第11話 美しい人の条件②ファイティングポーズは姿勢よく

(なんだって‥アレがカサンドラだと?!)


中庭に美しく咲き誇る薔薇を呆然と見ながら、バルクはため息をついた。

正直、予想外だった。それこそ、まさに青天の霹靂。これは夢かと思うほどである。以前見た、どこかうつむき加減でこちらを見上げるように肩をすぼめていた人物とはまるで別人のようだった。

冷たく見下ろすあの姿が目に焼き付いて離れない。振り払おうとするたびに鮮やかによみがえってくる。


(くそっ…あんな女にこの俺様が?!俺にはヴィーがいるのに‥)

「あら、まだこちらにいらしたの?」

「!」


声がした方にぱっと顔を向けると、凛と立つ一人の女性‥全身紫色のドレス姿のカサンドラが立っていた。薄赤色の髪は銀の髪飾りでひとくくりにしており、首から肩にかけての曲線が際立っている。


「カサンドラ・グランシア…」


目が離せなくなってしまいそうな自分にはっとなり、バルクは首を左右に振る。

すると、満足げな笑みを浮かべたマダム・ベルヴォンもあとから姿を現した。


「…はあ、全くあなたはまだまだね」

「は、母上」

「美しい女性には美しい衣を。綺麗な女性には、素敵なパートナーを‥それが本当の美、というもの。覚えておきなさい」


周りを見ると、いつの間にか庭園は朱色に染められている。時間はすでに夕の刻だ。


「っ元はただのブタ令嬢じゃないか‥」

「はあ?」


心にもないことを、と自分で思った。だが、口から滑り出た言葉はなかなか止まらない。


「たまたま運よく体型が劇的に変わったからって、偉そうに!お前が過去、どんな姿をしていたのか、みんな知っているぞ!!動物以下の人間のくせにいつまでその自信が持つか…」

「スキルぅ…怪力ぃ!!!」


バルクが言い終えるより前に、謎の呪文と共にドコォっと小気味の良い音…どころか、なんとも痛そうな衝撃音が辺りに響き渡った。


**


私は耳を疑った。このバルクという人間は、元々口が悪くて態度もでかいのは知っていたけれど、ここまで人間として最低な奴だとは。

そう思った瞬間、バルクが言い終えるより前に、手が先に出てしまった…勿論、スキル発動付きで。


「ぐはっ…!」


そう、まるでスローモーションのようにバルクの整った顔に右ストレートがのめり込むと、次の瞬間、奴の姿は華麗に円を描き、宙を舞っていた。

うん!細腕でもこのスキルは健在のようだな。


(おお、すごい、全ッ然!痛くないわ…殴り放題ね!)


「あんたのその言葉の刃は、どれだけ人を傷つけているかわからないの?!一度でも言われる方の気持を考えたことがある?!」


ズザザーっと役1、メートルほど吹っ飛ばされたバルクは、呆然とこちらを見ている。まさか言葉よりも先に手が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。ガードなしに遠慮なく飛ばされたものだから、白いスーツが汚れてしまったようだ。

やがて、我に返ったらしいバルクは痛そうに頬をさすった。


「な なにを…!」


ざまあみなさい!と言いたいところだけど…軽く1メートルくらい吹っ飛ばされたバルクの整った顔はぷっくり膨らんで赤みを帯び、やや変形しているかもしれない。


(ちょっと、いやかなリ‥やリ過ぎた?い いやいや!)


カサンドラが過去こいつに傷つけられた痛みに比べたら、へでもない筈よ!多分!!…とはいえ、何となく心配になって、マダムの方をちらりと見ると、まるで埴輪はにわみたいな顔してこちらの様子をうかがっている‥。


(‥や、やっぱり後で怪我の手当てくらいはしてあげようかな?!)


「言葉は刃よ。…武器としての形を持たない、一番無責任な鋭い剣。あなたはその言葉で私を散々傷つけた。…見えない刃は時として人を死に至らしめることだってあるのよ。」


そう、バルクの言葉が直接的な原因ではないにせよ、もしラヴィの言う通り、私が転生したタイミング‥公開処刑が確定して元のカサンドラが命を失ったのだとしたら。

そんなにまで他者に恨まれていたとは思えない。何か原因があるはずだし、バルクが異常なまでにこのカサンドラを嫌う理由…それも、なんだか不自然のように思えてしまう。

さっきの様子だって、目の色を変えてまるで呪詛のような言葉を吐き続けていた。それこそ、何かに取りつかれたように。

もしやそれも「大いなる意志」によるものなのだろうか?


「‥‥オレは」

「…?」


まだどこかぼーっとしているバルクの前にしゃがみこむと、くいっと顎をあげて、持っていたハンカチを頬に当てた。


「…っや、やめ!‥痛ッ」


バルクはハッとなると、みるみる耳まで真っ赤になっていった。

なんていうか‥今日、一番人間らしい彼の姿を見たような気がする。


「私の心の痛みと同じ位、あんたには物理的な痛みを感じてもらったわ」

「いや、比率おかしいだろ?!」


全治一週間くらいでしょ。

私はグイ、と痛がるバルクの顔を掴んで至近距離まで寄せると、そっと呟いた。


「これに懲りたらもう二度と、他人を貶めるようなことは口に出さないことね‥肝に銘じておきなさい?」

「‥ッ」


パッと手を放すと、ストン、と腰を抜かしたようにバルクが座り込んだ。

その手を取り、座り込んだバルクを力づくで立たせると、彼は酸素不足の金魚のように口をパクパクさせてこちらを凝視している。


「さ、お引き取りを。…マダム・ベルヴォン、お見苦しいところを見せてしまいました…?」


くるりと振り返ると、マダム・ベルヴォンをはじめ、いつの間にかやってきた本館のメイドたちが…羨望、というかなんというか、とにかくそういう表情でこちらを見ていた。


「いいえ、‥いいえ!まあ‥思った以上に面白いお嬢様ですこと!」

「あ、ええとその。ちょっとやり過ぎましたね‥ごめんなさい」

「素敵でしたお嬢様!!」


なぜか拍手喝采である。確かに非人道的なセリフのオンパレードではあったけど。

‥バルク、実は意外と嫌われているの?


「…‥っくそ!!俺はもう帰るからな!!覚えていろよ!!カサンドラ!!!」

「バルク、あなたは最後まで決まらないわねえ‥、ではまたごひいきに、カサンドラお嬢様」


突然顔を真っ赤にしてバルクが立ち上がる。

そして意味不明な負け犬じみたセリフを吐いて、ずかずか去っていく姿を手を振りながら見送った。


(んー、ちょっとはすっきりしたかな?!)


でも、元のカサンドラは一体どうして処刑なんて非道な目にあってしまったのだろう。その原因を調べてみる必要はあるかもしれない。

ひいてはそれが、彼女の弔いになるのだろうか。


すると、次の瞬間、例の『カランコロン♪』の音が聞こえ、私の目のまえにウィンドウ画面が表示された。


『おめでとうございます!バルク・ベルヴォンのシークレットフラグを一つ破壊しました!世界消滅率が5%下落します!』

(5%…これは、多いの?少ないの??)

『ですが、現在ブロークン状態の為、好感度はこれ以上上がりません』

と、言いたいことだけ言って、システムは沈黙した。

ここで、また新たな情報が。『ブロークン・ハート』…直訳すると壊れた心。

見れば、好感度を表示するらしい青いハートはぱっかり割れている。


(まあ…別に、あいつと仲良くするつもりもないし。どうでもいいかなー)


それにしても…マダムのおかげで、はたから見れば、ものすごいスタイルが良いように見えるだろう。

が、しかし。

締め付けが いや、待って ほんと、私まだ下っ腹のぜい肉残ってるんだってば!それが、こお、ぎっちぎちに縛られたコルセットからはみ出して、食い込んで…


「コルセット…キッツぅ、ヒール…いたぁい…」

「お嬢様!ファイトです!」

「は、はきそ」

「キャ――お嬢様ぁあ!!」


そこは、一応耐えました。せっかく新調したドレス、汚したくないしね。


**


(あそこまで言うつもりはなかったのに…)


帰りの馬車に揺られながら、バルクは先ほどのやり取りを思い出していた。一瞬意識が途切れたような気がした次の瞬間には、カサンドラのパンチで宙を飛んでいた。

けれど、意識の中では自分が何を言ったのか覚えていた。


「‥ッ」ずきりと右ほおが痛む。

先ほどよりも幾分腫れは引いたような気もするが、痛みはまだ消えなかった。


(心の痛み‥か)


カサンドラが押し付けた紫色のハンカチに少しだけ血が滲んでいる。


「面倒くさいが‥ちゃんと返さないと」


すると、街の大通りを走る馬車の窓から視界の端に見慣れた姿を発見した。


「!止め…」


言い掛けて、やめた。

バルクが見たのは、ヴィヴィアンなはず…だが、普段の彼女から想像できないような形相でこちらをにらんでいる姿だったのだ。

走り去る馬車に気が付かいまま、ヴィヴィアンはため息をついた。


「‥やっぱり、グランシア…。せっかく上げたバルクの好感度が30も減っているじゃない‥!なんなのよ一体!!また好感度上げないとダメじゃん!」


(カサンドラ・グランシア…!!あの豚みたいな女よね?!なんであんなんのにダマされてんのよ!本当、バルクってめんどくさい!)


イライラしながらヴィヴィアンが歩いていると、いつの間にか目の前に黒いフードを被った背の高い男性が立っていた。


「…?」

「貴方が、聖女ヴィヴィアン?」

「そうですけど」


黒く長い前髪がサラリ、とひと房落ちる。妖美に微笑むその姿に、ヴィヴィアンは見とれてしまう。

(!やば、すごいキレ―な顔…こんな登場人物、いたっけ?)


「あなた、誰?」


ヴィヴィアンがそういうと、男はフードを外し、赤い瞳をギラリと輝かせた。


「僕はこの世界の神の眷属が一人…つまりは、君の味方だよ、一応今は…ね」

「神の…眷属?」


一応、などという単語が飛び出し、ヴィヴィアンは少しだけ警戒した。が、『味方』という言葉は、とても耳障りが良い。


「さて、のお嬢さん、最近何かお困りではないのかな?」

…?」

「そう、例えば…もう一人のお友達について、とかね」

「お友達…?ああ」


そういえば、とふと思う。

『彼女』は、『どこ』から来たんだろう、と。


「困っていること…そうね。もちろんあるわ。」


ヴィヴィアンはにっこりと微笑んだ。

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