第4話リアルORゲーム?
どさっ。
分厚い本はテーブルの上に着地した。
天井から降り注いでいた光も消え、今はもう何も見えない。
「…っていうか、あのウサギ…なんなの……」
あ。自称神様だっけ?
もしかして、大いなる意志って、このゲームのシナリオというか、システムそのもののことなんだろうか。だとすれば、シナリオ通り起きる筈のイベントをことごとくぶち壊して行けってこと??でも、ゲームの世界ではないと言っていた。
「うーん‥とりあえずヒロインはあの茶髪赤目よね。その内誰かとルートになってのエンディングになるはず。そして、ゲームがクリアとなるということになるけれど」
そうすることで、確かにこの「ヘヴンス・ゲート」という世界は結末を迎えることになる。
それが滅亡、ということなのだろうか?
攻略本のページをぱらぱらとめくってみるが、どこを探しても、この『カサンドラ』という人物の名前は見つからなかった。
(だめだ。わかんないこと多過ぎよ―――‥‥)
ただでさえ受け入れがたいこの状況なのに、解決策なんて考えても考えてもきりがない。落ち込んでばかりいても仕方がないので、ずっと閉まり切っていた窓を開けてみることにした。
ふわりと爽やかな風が流れ込み、思わず息を吸い込んだ。
「すう、はあ。ゲームとはいえ、本当に一応現実なのねぇ」
カサンドラの部屋の裏側には色とりどり季節ごとに花が咲く庭園がある。ゆらゆらと揺れる木々や草花は私のいた世界と同じような花が咲いている。
「この世界にもチューリップとかはあるんだなあ」思わず大きな独り言になってしまう、すると。
「この花が好きなのか?」
ぎょっとして窓のすぐ下から聞こえてきた声の主を見た。
「…ヘルト、兄さま」
少し自信はなかったが、名前は間違っていないようだ。
「体調はもういいのか?」
「えーと、…まだ、あまり」
(?)
何故だかわからないが、ヘルトはばつが悪そうな表情でふいっと目をそらす。
「少し、気分転換におりてきたらどうだ?」
「‥‥はあ…?」
ヘルト・グランシア。
カサンドラの兄で、血はつながっていない。
というのもグランシア家公爵、つまりはカサンドラの実父は、早くに妻を亡くしている。その妻がカサンドラの母親となるのだが、その後にやってきたのが、元舞台女優の現在の公爵夫人・タリアである。
タリアと公爵のロマンスというのは有名な話しで、ともかく二人は猛烈な大恋愛の末再婚した。その連れ子だったのが、当時12歳の長男ヘルトだった。
しかしヘルトの実の父親は既に亡くなっており、実質公爵との血のつながりはないものの、その賢さと母親似の整った容姿を買われ、社交界をはじめ公爵家を継ぐ跡目としての教育を受けてきた。
と、攻略本に書いてあった。
(妹が二人に弟が一人…ってことは、カサンドラにも弟と妹がいるのね)
ひとまず、庭園に降りる事にした。
下に降りると、ヘルトは無言ですっとチューリップの花束を差し出した。
「なあに、これ」
「…やる」
やるといわれても。
断る理由もないのでありがたく頂戴した。
「は、はあ、どうも ありがとう」
「‥‥‥」
そしてお互い黙りこくってしまった。どうするべきか迷っていると、ふとヘルトの首がなんだかおかしな方向に歪んでいるのに気が付いた。
きのせいではない。首がやや左に傾いていて、常に首を傾げている状態だった。
「…お前まで合わせなくてもいいのだが」
「いえ…だって、気になるので。どうされたんでしょうか」
互いに首を傾げながらしばし見つめ合う。
(なんていうか、本当に綺麗な顔しているなあ。黒い瞳もキレ―‥)
などと考えていると、みるみるうちにヘルトの顔は赤くなっていく。おお、新鮮な反応。
「あまりじろじろ見るな。…と、言うか。先日お前に吹き飛ばされて首をおかしくしたんだが」
「私が、いつ。ああ…それは、なんだかすみません」
恐らく先日のパーティーのことだろうか。そういえば去り際に何かしたような気がする。
「い、いいや。…だが、いつもあんな目にあっていたのか?」
「あんな目‥とは」
公開裁判だろうか。それともその後の他の皆さんとのいざこざのことかな?
今の私には確かにカサンドラの記憶というのがぼんやりだがあることはある。
どうやらどの場面においても絡まれたり、あんな風に嫌がらせのようなものを受けていたような気もするのだが…。いまいちわからないので、答えはノーにした。
「いいえ、まあ、ないこともない状況ではありますけれど」
「どっちだ。重要なことだ。」
「何故ですか?別に私がどんな目にあっていようが、兄さまには関係ないでしょう」
もしかしなくても、この兄は心配してくれているのだろうか。
「お前はグランシアの公女だろう。…もっと賢く立ち回れ」
「肝に銘じておきます」
その時ふわり、と足元に生暖かい毛並みのような感触のものが絡みついてきた。
「…ッひぃ?!」
「あ、おい」
驚いて飛び上がると、勢い余ってヘルトにぶつかってしまう。すると、何か情けないような妙な悲鳴が聞こえてきた。そして…なぜか私がヘルトにどつかれた。
「?!う、うわあああ―――!!」
どさり、と尻餅をつきそうなところを、ぐにゃりとした柔らかいクッションのようなものに助けられた。するときゅう、と切ない声がする。
「きゃあ!ごめんわんこ!」
「くーん…」
この子は恐らくこの家で飼われているレトリバー系のわんこ・グランだろう。
この体重なので、この子の身体の心配をしてしまう。だがそれはどうやら心配ない様子で、にこにことこちらを見ているから平気だろう。
それよりも、私は今確かに兄に突き飛ばされたのよね?
思わず兄の方をにらみつけるように振返るのだが。
「…あの、ヘルト兄さま?」
「いやっ、…あの こっちを見るな!」
何故か、このイケメンは青い顔をして腰を抜かしているように見える。結構ガタイもいいので、その姿は人によってはギャップ萌えになるかもしれない。不本意ながら、私もちょっとかわいい、と思ってしまった。
「あのー…立てますか?」
「ば、莫迦にするな、これくらい…」
わたわたともがくヘルトの傍に、グランが嬉しそうにとびかかる。すると、先ほどまで青かった顔は更に白くなり…土気色に変わり、固まってしまった。
「こ、ここっちへくるなああ~~~!!」
「…‥ちっちっち。おいで、グラン。こっちこっち」
「わん!」
グランはちらちらとヘルトを振り返り、名残惜し気にこちらに向かってきた。
近くに転がっていた木の枝を拾って遠くに投げると、大喜びで追いかけていった。
グランが離れたことことで、硬直していたヘルトが徐々に落ち着いていく。
「ヘルト兄さま…、よいしょっと」
「?!」
スキル・怪力発動。
腰が抜けていた大きな体をひょい、と立ち上がらせると、ヘルトは何とも言えない微妙な表情でこちらを見た。
「…俺だって、普段それなりに鍛えている筈なのに…」
「前から犬がお嫌いでしたっけ?」
「……い、犬が嫌いではない。苦手な‥だけだ」
嫌いと苦手は同意語のような気もするのだけど、攻略本にはなかった情報だ。
全てがあの本通り。というわけではないのだろうか?
「先ほど、うまく立ち回れとかおっしゃってませんでしたっけ」
「…一時期は克服したかと思ったのだが」
「これで飼い犬同伴のお茶会とか言われた日には、大恥ですわ、お・に・い・さ・ま」
「ぐ…っ、下手に言いふらすなよ」
やれやれ、とため息をつくと突然頭の中で例のガランコロンという鐘のような音が聞こえてきた。
ふっと周りが暗くなり、目の前にゲームウィンドウが表示された。
(え?突然何)
『おめでとうございます!!隠しキャラクター、ヘルト・グランシアの秘密を見つけることに成功しました!!これにより、ヘルト・グランシアの消滅フラグルート解放条件約70%まで上昇しました!!』
「消滅フラグ解放条件?!」
すると、また例のごとく砂嵐のようなノイズが起こり、画面は歪んだ。
『以上の功績により、大いなる意志のシステム解放率が3%上昇しました!!!滅亡の可能性は残り97%です。』
それだけ表示して…ほんの数秒で目の前の暗闇が晴れていく。
「おい、大丈夫か?カサンドラ、もしかしてさっきので怪我でもしたのか?」
「…あ い、いいえ」
(戻った‥さっきのは何?)
先ほどから状況はほとんど変わっていない。
時間にしたら、ほんの数分にも至らない程度だろうか。
「…すまなかった。もう少し、社交界でも、お前のことをフォローしてやれればよかったのに」
「ヘルト兄さま…首が治ってますわ」
「えっ?‥あ、ああ本当だ」
見れば、すっかり首は元の位置に戻っていた。
(あの謎空間‥見たのは私だけ、のようだわ)
そんなことを考えていると、遠くからグランが先ほどの木の棒を加えてこちらに嬉々として走ってくる様子が見えた。
「!!じゃあ、すまないが…」
「待って、兄さま」
去ろうとするヘルトの腕を力いっぱい掴んで、とどまらせた。
「…カサンドラ…力強いぞ?!」
「わんわん!!」
嬉しそうなグランの頭を撫でてやると、わんこは気持ちよさそうに目を瞑った。
「どうせなら、その弱点、克服しませんか?」
「…え?」
これは実験だ。
ヘルトのフラグ消滅ルートというのは、もしかしたら大いなる意志とやらと連動しているかもしれない。犬の弱点の秘密がフラグ解放条件というなら、それを克服するとどうなるんだろう?
(消滅フラグというのが気になるけれど…)
「うぐっ、は、放せカサンドラっ!うわ‥グランも‥向こうに行けって!!」
「わんわんわん!!」
「…」
先は長そうだけど、まあ、いいよね。
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