エピソード75 実家の定食屋

 オレは匠達が作り上げた庭を一通り見て周った後に、枯葉が一つも落ちていない事に気づいた。


「ショパンさんが手入れしてくれてたんだなあ」


 オレはショパンさんの感謝をポツリと呟き、テラスから鍵を開けて店舗の中に久しぶりに入った。


 店舗内に入ると多分ショパンさんが掃除をしていた形跡があった。

 床は綺麗に磨かれており、キッチンに入ると油が飛び散る厨房エリアも綺麗に掃除がされていた。

 

(オレ達が店舗を閉店してても冬休み休みの間に来て掃除をしてくれてたんだなぁ)


 そんなショパンさんの優しさが朝のフィーネの誤解によるストレスを癒してくれ、オレは学生寮に戻った。


「ただいま! ごめん遅くなった?」


 時間は昼前、どうやら食堂のテーブルにモーガン達は集まっているようだ。


「クライヴ。ちょうど良かったよ。今みんな揃ったとこなんだよ」


 モーガンはオレにそう言って、リアナの方に身体を向き直した。


「クライヴが来た事だし、もう一度リアナから説明をしてくれない?」


 モーガンの一言でリアナは頷いた。


「クライヴ、実は今日はなんだがザック先生にお願いして、ついて来ていただく事になったんだ。ショーンが師と仰ぐザック先生ならぼく達でダメだった場合に助けていただけると思って……」


「あぁ……」


(ザックっていつからショーンの師匠になってんの?)


 オレはザックって役に立つの? と疑問に思いながらオレ達はザックと待ち合わせしている大聖堂前に向かった。


「おぅ! 早えじゃねぇか。坊主、久しぶりだなあ」


 ザックは大聖堂の壁にもたれかかり、腰に吊っている酒を飲んでいた。決して純粋な子ども達には見せれないチンピラザックが、笑顔でオレの頭をガシガシと掻きむしっていた。もちろん酒臭い……


(これが師と仰ぐ先生の姿か? しかし羨ましいなぁ。オレもこの身体じゃなければ飲酒できるのにー)

 

 オレは気持ちを落ち着かせていつも通りに話しかけた。


「ザックっていつ仕事してるの? 暇人なの?」


「坊主は相変わらずだなぁ」


 これがオレとザック流の挨拶になっている。


 しかしリアナは姿勢を正して、真剣な表情でザックに頭を下げていた。オレとの温度差が凄いよ……


「本日はお忙しい中ありがとうございます。ザック先生に迷惑かけまいと思っていたのですが、私の力不足でショーンが危機に立たされていますのでどうかお力を貸していただければと存じます」


「わぁったよ。取り敢えずショーンの坊主の定食屋に言って昼飯食ってからなんだろ?」


 ザックの軽い一言でオレ達はショーンの実家の平民通り東通りの定食屋に向かった。

 その道中にリーズナブルな飲み屋やこだわりの飲食店等、ザックは平民通りにあるお店の数々をツアーガイドのように紹介しながら目的地のショーンの定食屋に十四時前に到着した。


「みんなリラックスして、まずは昼食を楽しもうよ」


 自然と表情が強張っていたのだろう……モーガンの一言でオレ達は表情を緩めた。


「なかなかやるなぁ。全体が視えているっては大事だぞ」


 ザックはモーガンを褒めてから、ザックを先頭に定食屋に入った…………


「へいらっしゃい!」


 そこには赤色の角刈りのショーンのお父さんらしき人物が奥の厨房から声を出していた。


「何名様だい?」


 続いて少しおっとりした少し恰幅の良いショーンのお母さんと思われる女性がオレ達に聞きに来た。


「五名だ。空いているテーブルを使って良いかい?」


 ザックが答えると「どこでもいいよ」とショーンのお母さんが言った。


 オレ達は空いている席に座りメニューを見るとどのメニューもとても良心的な価格設定がされていた。


「坊主達、奢ってやるから好きな物食べな」


 ザックは胸を叩いて気前の良さをアピールした。

 言質は取った!


「じゃあオレは、エビフライとハンバーグとステーキにビーフシチューのスペシャルセットね。あとドリンクでオレンジジュースも」


 オレは遠慮なく一番高いメニューにドリンク付きで注文した。


「えっ? 嘘だろ?」


 ザックは【ガキの癖にそんな食べんのか?】と言いたそうな顔をしていた。


「ザックさん遠慮なく選びますね。ボクはカレーライスとアップルジュースにします」


 オレに続きモーガンも注文した。申し訳なさそうな表情で……


「じゃあアタシは、鶏肉のソテーにサラダとオレンジジュースに、追加でフィナンシェにします」 


 フィーネも遠慮なくスイーツまでお願いした。


「先生! 私はステーキセットにアップルジュースで………………そ、それとマドレーヌを……」


 隠しきれてないスイーツ好きのボクっ子リアナも遠慮という言葉は存在しなかった……


 ザックはカッコつけて奢ると言った手前【やっぱり奢りは無しにしないか?】とは言えず、引けなくなった状況に青ざめていた…………


「ショーン! 私と一緒に五番テーブルのお客様に配膳するわよ」


 ショーンのお母さんが厨房の奥にいるらしいショーンを呼んで、ショーンはこちらに向かって来た。

 そして、その時初めてオレ達が来ていた事に気付いた………………


「な、な、何でおめぇらがおるんじゃ! あっ! それにザック先生まで」


「ショーン! お客様に向かってその口の聞き方はなんだい!」


 ショーン母により、ショーンは思いっきりゲンコツを喰らって、オレ達に謝るようにとショーン母はショーンの頭を押して頭を下げさせていた。

 流石にオレ達もそこまでさせるのは気の毒で、慌ててオレ達はショーンの学友である事を伝えた。

 冬休み中にショーンの元気がなくなり実家に戻ったので心配で来た事を伝えると、ショーン母は恥ずかしそうにしていた。

 そして食事後にショーンと話がしたい旨をショーン母に伝えてオレ達は食事を楽しんだ。


(うまーい! えつ? コスパ高過ぎないかい)


 老舗レストラン顔負けの味でみんなの顔も笑顔ホクホクだった。一人を除いて…………


「クッソー! てめぇら遠慮という言葉を知らないのかよ」


 ザックはボソリと呟き会計を済ませ、そしてショーンはオレ達のテーブルに来て席に着いた……


「まぁ坊主達の事情は聞いてるが、ショーンお前は嬢ちゃんにコテンパンに負けてから、ここ一週間で立ち直れたか?」


 ザックはど直球でショーンに質問を投げかけた!


「わ、わしは……先生にはお世話になりましたが…………全くリアナに太刀打ち出来ず…………情けのうなりました…………ワシはみんなに足を引っ張るだけで………………もう現実を見て……諦め」


 俯いたままショーンはゆっくりと小さな声で言葉を紡いでいく……

 それ静観していたリアナが耐えかねてショーンに発破をかけた。


「ショーン、君の夢は冒険者じゃなかったのかい? 今ここで諦めるのかい! ぼくは君がどれだけ努力をしているか知っている。仲間を想い自分が盾役として頑張らないといけないと素人からここまで努力して来たのを……ぼくはショーンが……諦めるのが……辛い…………悔しいよ…………」


 リアナは目に大粒の涙を溜めていた。



(すまん、オレの頭が追いつかん。

 元々はリアナとの一本勝負の手合わせでリアナが十三本勝って、一本に取る事にショーンにダメ出しをして、最後に【そんなのじゃ冒険者になれない! 断言しよう!】というモラハラ発言でショーンの心を砕いた気がするが……


 アレは期待しているからこその獅子の子落としだったのか? 

 それだとしても女の子にアレだけ言われたら男の子としてキツ過ぎだろ)


「ショーン! てめぇを嬢ちゃんに負けないぐらい鍛えてやっからよ! この悔しさをバネに強くなんのが男っていうもんだぜ」


 ザックがそれっぽい事を言っているが、単純な男の子のショーンには見事に心に響いたようだ。

 以前の顔つきに戻りオレ達に謝り、その後ザックに頭を下げた。


「先生! ワシは絶対負けたくないです。ですから強い男になれるよう鍛えて下さい」


(良い話で終わった感じがするが、女ったらしの部分は引き継ぐなよ)

 

 そして次の日、オレの後ろの席にいつも座っているショーンが机に額をつけて唸っていた……

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