二章 祐介の為に

第38話 芽生えていた恋心

 二つの陽から降り注ぐ光を周囲に広がる真っ白な砂が反射し、朱里あかりたち五人へ降り注ぐ。時折吹く強い風は砂を巻き上げ、ひと時ばかり彼女らから熱を奪った。

 今五人がいるのは、西大陸の南部。アルジェの城がある地域からおよそ三千キロ下った辺りにあるカサディラ砂漠だ。この砂漠一帯は一般に『砂漠の国』や『カサディラ』と呼ばれる一つの国家という事になっているが、実際は各地の町々がそれぞれに自治を行っている。


かける君、そろそろ水分補給した方がいいよ。最後に飲んだの、けっこう前だよね」

「うん。ありがとう」


 朱里の視線の先、白いフード付きのマントを羽織った翔と陽菜ひなが、並んで笑顔を交わし合っている。誰が見ても、お似合いだと言って何ら差支えのないように見えた。

 朱里は二人の様子でもやもやと心を曇らせている自分に気が付き、首を横に振る。弾みでフードが脱げ、彼女の日に焼けた髪が風に吹かれた。

 ――ありえない。確かに翔はそこそこカッコいいし、性格も悪くないけど……。


 彼女は改めて陽菜を見る。そしてそっと溜め息を吐いた。


「暑いですー」

「言わないで、寧音ねね。もっと暑くなるから……」


 これ幸いにと寧音が漏らした愚痴へ思考を逸らす朱里。とは言え、その言葉もまた本心に違いはない。


「アルジェさんに貰った装備が無かったとしたら、昼間は影で休んでいる事しか出来なかったのだろうな」

「そうだね。ほんと、お世話になりっぱなしだよ」


 翔は少し困ったように笑う。

 彼らの装備は法王国にいた頃と一新され、より軽装に近くなっていた。しかしその防御力はさほど変わらない。その上で周囲の環境変化の影響を軽減する付与までされているのだから、もし買うとしたら、多少贅沢をしても五年は暮らせるだろう値段になる。

 これらは何れもグラシア姉妹やその使用人達が迷宮で手に入れた物に、アルジェが暇つぶしとして手を加えたものだった。それ故、彼女の趣味が反映されシンプルなデザインになっている。

 まず翔の着る緑がかった暗い青色のシャツは、軍服のようなシルエットで襟が高い。履いている濃い焦げ茶色のパンツはシャツの下のベルトで締めてある。

 彼の隣を歩く陽菜の装備は、ズボンのようになっているタイプの緋袴が映える、いわゆる巫女装束。これはアルジェが遊びで作ったものだった。

 その二人のやや後ろを歩く寧音、煉二れんじは色違いの同じデザインのフード付きローブに身を包んでいる。一色をベースに黄土色で蔦をイメージした刺繍が施してあり、二人が近くにいる時僅かに魔力効率を上げる効果が付与されていた。基礎となっている色は煉二のものが深い紺で、寧音のものは白だ。

 そして殿を行く朱里は、ズボンの代わりに黒いスカートを履いたカーキ色の軍服姿。

 全員、それらの装備の下に軽い妖精銀ミスリル製の鎖帷子を着ている。

 ――はぁ……。なんでこれにしたんだろ、私……。


 彼女はマントの隙間から、ちらと自身の装備を見て考える。翔のシャツと似たような系統になっているのは、偶然ではない。


「皆、次の町が見えてきたよ」


 翔が首だけで振り返り、口を開く。その向こうには、町らしき小さな影が見えていた。


 数時間後、彼女らはオアシエの町を囲む白い防砂壁の中にいた。砂漠の内にあって緑に溢れる町中を、フード付きのマントを纏った褐色肌の『人族』たちが行きかっていた。砂で汚れた白い集団の中、時々見える鮮やかな色は、付与効果付きの装備や魔道具を買える裕福な商人と、一部の冒険者だ。


「さて、何か情報を得られたらいいが」

「どうでしょうねー。何せ【調停者】のドラゴンさんが住む島ですからねー」


 五人が目指している島はカサディラ砂漠の内海、その中央に位置する。そこは龍神の住まう聖域としてカサディラに伝えられており、海流や気流、魔物などが理由で普通の方法では上陸できない。

 その島に住む龍神が【調停者】である風龍フーゼナンシア、即ち日本へ帰る方法を知っているかもしれない存在だと朱里らに知らせたのはアルジェだったのだが、自力飛行の手段を持ち、自由に空間を転移する彼女は、島に上陸する手段について教える事をすっかりと失念していた。五人のアルジェは天然だという認識が深まったのは、無理の無い事だろう。


「もし方法がなかったら、諦めて他の【調停者】様に会いに行くしかないね」


 陽菜の言葉に四人も頷く。闇雲に帰還方法を探すよりはアルジェに教えて貰った【調停者】たちを尋ねた方が良いだろう、というのが全員の一致する見解だった。


 通りの商店に並ぶ果物や道端に咲く花々に目を楽しませながら、朱里たちは一先ず、町の中央にあるオアシスを目指す。カサディラ砂漠の町々で最も大きなオアシスは、この町の名前の由来になったものであり、オアシエの町が緑豊かな理由の一つだった。


「適当に宿をとったら、情報収集に行くとして、どうする? 別行動にする?」


 オアシスのある町だと、一定ランク以上の宿はその周囲に集められていることが多い。オアシエも例に漏れず、水の匂いが朱里たちの鼻腔をくすぐる頃には多くの綺麗な宿が見えるようになっていた。


「どっちでもいいですよー」

「別々でいいんじゃない? 町としてはそこそこ大きいし」


 この意見に異論のあるものはなく、宿を決めてすぐ、彼女らはそれぞれに町へ繰り出す事になった。


「それじゃ、一つ目の陽が沈むころにギルドの酒場集合ね」


 リーダーの声に了承の返事をすると、翔と陽菜、煉二と寧音、朱里の三グループに分かれて別方向へ歩き出す。朱里が一人なのは、彼女自身の希望だった。

 ――少し、一人で整理する時間が欲しかったから丁度良かった。


 朱里は自分の胸の内にあるその感情を思い、嘆息する。情報収集をサボるつもりはなかったが、彼女にとって、今優先すべきはその思いだった。

 ――いつから、かしら……。


 吊り橋効果なのか、彼自身に惹かれる何かを感じたのか、朱里自身も分かっていない。それでも、彼女が翔に恋心を抱いてしまったのは、紛れもない事実だった。

 翔が自分に振り向いてくれる可能性が万一にもないだろうことを、朱里は理解していた。理解せざるを得なかった。

 時折商店で買い物をして、聖域の島に渡る方法を知らないかと聞き、知らないという情報を得る。それに対する落胆も、彼女の脳裏から悩みを消し去ることは叶わない。

 そのまま一つ目の陽が地平線に半分ほど隠れ、集合の時間が訪れようとしていた。


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