エピソード30 学生寮の住人
「んっ雨?」
オレは雨が降っている事に気づいて目を覚ました。
いつもなら窓から暖かい朝日が入っさてきて目を覚ますのだが、今日はあいにくの雨で一日の予定を立て直さないといけない事になった。
オレは雨に濡れても大丈夫な使い古した服に着替えてから寝室を後にした。一人リビングの床に座りどんな家具がいるのか考えていた。
今日は午前中に髪を切りに行く予定だった。
今までは肩の位置の高さに切り揃えていた髪が、放ったらかしにしていたので背中の真ん中ぐらいまでのロングヘアーになっていた。またクセ毛も膨らんでモコモコしてきたので切りたかった。
髪を切った後はフィーネとランチをして、その後は一緒に生活用品の買い物の約束をしていたので、それまでに髪を切りに行きたかったのだが……
「とりあえず午前は学生寮で待機で午後からは天気次第だなぁ」
少しテンションが下がり一人で呟いていると、真上の住人の足音がドタバタと聞こえて、その後にドアを強く閉める音が聞こえた。
どうやら目覚めたらしい。
そして、足音はドスドスとオレの部屋に近づいて来る。
「クライヴ! 雨降ってんだけど、予定はどうするのよ!」
エルフの衣装を身に纏うツンツンフィーネ様からは、おはようございますの前に文句が飛んできた。
「おはようフィーネ。オレもさっき起きて考えたんだけど、まぁ午前中は学生寮で待機して、午後から雨が止んだら買い物に行こう。一日中雨が続いたら今日はゆっくり身体を休めようよ。今までの疲れも残ってるしさ」
「アンタだけ疲れてなさい! アタシは床に敷く敷物と、床に座るとちょうど良い硬さのクッションと、綺麗に服を保管できる家具が必要なの!」
いやお前の部屋は角部屋だけど特別性じゃないから
「じゃあ午後もし晴れたら一緒に行こう。フィーネの買い物を優先して付き合うよ」
「な、なに付き合うとか言うのよ!」
フィーネさん、都合が良いのか悪いのか? 変な所だけ言葉を抜き取るクセがあるよね? 買い物に行くんだよ! 顔を真っ赤して買い物行く人はいないよ。
「オレも午前中に髪切りに行きたかったんだけどなあ……」
「なに、それならアタシが切ってあげるわよ」
「えっ! どうやって?」
「精霊に頼んで魔法で髪切ってあげるって言ってるの!」
ピンチ! 殺められる、殺められる! この子にそんな繊細なコントロールが出来るのか? いやよく考えろオレ! 精霊の力を借りるわけだから、精霊様の腕なら髪を切るのも楽勝なはずだ!
「じゃあいくわよ!」
アレ、まだオレ返事してませんけど……
……………………………………
集中しているのかフィーネは無言で魔法を操作していた。
「あっ耳たぶ」
フィーネが小声で呟く……そうだよな、左の耳たぶに何か掠めて血が滲んでるからな。
「あっ首」
…………そうだよな、首の後ろジンジンするもんな、手で確認するとうっすら血がついたしな。
「あっ間違えた」
えっ……なにを…………
そして次の瞬間!
「息が、息、息がぁ!」
オレの首から上の部分は竜巻のような強い風に巻き込まれていた。
竜巻きが去った後、オレの萎んだ肺は躍動感を取り戻した。
溢れんばかりの空気を取り込んだ肺にオレは咳き込んだ。
「アァオォガァッグェガァ」
「どうしたのよカエルみたいな声出して? アンタ大丈夫?」
「ゴホォッゴホッ、見たらわかるだろう。何がいくわよ! とか如何にもできる女です風に言うんだよ。こっちは全然大丈夫じゃないよ」
「まぁ良いじゃない。クライヴはその髪型の方がカッコいいよ」
少し恥ずかしがるフィーネの突然の一言に胸がドキッとした。
そして、フィーネから手鏡を借りてオレは髪型を確認すると、襟足は短めのサイドはツーブロックっぽい。
だがしかし! キューティクルがクリティカルヒットを受けて、よりクセが強くスパイラルパーマのようになっていた。
トップはボリュームがあり、前髪は睫毛にかかる程度で色々な方向に軽めに唸っているミディアムヘアーだ。
まぁ前世のような髪型でオシャレだけども……耳たぶや首後ろ髪血が出てるけど……
「ねっ! 絶対にこっちの方がカッコいいでしょ、うん! クライヴっぽいよね」
「ありがとう」
こっちは窒息しかけたぞ! クライヴっぽいって何だ? とツッコミたかったが……素直に感謝を伝えた。
だってさぁ……めっちゃフィーネ笑顔なんだもん……嫌味も言えなくなるよ。
しかし、何度でも言おう! オレはロリコンじゃない! 精神年齢が今のオレに融合しているから、オレも照れてるだけだと、神様そう信じさせてくれ!
朝食前にオレは一階の衛兵さんからホウキを借りてきて、床に散らばった髪の毛を皮袋に入れていき外の学生寮の裏に捨ててきた。
ゴミ袋あれば便利なのになあ。でも開発できたとしても捨てる場所ないし、プラスチックは自然の中では分解出来ないから、せっかくの空気の澄んだ緑豊かなこの世界が失われるのも嫌だなぁ。
そして部屋に戻るといつの間にかフィーネが居て、今にも街に繰り出そうという白のチュニックに赤紫色のノースリーブロングワンピ姿に着替えていた。
「雨だよフィーネ?」
「知ってるわよ」
「寮の食堂で朝食を食べに行くだけだよ」
「だから知ってわよ!」
この子との言葉のキャッチボールは難しい……
「初めて利用するから、料理を提供してくれる人に失礼があってもいけないでしょ。身だしなみは気をつけないと。」
平民分校の学生寮の食堂でドレスコード着用? 意識高すぎだろ! 本当にそんな食堂なら殆どの平民は利用できないぞ!
「オレはこのまま行くね」
「ちょっと待ちなさいよ」
オレはこのままの姿でフィーネはドレスコードで、不思議な二人が食堂に向かった。
「「へぇー意外」」
ハモってしまったが本当に意外だった。
改築したおかげで学生寮とは思えないほど広く、全校生徒が前院集まっても数が足りる机と椅子の数があった。
また、大きな窓が沢山あり、採光にもこだわりを感じる。
そして、冬の窓からの冷気を想定して、立派な暖炉が奥の方で存在感を放っていた。
(だから煙突があったのか)
食堂では若い料理人見習いの人が十名と、眉間に皺を寄せて見習達を睨む頑固そうな料理長が一名働いており、見習いさんたちが料理長に認められたら貴族達と一緒に通う方の王立学院の食堂に配属されるらしい。
ちなみに
そして求人募集をすれば募集殺到で大人気らしい。
オレ達はカウンター対応の人に朝食に来たことを伝えると、二つの定食の内どちらにするか聞かれた。
ここでは、朝夕の学食は二択でメニューを選べるシステムらしい。
オレは迷わず【えっ本当に朝から頑張るつもりの肉定食】に決めて、フィーネは【やっぱ朝から胃もたれしたくないんだよねぇ魚とサラダに決まり定食】を選んだようだ。
何だろうこのネーミングセンスのメニューは……
「クライヴ、コレってふざけたメニューよね? こんな事をして料理長から怒られたりしないのかしら?」
フィーネの意見はごもっともである。
そして、カウンターから鐘が鳴らされてそれぞれの定食を取りに行く。その時にメニューの事を小声で聞いてみた。
「あっ面白いでしょ。メニュー名は料理長が決めているんですよ」
オレは驚きのあまりの定食のトレイを落としそうになった。
オレのその様子にフィーネは不思議そうにしていたが、そのまま日当たりの良い席に着いた。
オレはさっきの話をするタイミングをうかがいながら定食を食べた。
「この定食凄いよ。朝からいきなりステーキと硬めのパンにオニオンスープだよ」
「アタシのは焼き魚に大盛りサラダと野菜スープよ。健康的でしょ」
少し量が多く感じるが割と美味しい、そしてフィーネが最後にスープを飲み干そうとした時にオレは切り出した!
「フィーネ、実はメニュー名の事なんだけど、あれ料理長が考えてるんだってさ」
「ブフォー!」
フィーネはスープを外にこぼす事は無かったが、器の中で盛大に吹き出した。
「ハッハッハ、フィーネ面白かっただろ」
オレはフィーネにそう言うと、殺気を感じる目でオレを睨み。
「アンタ後で覚えてなさいよ」
と静かに宣告された。
二人の朝食が終わり食堂の窓から外の様子を見ても、まだ雨は止んでいなかった。
この世界にも偏西風が吹いているのか、西の空は薄い曇り雲で、時々太陽がうっすらと顔を出していた。
「もしかしたら午後からは晴れるかもしれないね」
「そう! アタシもなんとなく晴れそうだと思っていたのよ」
そんなたわいもないやり取りをしながら、オレ達は食堂を後にした。すると学生寮の玄関から声が聞こえた。
「説明は以上となります」
総合窓口のお姉さんが誰かに説明をしているようだ。
「はい。ありがとうございました」
鈴のような小さな声でお辞儀をしている子がいた。
その子は襟付きの白いシャツに黒色のズボン姿の小綺麗な装いだった。
(貴族の子かな?)
そして、褐色の肌にシルバーブロンドのショートボブで黄色の目をしており、フィーネよりも少し背が低い細身で中性的な顔立ち……だが表情に違和感を感じる。
総合窓口のお姉さんと話す時は表情を取り繕っているが、話し終えた後は無表情になっている……虐められたとかなんか訳ありの子なのかなあ。
とりあえずオレ達は新しい学生寮の仲間に挨拶に向かった。
「よろしくオレの名前はクライヴ。昨日から入寮して二階の角部屋に住んでるんだ。君は?」
俺たちの事が視界に入ってなかったのか驚きながらモーガンは返事をした。
「ヒャッ! あ、ボ、ボクの名前はモーガン。今来た所だから部屋はまだ決めてないんだ」
「えっ!男の子」
後ろでも
「アタシの名前はフィーネって言います。アタシもクライヴ君と同じで昨日から入寮しました。モーガン君よろしくね」
フィーネはオレには見せたことのない営業スマイルとお淑やかな声で、モーガンに全力で可愛い女の子アピールをしている。
オレはフィーネに小声で「似合わない事するなって」と伝えると、モーガンが目を離した隙に、オレの怪我した左の耳たぶを思いっきりつねられた。
「ん……マァァ……………………なんで?」
オレは声にならない声を上げ、モーガンはその様子を不思議そうに見ていた。
「そうだ、まだ部屋決まってないんだったらオレの目の前の部屋にしようぜ。それかまだ一通り部屋を見てないから見終わってから考えてくれたらいいからさ」
「どの部屋も同じ作りと説明を受けたから、クライヴ君の向かい側でいいよ」
何だろう? この歳にしては冷めている感じは?
子どもはもっとキラキラしてないと!
久しぶりに前世の大人の血が騒ぎ出した。
「君付けなんでいらないよ。オレもモーガンって呼ぶからさ。コイツの事もフィーネって気軽に呼んでるし」
「そうそう、だからアタシもフィーネって呼んでねモーガン」
「わかったよ。クライヴにフィーネよろしくね」
少しだけモーガンが笑みを浮かべて返事をした。
その時、モーガンの仮面の表情が少し崩れたように感じた。
そして、そちらのフィーネ様はキャラが崩れたようだ。
いつものハァーって怒る事もなく、罵倒される事もなく、ニコニコとしている女の子がそこには居た!
この穏やかな時間によって久しぶりにストレスを感じない有意義なひと時を過ごすことができた。
このモーガンとの出会いが……
オレとモーガンが親友となる第一歩となった。
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