第18話 魔王のお膝元

 東大陸にある法王国から遠く離れた、西大陸のとある街。その入り口に、多くの人々が街へ入る順番待ちの列を作っていた。彼らの姿は多種多様で、獣の耳を持った者もいる。

 

「次! ……よし、問題ないな。通っていいぞ」


 額に短い角を生やし、浅黒い肌をしたとんがり耳の門衛にギルドカードを見せるのは、揃いの白い鎧を着た黒髪の若者四人だ。背の高い男に見下ろされる形になっているが、委縮した様子はなく堂々としている。


「ありがとうございます」

「ああ。あと、あまり他人を〈鑑定〉しないほうがいいぞ」

「あ、すみません!」


 礼を言いつつ、その横を抜けて彼ら彼女らは街壁の内へ入って行く。


「とりあえず、今夜の宿を探そう。その後はいつも通りギルドで情報集めかな」

「りょーかい」


 すっかりリーダーが板についた翔。歩きながらこの後の方針を提示する。煉二と寧音も、首肯によって朱里同様に賛成を示した。

 門を抜けると、そこに広がっているのは石造りと木造の住宅が混在する少し不思議な街並みだった。よくよく観察してみれば石造りの建物の方が遥かに古く、一部地域に偏っているのがわかる。今翔たちが抜けた街の入口はその石造りの建物の多い地域にあった。

 灰色の建造物群の中を宿を探して歩き回る。本来であればギルドで良い宿を聞くところだが、この街は魔王のお膝元。あまり組織に記録を残したくないという事情があった。


「さっきの兵士さん、『鬼人きじん族』と『闇森妖精ダークエルフ』のハーフだって」

「ほう」

「それであんなに黒かったんですねー」


 門から十分に離れたのを確認してから翔が話始めた。勿論宿は探しながらだ。

 

「……しかし、〈鑑定〉は受けたら分かるものなのだな」

「みたいね。敵対している相手はともかく、むやみやたらとするのは止めましょうか。

「だね。……そういえば、前にぞわっとするような、くすぐったいような、変な感覚がした事あるけど、もしかして鑑定されてたのかな?」

「かもな」


 それほど気にしていないのか、世間話のように話している。門兵の彼がそれほど強く言っていなかったこともあり、あまり深刻に考えていなかったのだ。

 宿を見つけたのは、街に入って数分経った頃。大通り沿いにある小奇麗な宿で、翔たちが名乗るDランク冒険者が泊まるには少々贅沢な価格帯にある。

 彼らは受付にいた『人族』の男性から宿代と交換に二つの鍵を受け取ると、部屋を確認してすぐにギルドへ向かう。宿は朝食のみで一泊するのに、一人辺り銀貨一枚半。銅貨にして十五枚という、ある程度豊かな国の一般家庭における、一週間分の食費より少し多いくらいの料金だった。


「一泊一人千五百円、じゃなくてLルルって、ちょっと高めの宿だったかな?」

「まあいいんじゃない? お金には多少余裕あるし、最悪冒険者としての仕事をすればいいだけでしょ」

「そうですよー。部屋も木の温かみみたいなのがあるー、いい感じの所でしたし―!」


 財布を気にしたのは翔だけらしく、煉二にも文句はなさそうだ。彼の場合は寧音が良いから、という理由なのかもしれないが。

 だんだんと木造建築の割合が大きくなっていく大通りを歩く事十分弱、翔たちの目に、この街で一際大きな建物が見えてきた。冒険者ギルドだ。

 全世界に根を張る組織の一つとして、その威容を十分に見せる佇まい。その建物は、大きな石のレンガを積み上げ金属で補強した建築様式をとっていた。法王国にも冒険者ギルドはあったが、それよりも一回りか二回りほど大きい。


「街の規模の割に大きいな」


 煉二が眼鏡に陽の光を反射させながら言う。


「ですねー」


 ギルドの建物が大きいという事は、基本的にはそれだけ冒険者の儲けられる仕事があるという事だ。つまり実力のある冒険者も多くいる可能性が高い。

 ――……いや、祐介たちなら大丈夫。信じよう。


 国家間の戦争にギルドが直接関与することはないが、依頼を出して冒険者を戦力として雇うことはあった。

 その事を思い出して一抹の不安を感じる翔を余所に、朱里が入口の戸を開けさっさと中へ入っていく。それを追うように寧音、煉二が入っていくのを見て、彼も慌てて続いた。

 中は多くのギルド同様に木の床で、受付が正面と左手の二箇所にあり、右手の奥が広い酒場スペースという作りになっていた。左手に固定されいている方のテーブルはかなり広めだ。

 二つの陽の中点が天頂付近に位置する時間帯という事もあって、ギルドにいる人間は少なかった。ギルドで食事をしながらその辺にいる冒険者から情報を得ようかと考えていた翔たちだが、その目論見は叶いそうにない。


「どうする?」

「……まあ、今は昼食を取るだけにしても問題ないだろう。本命は夜だ」

「そうね」


 翔たちは酒場部分でいくつかの料理を注文すると、奥まった位置にある席に着いた。他愛もない会話で時間を潰しつつ料理を待つ。


「何だか平和ですねー」

 

 寧音が何となしにそんな言葉を口にしたのは、料理が出てきた後の事だった。

 ――確かに……って、うん?


 翔は寧音の言葉に引っかかりを覚え、口に水を運ぼうとしていた手を止める。


「翔、どうかしたのか?」


 彼の正面に座っていた煉二がその異変に気が付いた。他の二人も煉二の声で翔に怪訝な目を向ける。


「……そうだよ。平和じゃおかしいじゃないか」

「どういう事?」


 朱里と煉二が手を止め、寧音はデザートに手を伸ばしながら翔の言葉を待つ。


「だって、この国はこれから法王国と戦争するんだよね?」

「確かにそんな事言ってましたねー」

「だったら、なんでこんなに平和なんだろう? 戦争の準備とか、色んな噂とか、そういうのがあってもおかしくないよね」


 寧音を含め全員が手を止めて俯き、考え込む。そうして一度考え出すと、城で聞かされていた話とこれまでの旅の中で見てきた現実との矛盾が次々と脳裏を駆け巡る。

 寧音の手が箸から離れて膝の上に落ち、朱里の右手が頭に添えられる。煉二も顎に手を当てて黙り込む。

 明らかにおかしな点があるにも拘らず、それならばどうなのだという思考に行きつかない。その先を考えようとする事を心が拒否し、どうにか無理矢理考えても頭痛が思考を妨害する。

 ――何、これ……。何なんだよ……!


 重い沈黙がその場を支配する。


「なあ、スズネさんが来てるってホントか!?」


 彼らの苦悩を断ち切ったのは受付の方から聞こえてきた声だった。やけに興奮したような、焦ったような、中年の男の声だ。

 思考を行き詰らせていた翔たちはこれ幸いにとそちらへ意識を移す。


「はい、来られてますよ。誰かを待っているとかで、まだ訓練場の方にいらっしゃいます」

「そうか! サンキュー、ねえちゃん!」


 お礼を言うのが早いか、使い古された革鎧を纏ったその男は訓練場があるらしい方向へ走っていく。翔の目にちらと見えた角と蜥蜴のような鱗。男は『竜人族』だったのだろう。長命種であり、纏う装備に感じる魔力から、自分たち一人々々より多少格上だと翔は判断した。

 ――そんな人が慌てて会いに行くって、どんな人なんだろう?


「日本人っぽい名前でしたねー」

「ああ。……翔、気になるのなら行ってみるか?」

「そうしましょ!}

 

 目ざとく翔の様子に気が付いた煉二の提案は、何故か朱里によって決定された。とは言え翔としても反対はしない。止まっていた手を早め、『竜人族』の男を追った。


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