第5話 ダイエットとリハビリは、はじめてからが大変
「弱点克服?…いやだから別に弱点というわけでは」
「よーし、グラン。このお兄さんが遊んでくれるって!」
「待て!待て待て分かった!!認める!認めるから」
ずずい、と兄の身体ごとグランに押しのけようとしたが、そこは激しく抵抗された。‥私の怪力スキルが発動してるにもかかわらず、抵抗できるんだから、相当嫌なのね。
「あの~、どうして苦手なんでしょう?こんなに可愛いのに」
「…それは、別にいいだろう。近づいたり、とびかかってこなければ問題はない!」
偉そうに、どうしてそれで威張れるんだこの人。
とはいえ、大型犬に属するグランに飛び掛かれたら確かに少し怖いかもしれない。
と、言うことはこのわんこのしつけをすればいいのかな?
きゅるん、と謎の効果音をつけたくなるくらい、つぶらな瞳をこちらに向けるグラン。‥黙っていれば本当に可愛いんだけどなあ。
「ショック療法ということで一時間位狭い個室に犬で二人きりになるとかどうですか?」
「…トラウマになったらどう責任を取ってくれるつもりだ…」
「責任はとれませんね‥うーん、とりあえず散歩でもしてみますか?一緒に歩く分には平気でしょうし。」
この世界の暦というのは、元のベース(?)がゲームだからか、日本の暦とほぼ同じだった。と、言うわけで今日は日曜日に当たる。
「そ、そうだな。…お前とこうして話すのも久しぶりだし」
「べ、別に話したからって、何かいいことがあるわけでもなし!」
そう言って穏やかにほほ笑む笑顔は、さすが乙女ゲームの主人公の一人。という程、目の毒だった。何となく目をそらしつつ…そういえば、この人隠しキャラでもあるんだっけな、ということを思い出した。
…ん?隠しキャラ…ということは、ヒロインの攻略対象。で、日曜日となると…もしかして。
「あの…そういえば、今日は日曜日でしょう?まだ午後になったばかりですけど、用事とかないんですか?」
「いや、本当は出かけようと思ったが、この首ではな」
「あー…もう治りましたけど」
「まあ今更構わない」
「そ、そうですか」
あれ?まさか。いや、もしかして…今日って、もしこのままヘルトが街へ行ったら、ヴィヴィアンと初めて会うイベントがあったんだったりして…?
「どうした、カサンドラ。言い出したのはお前だろう」
「え?!あ、はい。えーーと、とりあえずほら、リード持って!ひとまず邸内一周からです!」
「…邸内一周って相当だが?!」
そういえば、恥ずかしながら異性と二人きりで(二人と一匹)散歩とか、初めてかもしれない。
(まあ、兄妹だけど‥あ、血はつながっていないのか)
「わんわん!!」
「うわ!き、急に動くな‥っ」
とりあえず、どちらかというと犬の散歩というより、ヘルトの散歩とっ言ってもいいくらいグランに引きずられているけど…大丈夫よね?
そんなことを想っていると…また、ガランコロンといううるさい鐘の音と共に例の画面が目の前に表示された。
『シークレットフラグ、クラッシュ完了、隠しキャラヘルトのフラグは消滅しました。システム解放率、現在10%』の文字が。
(…本当に、これでヘルトとヒロインの接点はなくなった、ってことになるの?だから、フラグが消滅?)
ダメだ、正解がわからん。
ひとまず、私はダイエットがてらヘルトと共にグランの散歩をしたのだが…その日を境に、私は少しずつ外に出ることが多くなった。
とりあえずほぼ二週間寝たきりだったので、弱っていた体力を戻すことに重点を置くことから初めてみたのだが。
そう、これぞシステム(?)の恩恵。例のステイタス画面に、自分の体力状態と体重の変化が非常に分かりやすく数字十±で表示化されていることに気が付いた。
(これって…ダイエットの成果が数値の変動でわかるってことじゃない?!)
そうして、思い切ってダイエットを決行することにしたのだ。
「いい?!アリー。今日から私に運んでくれる三食は、野菜とパンとスープだけにして!!何があってもデザートケーキワンホールだの、鳥の丸焼き一羽分とか、ずえったいに!!やめるよう料理長にお願いして頂戴!!」
「ついに!!ついに決行されるんですね!!わかりました!!私やります!!」
「…いや、アリーが頑張ってどうするのよ…?」
メイドのアリーは、昔からカサンドラに仕えていただけあって、とても距離が近い。
しかも意外とノリがいいので、私の無茶な要求にも付き合ってくれる。まあ少しがんばりすぎるきらいがあるけれど。
そして…その日から、私のダイエット生活が始まったのだ。
まず、食事はサラダを中心に量は少なめに。毎朝五時に起きてはマラソン&ヘルトのリハビリも兼ねたグランの散歩、ついでに腕立て、腹筋は……急にやると、身体を壊す心配があるから、やめてください!とアリーに心配されてしまったので、ひとまず最低5回を目標にする。
「最近、何やら企んでいるみたいだな?」
「企んでるなんて失礼な!未来への布石を打っている最中なだけです!」
ヘルトという人は、律儀なのか真面目なのか…毎朝五時起きにも拘らず、飽きもせず私のマラソンとグランの散歩に付き合ってくれている。
ほぼ走りながら二人と一匹での散歩するわけだが、このカサンドラの身体の体力はまだそこまでなく、どう足掻いてもヘルトとグランのペースには追いつけない。
「さ、先に行ってくれてもいいですよ…?」
「別に、俺も休憩する」
グランシア家というのは、相当大きな家のようで、邸内をまるっと一周すると、小一時間以上かかる。庭園と呼べる場所だけでも3か所もあり、それぞれテーブルセットや椅子が設置されており、休憩するには事欠かない。
最近のお気に入りは、温室になっているグラスハウスだ。その名の通り全面ガラス張りになっており、中に入るのもいいが、外から全体を見渡すベンチのようなものがあるので、そこで一休みをする。
(うーん、少し贅肉も落ちて来た、かな。手っ取り早く体重を半分くらい落とせる方法とかあればいいのに)
一応期限のようなものが設定されているので、おちおちしてもいられないのだ。
「…少しか体力は戻ったのか?」
「?あ、そうですね、まあ…王宮直属の騎士様でいらっしゃるお兄様にはかないませんけれど」
「俺もお前に付き合ってるお陰で訓練になる。それで、お前はどこまで痩せたいんだ?」
「そうですねえ…この質量を半分位にしたいな―とは思いますけど」
「努力している人間はそれだけで、成果が付いてくるものだ」
まるでダイエットの専属トレーナ―と生徒のようなやりとりである。こういう時のそういう言葉は意外と嬉しいものだよね。
「お前を見てると、風船がしぼんでいくのを見ているようで面白いよな」
「……それ、喧嘩売ってます?」
(喧嘩なら買うわよ、失礼な!)などと内心思うあたり、気が強くなったものだと遠い目をしてしまう。だが、そんな私をよそに、ヘルトはなんだか楽しそうだった。
すると、向こうの方からグランが何やらものすごく嬉しそうにしながらこちらに向かって走ってきた。口には何か赤い木の実が付いた枝を加えているようだ。
「何くわえてるの?」
「わんわん!!」
さも楽しそうにちぎれんばかり尻尾を振っている。相変わらずグランが近づくと身構えるヘルトだが、以前ほどではない。散歩の成果かも?
「…グランの行動パターンと、タイミング、距離を誤らなければ大分ましになった」
「それはいい兆候ですね。で、グラン、それはなあに?」
ひょい、木の枝を取り上げると、赤い木の実がコロンと落ちた、
豆粒位の大きさで、まるで宝石のような外見だ。
「何の実?」
「それは、多分アグレイドの実だな」
「アグレイド?」
「葉っぱの部分をうまく煎じれば薬にもなるが…実の方は食べると食中毒になる」
「へえ…食中毒…」
食中毒っていうと、あの食中毒だろう。
一度食したら、上と下で相当苦しむだろう。苦しむだろうけど。
私はつい、じっと凝視してしまう。
「おい、ちょっと待て。何考えてる?…やめとけよ?!」
「え。い、いやだなあ、変なこと考えてませ…」
「ぅわん!!」
「?!」
何故かグランが突然吠えた。というより楽しすぎて何かがはじけたのかもしれないけど。とにかく、感極まったような雄たけびを上げると、よりによって私に飛び掛かってきた。
「え?!ちょ、な に… …」
ごくん。
「あ?!」
「ん?」
ヘルトの叫び声が聞こえた瞬間、世界がぐるりと回転する。ぐらぐらと、まるで船に揺られているような感覚に襲われる。
(あ…やば、飲んじゃ…)
バター―ン。
「サンドラ―――?!!」
私はどうやら、倒れてしまったようだ。
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