそれは白い三日月を描き、やや前傾で片足を着いた陽菜を次の舞へと誘う。再び水平方向へ向けられた力が白黄色の砂上に円を描くと、三つの赤が舞台を彩り、彼女の舞の終わりを告げた。


「……ふぅ」


 陽菜の舞を横目に仕留めそこなった一体に止めを刺した朱里は、槍を振るってある程度の血糊を飛ばし、残りをふき取ってから残心を解いた彼女にお疲れと声をかける。


「陽菜、援護ありがと」

「朱里ちゃんもね」


 陽菜は笑い返すと、朱里同様に血糊の処理をしてから解体に入った。洞穴の入り口を挟んで反対側では翔が三体の砂漠鬣犬に解体用のナイフを突き立てている。


「魔石意外だと一応爪が鏃になるみたいだけど、売っても微妙な値段にしかならないみたいだね。どうする?」


 とりあえずと足元の砂漠鬣犬から魔石を取り出しながら聞く陽菜に、朱里は同じく魔石だけ取り出しながらどうするかと考える。限りがあるとはいえ〈ストレージ〉に入る量は膨大なのだから、別に荷物になると言う程ではない。しかし時間をかけるとそれだけ他の魔物が寄ってくる危険が増す。ならば死体丸ごと収納して後で解体するのも手だが、そうすると今度は解体した後の死体の処理が面倒なのだ。


「あっ、爪は少し色を付けて買い取りますよー!」

「だ、そうよ」

「じゃあ回収しよっか」


 十体分、各脚四つずつの計百六十個の買い取り額に色を付けてもらえるのなら、全員のお小遣い程度にはなるだろうと彼女たちは考えた。

 寧音や煉二、ナイルも参加した結果解体作業はすぐに終わり、死体を埋めた後はすぐに洞穴に戻る。そこで爪をナイルに買い取ってもらった後、全員で一息つくことにした。血の匂いに引かれて他の魔物が来ることを懸念してだ。


「それにしても、皆さん、本当にお強いですね。Bランクだとは思えません。これでも冒険者時代はBランクまで行ったのですが……」


 ギルドの制度に、貴族など地位のある者や一定ランク以上の冒険者からの紹介があれば、現在のランクに関係なくCランクの昇格試験を受けられるというものがある。Cランクは昇格試験の必要な最初のランクで、順当にランクを上げても平均して三年ほどで辿り着ける位階だ。現在までにCランク以上の冒険者を平均すると、という意味ではあるが、朱里たちの実力ならばCランクになれない筈はない。

 旅立つ少し前に五人は、SSランク冒険者であるアルジェの推薦を受け、Cランクの昇格試験を受けた。その際試験官からBランクでも実力的には問題ないとお墨付きを得た為、旅立った時点で後は依頼を熟して実績を積むだけという段階にあった。そして旅の中で十分な実績を作り、昇格を果たしたのがカサディラ砂漠に入ってすぐの事になる。Bランクの昇格条件にはもう一つ、というものがあるが、これについてはアルジェが既に教えたと証言したことで無条件合格とされた。


「Aランクの下限くらいだって私たちの師匠は言ってましたねー?」

「師匠って、いや、そうなるのかな……?」


 アルジェ達を勝手に師匠と言って良いのか首をひねる翔の傍ら、ナイルは納得した様子で首を縦に振る。


「陽菜さんなどは踊る様に戦うので、見ていてとても楽しい。まるで噂に聞く【舞姫】のようです」

「【舞姫】、ですか……?」


 有名な冒険者か何かの二つ名だろうか、と疑問符をつけた朱里の様子に驚きながら、ナイルは誰の事かを口にする。


「数少ないSSランクパーティ『戦乙女ヴァルキリア』の一人、スズネ・グラシアの事ですよ。一見すれば普通の『人族』なんですが、なんでも上位種族で千年以上生きているのだとか」


 これを聞いて、朱里は納得する他なかった。初めてスズネが戦っている所を見た時、その美しさに圧倒された事を今でも覚えている。

 

「はえー、アルジェさん達のパーティー名ってそんな名前だったんですねー。いいなー」

「おや、もしかして、の大英雄たちとお知り合いなのですか?」


 翔がそうだと肯定すると、ナイルは疑う様子もなく目を大きく見開いて驚いて見せた。


「陽菜は主にスズネさんから指導されてたんです。それより、大英雄って、アルジェさんたちは何をしたんですか?」

かつて起きた竜種と人の戦争、『第二次人竜戦線』の事はご存じですか?」

「はい。人間種族に『龍魔大樹海』の古代竜エンシェントドラゴンが怒りを爆発させて起きたっていう大規模なスタンピードですよね」

「ええそうです。その古代竜をたった一パーティ。三人で討伐したのが、『戦乙女』なんですよ」


 古代竜は魔物の中でも別格中の別格で、危険度は最低でもSSランク。天災級と呼ばれる強さを持つ。その中でもアルジェ達の討った個体は最高危険度のSSSランクに分類されるような化け物だった。

 とは言え、朱里たちからしてみれば今更驚くことではない。時さえも操り、一人で一国を土地ごと消滅させられるような存在ならば、それくらいはあり得るだろうと考えていたのだ。余談だが、冒険者の最高ランク、SSランクは【調停者】専用のランクだ。


 それから五人は、ナイルにアルジェ達の逸話を話すようにせがんだ。多くは与太話だと一笑に付せられてもおかしくない話だったが、朱里たちはきっとあったんだろうと興味深く聞く。大恩を感じている姉妹の過去を知れてほくほく顔の五人。その結果出発予定時間まで誰一人眠れなかったのは、誤算だったようだが。


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