君は幽霊

宮明

君は幽霊

「ねぇ、私って、どう思う?不細工だよね」






 そんなことをいうお化けの噂を聞いたのは、秋の夕方。薄暗くなってきた、午後六時頃の話だった。


 放課後、帰り支度をしている俺に、話をふってきた田村の言うことによると、そいつは二ヶ月くらい前から目撃談のあるわりあい新しい話だとか。実を言うと、隣のクラスの神林もそいつに出会ったことがある。という、信憑性の高い怪談だそうだ。


 信憑性の高い怪談って何だよ。怪談っていうのは存在が怪しいから怪談じゃねえのかよ!


 そうつっこみたくなる気持ちを押さえつつ、話を進めさせる。




 だいたいのパターンはこうだ。


 薄暗くなってきてから(神林がそいつにあったのは一ヶ月前の八時ころの話らしい)、学校から歩いて一五分くらいの遠円寺公園の横を歩いていると、公園から一人の女がでてくる。


 そして、正面に立ち、下を向きながら女はこういう。




「私のこと、どう思う?不細工だよね」




 そこで、「なんだお前」など、質問の答えにならないことをいうと、再度質問を繰り返される。


 神林の例でいうと、まだそのころは怪談だと知らなかったので、危ない奴だと思い、適当に「そんなことないですよ、きれいだって!」といって早歩きで横を通りすぎようとしたらしい。


 が。


 横を通る直前に、




「そんなわけないじゃない!!!」




 女の叫び声が、耳を貫き、次の瞬間意識を喪失。気づいたときには、横に警官がいて、神林を揺すっていたらしい。時間はたぶん十分もたっていなかっただろうって言う話。


 外傷なし、意識障害もなし。ただ、意識を失い、公園の前でぶっ倒れていたということだったそうだが、警官に事情を説明すると、渋面で、




「最近こういうことがよくあるから気をつけるように」




 と、言われたらしい。






「女の顔はなんか、下向いてたせいでわかんなくって、服装は……そうだな。白いシャツにスカート、カーデガン、だったかな」




 顎に手を置き、広げた手帳を見ながら田村はつぶやく。赤い皮の古めかしい手帳は曾祖父あたりからの年代ものらしく、こいつの趣味である、怪談の情報が事細かに記されているらしい。何しろ曾祖父世代からの怪談も書かれているとかで中身をのぞいたことはないが(本人も嫌がるし)、見ているだけで妙に不安になるような怪しい手帳なのだ。おかげでそれ自体が一種の妖怪ではないかと、一部男子の中で語られている。




 それにしても。田村はなぜ無言で手帳を眺めたままなんだろうな。何が言いたいんだよお前。言いたいことがあるならさっさと言え。そんな思いで、帰り支度を中断したまま奴を見ていると、彼はこちらを向き、にやりと笑った。




「クロー、遠円寺公園の近くでそいつに出会ったら、俺に教えろよ。詳細が知りたいんだ。情報がもっと欲しい。――あ。貸してたゲーム、おもしろかった?」




 ――オカルト大好き馬鹿のくせに、どうしてもオカルトに直接関われない友人は、言外にいうことが大好きである。








「口裂け女の優しいバージョン、ねぇ」




 結局めんどくせーと思いつつも、結局俺は遠円寺公園の横を通る帰宅コースを歩いていた。友人想いだなぁ、なんて優しい俺。


 まぁ、実は田村に自分から頼んでゲームを借りたくせに、積んでてOPすらみていないっていう現状が背を押したということも関係あったりなかったりとか……。くそ、なんでばれてんだよ畜生!


 遠円寺公園の横を通る帰宅コースは普段のコースよりも少し時間がかかる。時間にしたらたった十五分だが、たがが十五分、されど十五分、普段は通らない。


 しかし、「私不細工?」とは、しょうもねぇ質問しやがるもんだ。そんなもの人によって感じ方は違うし、聞いたってどうしようもない。


 自分のもつカードで精一杯戦うか、さもなきゃ整形みたいなチート機能でも使わなきゃ意味ないような事実を他人に聞いてどうするって言うんだ。


 しかも、聞いといて下向いて顔見えなくて、答えたら答えたで、その答えを否定して勝手に逆ギレるって何なんだよもう。




「不細工ですねっていったらどうなるんだろ……」




 殺されんのか。それはイヤだなぁ……。


 そんなことを考えつつ、ふと俺は顔を上げた。


 そして、立ち止まる。公園の横。薄暗く、人気の少ない道。


 目の前、三メートルほど前に、女がいた。 


 長い髪、白い服、スカート。うつむいて見えない顔。




(神林の言ったとおり、か)




 妙に落ち着いて、観察していると、女は一歩踏み出した。




「ねぇ」




 高すぎず、低すぎない声は通りがいいのか耳によくはいる。




「私って、どう思う?」




 しっかし、なんなんだろな。最近つっても別に殺人とか事件とか聞いたことないんだけど。なんでこいつあらわれたんだ?




「不細工だよね」




 確かに雰囲気は怖いわ。それは認めよう。しかし、それ以外のことが気になって、怖さがフェードアウトしている。興味のあることにしか注意がいかなくなるのが都合がいい俺の頭。そんなんだから学校中から変人と言われる田村と仲良くやっていられるのかもしれない。閑話休題。


 そんな訳で、俺の口からでた第一声はこんなもんだった。






「ちょっと」




 一歩近づく。




「失礼」




 大股で二歩、逃げる隙も与えず、俺は女の顎に手をかけた。


 しっかりした感触。髪が割れ、女の顔が露わになる。


 目、鼻、口。皆所定の位置にあり、数も異常なし。目があう。唐突のことに揺れた瞳はさておき。――まつげみじけえ。そしてすくねぇ。そう思って、




「改善の余地はあると思うけど、ぶっちゃけ微妙」






 言っておいてなんだが。我ながら強気すぎる発言ではないだろうか。






 先に断っていきたいが、別に俺はいつもこんな訳ではない。普段は紳士だ。紳士すぎて、女の子と話すことがあまりできない程度に紳士だ。


 しかし、今相手にしているのは怪談の存在でふつうの女の子ではない。


 つまり、俺の恋愛対象外。


 どう思われても、わりとどうでもいいわけである。


 ……いや。そういう問題じゃないんだけどね?本当は。








「好きな人にふられたぁ?」




「あ、あまりおおおおおおきな声で!言わないでください!」




 ゆうさん(仮:幽霊より命名)は俺の声をかき消すように大きな声を上げた。必死に手を振る彼女の顔は真っ赤である。


 どうしてこうなったもんか。しかし、俺にできることはしとかないと、後味は悪い気がするし。それにしたって幽霊(いや、生き霊、か?)の恋愛相談なんてあんまりできるもんじゃない。あとあと、田村に自慢できると考えると非常に楽しい気分になったりならなかったり……、うむ、どうなんだろうな?


 顎に手をやり、「微妙」と言い放った俺に女は呆然と、目を泳がせていた。そんな彼女をおいて(なにせさわれたので、実は正体は人間でしたぁ☆って落ちかと思ったんだよそのときは!)、俺は淡々と思ったことを紡いだ。




「個人の感性の問題もあると思うし、言い切れないけど、俺的には微妙だな。骨格とか仕方ないとは思うんだけど、なんか薄いし」




「う、薄い……」




「そうそう、なんかこう、インパクトない感じ」




 彼女の泳いでいた視線が、俺のそれとあった。その瞬間、




「きゃあああっ」




 幽霊にしてはやけに可憐な悲鳴を響かせ、彼女はとびのく。あ、やっぱ声はいいなぁ、割といい声。




「なんていうかさ」




「……」その様子を見ながら俺は、不信感を露わにしてこっちを見る女に、




「話くらいは聞けるけど」








 そして、さっきの話に戻るわけである。


 公園の奥の、外からは見えないところにあるベンチに座り、女に名前を聞くと、




「言いたくない」




 と帰ってきて、本人にもどうしてこうなったかわからない生き霊ということが判明し(ゆうさんの話を信じたらってことになるわけだが)、年齢もなんでか、と教えてもらえず(大体大学生の姉くらいぽい)、生き霊だという証に瞬間移動とか見せてもらいながら俺は水筒をふっていた。


 のど乾いた。しかし、もう、中身はない。




「ふられて、そんでもってなんで、生き霊になんの」




「考えつめてしまったって言うのかな……、なんて言うか、初めて好きになったひとでショックがひどくて……」




 ああ、確かに思い詰めそうなくらい感じの奴だもんなー。外見的に。


 本とかよく読むんですー、とか、勉強はしっかりやってますーけど成績はそんなよくないですーとか、クラスのリーダー格にパシられそうなタイプの大人しい系。少なくとも、わりと処世術に長けた大人しい系じゃないな。この幸薄そうな感じとか、いかにも根暗そうな感じとか、トラウマの一つや二つもっていそうな感じとか……。絶対処世術っていか、コミュニケーションとか苦手だとこいつ。


 そんなことを思いながら、疑問を口にする。




「よく自分から告白できたな」




 だってすごくできそうにないのに。そんなことは口にせず、それだけいうと、ゆうさん(仮)は暗い顔をさらに暗くした。


 何だ、なんかその時点からトラウマあんのかよ。早くも地雷踏んだか、水筒を握る手に力を入れると、彼女は、絞り出すように、




「……こ、言葉で告白した訳じゃなくて……、その、好きな人が私のことはなしているの聞いちゃって……」




「……」




 あー、うん、よくわかった。




「勘違いとか……」




「私の名前、珍しいし、はっきり聞こえたし……」




「っ、そうかー」




 ……うおおおおおぃ!なんていっていいかわかんねー!俺自慢じゃねーけど彼女いたことねーよ!ゆうさんに散々言っておきながらじつは顔もあんまりよろしくないつか普通だから告られたこともねーし!!!この十七年間!!えー、えー、どうしような、慰め方わかんねー。


 NOT好みな女で生き霊という変な属性の相手だが、っていうか相手だからこそ慰め方を間違ってはいけない!気がする!


 言葉をなくし、ちらりと横目で眺めるとゆうさん(仮)はがっくりしたようにわかりやすく肩を落とし、大きく息を吐いていた。ていうか、ため息です。


 流されやすいような感じなので、きっとこの状況も流された故のことで、彼女からしたら不本意な状況なのかもしれない。ていうか、きっと不本意である。なんか申し訳なくなってきた。




「……」




 無言のまま、彼女が顔を上げないことをいいことに、どうどうと再び観察を(今回はもっと前向きに、改善するとしたらどういう方向で、という風に)始めた。


 肌はそんなあれていない。少なくともクレーターとない。にきびもないなー。……暗くてよくわからんが。


 目はちっせーけど、うーん、姉貴の化粧前化粧後を見る限り化粧でそれなりにごまかせんじゃねえの。




「……なぁ、普段化粧してんの」




「……やりかたしらないし……」




 てゆーかオトモダチはいるんですか、と聞きたくなるレベルの声の小ささである。




「とりあえず、化粧とかしてみたらいいんじゃねえの」




「け、けしょうとか、私してもかわんないし!」




「やり方も何もしらねーのに何いってんの。いっとくけど、世の中美人なんてそうざらにいねーぞ。だいたい化粧美人だ」




 姉貴のびふぉーあふたーを毎日目撃している身をしてはそれを実感せざる得ない。たまに化粧の仕方を変えるだけで、別人になるあやつは確実に妖怪の部類入るのではないか。


 女王様な性格あわせ、こんな地味根暗女よりよっぽど恐怖の対象だ。




「……」俺の言葉に無言になったそいつに俺は続けていった。




「化粧の仕方がわからなかったら、化粧品売場のおねーさんにやってもらえばいいじゃん。デパートで自分の好きそうなにおいの化粧品コーナーにいってやってもらえばいい」




 そういってゆうさん(仮)を見ると、なぜか無言で俺を見ている。




「……これは姉貴の受け売りで、俺は別に化粧とかしないから」




 不安になって言い訳すると、ゆうさん(仮)は静かに視線をおろした。




「ありがとう、ございます…。真剣に色々考えていただいて」




 つぶやく声は相変わらず小さい。しかし、さっきとはトーンが違う。


 相槌を打たず、静かに見守る。




「……本当はわかっているんだ。そういうことしたらきっと今よりましになって、あの人にバカにさせるようにはならないって。けど、でも。私、こわくって。どうしよう、もないこと、ずっと、ずっと、逃げてて……」




 声が震えた。




「どうしようもないの。うごくことがこわいの。なのにこんなことになって。どうしていいか、わからなくて、思い出せないし、帰れないし。っほんとうに、ほんとうに……!」




「もどれない……?」




「私ね」うつむく彼女の肩が少しだけ揺れた。




「自殺未遂したの。手首切って。けど、死ねなくて。何回も自分の体に戻ろうとしたの。けど、どうしても体に戻れない。気づいたらいつもここにいて、通る人に質問ばかりしてる」




 もうそうとうに暗い公園に、蛍光灯の明かりだけが静かに落ちる。




「若い男の人に、何回も。何回も。不細工だよね、って。不細工って、言い訳なんだ。だからふられた訳じゃない。ううん、不細工であることも原因だろうけど。それだけじゃない。自分が嫌いなの」




 ゆうさんの小さな手に力が入る。




「……本当にじぶんが嫌いなの」




 その様子を見ながら、つぶやくように俺は言った。




「それを俺にいって、どうすんの」




「……ごめんね」




 下を向いたままのゆうさんはちいさく肩を震わせた。顔を上げる。


 交わる視線。ゆうさんは予想に反して笑顔だった。口元に浮かぶ、かすかなそれは確かに。




「やっと、思い切れた。私、やっと、自分のこと、許せた。だから」




 魅入られたままの俺に、彼女は頬笑みを深くした。




「ありがと。話聞いてくれて」




 さっき出会ったばかりの、名も知らぬ彼女。そして。




「ばいばい」




 俺に小さく手を振った。


 くらい公園。はっきりしない視界。けれど、その頬笑みはやけにはっきりと目に焼き付いて。


 そうして彼女は消え失せた。










「つまり、どういうことだよ」




「だーかーらー、俺が幽霊を昇天させました!すごくね、やばくね、感動じゃね。さぁ手帳に書けよー……」




 投げやりに手をひらつかせると、田村は不満げに机を手帳でバシバシと叩いた。大切なものじゃねーのかよそれ。




「いろいろ情報が足りないんだよ!まず、本当に昇天したのかもわかんねーだろうが!!ていうか、まず死んだことに気づいていなかっただけじゃないのかそのバカ女!!」




「そんなことしるかよ!昇天したってことにしておけよ!」




「手帳には真実しか書かないんだよ!!はっきりしろバカ!」




「なにがバカだとこのやろう!」




 バンバンと叩く音が耳障りで俺はとうとう立ち上がった。人が少しセンチメンタルな気持ちになっているとこにこう耳元でガンガンやられたらやってられねぇだろが!




「やんのか」




「いいぞかかってこい」




 ガンつける田村に向かいファインティングポーズをした俺に、向き合う田村も腕をまくる。


 教室は文化祭の準備で半分くらいの机は寄せられており、広い。今は部活のない奴らだけ集まって文化祭の準備中であり、人も少ない。よし、行ける!


 いまこそこのバカに天誅を!


 手を上にあげ、構え、どっかでみた格闘技っぽい姿勢から田村に一撃を……!そんでもって……、




「「やめろお前等」」




「ちょっ、いてー!何すんだ双山!」「ぎゃあ、やめろ鬼塚……!!」




 そろう声と同時にわき腹にいたみを感じ、振り向くといつの間にか学級委員:双山がいた。持った木材で俺のわき腹をつつく。いや、つつくってもんじゃねえ。角じゃんそこ結構とがってる痛い痛い!!


 少し涙目になりつつ向かいの田村を見ると、奴の後ろには同じく学級委員の鬼塚がいた。田村が頭を押さえて痛がっているところを見ると、鬼塚が手に持ったほうきの枝でがつんといったらしい。


 俺と田村が動きを止めると、学級委員たちは動きをやめた。




「ふざけてないで、手伝いなさいよ」




「忙しいんだから騒ぐな」




「「はぁい」」




 正論に反論もなく、田村と二人で息をつく。


 いやそうに、しかし、大人しく返事をした。


 学級委員たちはそんな俺たちに無言でうなづき、立ち去る。


 と、不意に双山が足を止めた。




「生きてるよ」




「「は?」」




 俺を田村の声がまたかぶる。




「クローが会った女の人。生きてる」




「行くよー、築ー!なにやってんの!!」




「今行く。……よかったな、手帳に書けるぞ」




 にやりと笑い、身を翻した双山になにも言えず、無言で見送る。




「……」




「…………」




 田村と目を合わせる。何ダイ、今ノ。


 あ、と田村はつぶやいた。




「そういえば、双山んちって、お寺……」




「おい、まさか」




 口の堅い学級委員はその後、何度問いかけてもきれいにかわし、なにも漏らすことはなかった。












 そんでもって、文化祭が通り過ぎ、一ヶ月後の近くの大学の学祭にて。


 横暴な姉が紹介してきたやけに青白い顔の化粧慣れしていない女の人がどっかで見たような陰気顔だったりとかして。


「久しぶり」とかいわれたりして。


 これってマジでホラーじゃねえか、そんな会話を田村とした高2の秋だった。


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