第17話 出発

 旅立ちの日、純白の石を積み上げた螺旋階段を上るのは、グラヴィスと翔たち『魔王討伐役』の四人。彼らの身は真新しい白色の革鎧に包まれており、武器も内包する魔力の量が以前より格段に高い物を装備していた。鎧に使われているのは、白く染められた強襲虎アサルトタイガーの素材だ。それらの等級は、九段階の内下から四番目の希少級レアだった。

 その螺旋階段に硬い足音を響かせること、数分。彼らの前方に陽の光が見えた。

 やや逸りそうになる足を落ち着いたグラヴィスの歩調に押し留められながら、その白い光の中へ出る。そこは例に漏れず真っ白な石柱に囲まれた祭祀場だった。石柱の上部は鏡の様に磨き上げられた白石の円で結ばれている。


「あ、翔君!」


 祭祀場の淵に沿うようにして翔たちをまず迎えたのは、陽菜と祐介、香だった。他のクラスメイト達も並んでおり、朱里たちに挨拶している。翔は、よっ、という風に手を上げる祐介に応えつつ、正面で待つ白髪の老人、法王の前に整列して膝をつく。彼らにとっては一年ぶりに言葉を交わす相手だ。


「よくぞ来ました。【選ばれし者】たちよ」


 法王は彼らへにこやかに声を掛けると、面を上げるように言う。素直に従う彼らに満足気に頷くと、法王はグラヴィスへちらと視線を向けてから続けた。


「あなた達は、我らが主の封印を解く為に最も重要な役割に選ばれた精鋭です。どうかその力で、我らの為に、卑しき魔族どもを滅ぼし、憎き魔王を滅ぼしてください。頼みましたよ」


 法王はそれだけを言って、翔たちの間を通り、螺旋階段へと進む。勝手に異世界へ呼び出し、命を懸けさせる相手に対してと考えるならば、あまりにも簡単すぎる激励だった。にも拘わらず、翔たちの心は奮い立ち、高揚感に溢れてくる。

 ――絶対に、魔王を倒す! この国の為に!!


 その不自然な心の動きに気が付けるものはいない。

 法王が近衛兵と共に螺旋階段を降りて行ったのを確認すると、グラヴィスは翔たちの前に向かう。その表情は、いつにも増して厳めしい。


「これから君たちには、転移魔法陣を用いて、海の向こうにある魔王が居城を構える国の国境まで跳んでもらう。そこから冒険者として旅をしてくれ」


 一息を入れ、一瞬視線を下へ向けてからグラヴィスは続ける。


「魔族は、ただ魔王の庇護を受けているだけなのだ。無暗に争いをしかける必要はない」

「はい」


 素直に返事をする翔たち。それを確認すると、グラヴィスは〈ストレージ〉から四枚の白いカードを見せた。


「これは冒険者ギルドのギルドカードだ。街に入る時の身分証として使ってくれ。情報収集にギルドを使うのもいいだろう」


 彼は、細かいルールは教わっているな、と最後に付け加えて翔たち一人一人にカードを手渡した。カードは、彼らの手に渡ると同時に青く染まる。

 ――本人以外が持つと白く変色する効果があるんだっけ。それで、えっと、Dランクだから……下から三番目か。


「ありがとうございます」


 魔物の危険度同様、設立に【転生者】の絡む組織だ。翔たちも、今更地球と同じような格付けだったり、ライトノベルでよく出てくる職業がそのままの名前で存在することには疑問を抱かない。法王国にもある訓練場同様、ギルドカードも一種のオーパーツなのだが、魔王討伐の旅でそれらの機能を使う事はない。

 それはそれとしても、特にサブカルチャーに触れる機会のあった一部の高校生たちにとって、冒険者という肩書は一種の憧れだった。翔たちの持つギルドカードへいくつかの羨望の眼差しが向けられる。


「……今回使う転移魔法陣は簡易版だ。帰りは自力で帰ってきてもらうことになる。しっかり挨拶を済ませてきなさい」


 グラヴィスの視線の先にいるのは陽菜や祐介と言った、翔たちにとって大切な友人だ。その言葉に甘え四人はそれぞれの友人のもとへ向かう。


「陽菜、祐介、音成さん。そっちも頑張ってね」

「うん!」

「おう! 陽菜のことは任せとけ! こいつも貰ったしな!」


 香も頷いている横で、祐介は腰に差した一本の剣を示した。それは鬼蜘蛛猿アラニアスエイプの骨と強襲虎アサルトタイガーの牙の余りで作った一振りだった。

 翔は祐介に、頼んだよ、と残し、陽菜へ向き直った。


「翔君、約束、忘れないでね?」

「大丈夫、絶対戻って来るから」


 ペアネックレスを握り心配そうな眼差しを向ける陽菜へ、翔は笑いかける。

 それからもう一度祐介と視線を交わらせてから、転移魔法陣へ向かって歩く。


「翔、もういいのか?」

「そういう煉二と寧音こそ」

「私たちは一番大事な人が一緒にいますからねー!」


 そう言ってから寧音は煉二の方を向いて、ねー、と同意を求めた。煉二は頬を染めながらそっぽを向いて頷く。その様子に翔は微笑んだ。


「お待たせ」


 翔に少し遅れて朱里が戻ってくる。友人の多い彼女が最後になったのは自然な流れだった。


「思導! 頑張れよー!」

「朱里ちゃん! 必ず帰ってきてね!」

「会長と副会長もだぞ!」


 クラスメイト達の声援を受けながら、翔たちは転移魔法陣のどんどん強まっていく光に呑まれていく。

 翔は陽菜の方を向いて、行ってくる、と小さく呟いた。その声は当然彼女には聞こえない。それでも陽菜は彼の意図を汲み、同じように小さな声で、行ってらっしゃい、と返した。


「お前たち!」


 グラヴィスが何かを決意したような顔で翔たちへ声を掛けた。


「逃げることは恥ではない! 必ず、生き残れ!」


 その言葉を彼が言い終わるか終わらないかの内に術式が発動し、翔たちの姿は祭祀場から消えた。


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