エピソード28 馬車は続くよ何処までだ

 オレ達は馬車に乗る前に確認した。

 

 現在のオレの所持金は小金貨七枚と銀貨五枚、日本円にして七十五万円だ。

 フィーネの所持金は小金貨二枚と銀貨四枚だ。


 これには理由があって、フィーネはどうやら一文無しの状態だったのでオレは賞金首の報酬を全額フィーネにあげたら「そんなの悪いわよ」と断られたが、巾着袋に入っている大金を見せると納得してくれた。

 余談だが服を入れたりする肩掛けの女性サイズの皮袋とオレのすこし大きめサイズの皮袋は服屋の紳士さんからサービスしていただいた。

 オレは野宿も可能性も考えて、簡易なテント、ロープ、皮袋に入れた。

 お金の入った巾着袋や水を入れる水筒獣の膀胱を加工した物をお互い腰のベルトに掛けて準備万全で馬車に乗り込んだ。

 

「おっ! またアンタ達か。この前はありがとよ」

 

 何とシェリダン領からこの街まで運んでくれた馭者さんだった。


「前回みたいに無料にはできないが、サービスで安くしとくぜ。王都まで銀貨一枚のところ小銀貨二枚にしとくよ」


 まさかの破格のサービスで、王都までの道のりでプチ贅沢ができるとテンションが上がった。


「「ありがとうございます」」


「王都まではしばらく距離があるから馬を休ませる為に、小さな町や村等を立ち寄りながら進むけどアンタ達はその日程で大丈夫か」


「「はい」」


 王都まではここから北に進み一週間半程度、四月の入学までは三週間の時間がある。

 というか王立学院の初等部は入学金さえ払えばすぐ入学出来るらしいが、四月の一週目のどこかの日に簡易な入学パーティーがあるらしい。


「ねぇクライヴ何かワクワクするね」

 

 フィーネは馬車の後ろに人が立ち上がれるように付いているちょっと木の部分に腰掛けて離れていくランパード様の街を眺めていた。オレはその様子を近くの席から眺めていた。

 


「そうだな……フィーネは本当に良かったのか?」


 フィーネの言葉に合わせながら、オレはフィーネを少し強引に学院に誘った事が引っかかっていた。 

 本音を聞きたかったのか、どう聞けば良いか分からず変な聞き方をしてしまった。


「えっ何が?」


 フィーネの目がキョトンとしている。

 こういう表情もするんだなぁと思い、オレは少し笑みが溢れた。


「王都に行って王立学院に入学する事。両親は心配していないのかな……とか思ってさ」


「あ、大丈夫大丈夫。アタシの両親は放任主義だから、むしろ他のエルフ達の方が鬱陶しいわ」


 エルフで放任主義のエルフがいるんだ……両親のどちらかが人間だからの考え方なのかなあ?

 でも普通こんな小さな子どもに一人旅させるか?

 オレも人の事は言えないが……


「だからさ、これからの事が楽しみでワクワクしてんのよ。まだ見た事のない街、食べ物、服、アクセサリー等をね!」

 

「ありがとう。少し気にしていたからさあ。フィーネを誘った事に」


 フィーネはヤレヤレと言いたそうな顔をしていた。


「クライヴもこっち来たら。風が気持ち良いよ」

 

 招き猫のように手招きをされて、オレはフィーネの隣に腰掛けた。

 馬車に揺られながら、涼しい風と鳥達の囀りが聞こえ心癒される時間…………のはずが、やっぱりこの時代の馬車はスプリングが無いのでお尻が痛い。

 フィーネはオレと反対方向に顔をのどかな風景や馬車の中に吹き抜ける風を感じていたように見える。

 何で他の乗車客はクールな表情でいられるの?

 もしかしてフィーネも慣れているのかなあ。


 オレは必要ないと思うがフィーネに声をかけた。


「馬車ってお尻が痛いよね。フィーネは大丈夫?」


 アレ? 返事が返ってこない。風の音で聞こえなかったのかな?


 オレはもう一度聞いた。


「長時間馬車に座っているとお尻が痛いよね。フィーネは大丈夫?」


「ぅ、うるさいわね! こんなの平気よ!」


 とりあえず心配をして声を掛けたつもりが【心配してくれてありがとう】の感謝の言葉ではなく、何故か怒られると言う不思議な現象が起きた。


 そして隣のフィーネの顔を覗くと、苦悶の表情を浮かべ、目には涙が溜まっているフィーネがいた。


「アンタ! 何見てんのよ! この変態! キャウッ」


 いつものツンツンフィーネ様からは聞いた事がない何か可愛い小動物の声が出たぞ!


 そして、馭者から助けを求める声が乗客にかけられた。


「車輪が窪みに挟まってしまって、引っ張り出すのに何人か手伝ってくれないか?」


 オレとフィーネは戦力にならないので、馬車から降りて大人達の様子を眺めていた。


「予期せぬトラブルだけども、これで少しはお尻の痛みもマシになるな」


「アタシはお尻なんか痛くないし、アンタが痛いだけでしょ!」


 いやいやフィーネさん、あなた今もお尻や腰の辺りトントンしてますがなぁ。


 そして数分程度で馬車は元に戻り、いつものポジションに座っていると、フィーネのお尻が木の板が若干だが浮いている。


「あのさあ、フィーネ……それは?」


「ん? シルフに頼んで他の人に気付かれない程度に浮遊の精霊魔法をかけたの」


 くそー! 魔法便利だな! 羨ましいなあ!

 オレなんて身体強化で数秒だけお尻を強くしても意味ないもんな!


 数分後にやっと集落のような所に着いて、オレは安堵のため息をついた。


 馭者が馬車から降りない乗客達に集落の説明と集合場所にいて説明した。

「しばらく馬を休ませますので、少し遅くなりましたが一旦休憩をとって下さい。集落の中心に唯一の定食屋もあったと思います。夕方前に出発しますので、その定食屋の前の所で集まりましょう」


 やっとお尻の痛みから解放された。

 オレはフィーネを誘って昼食に誘おうとしたが、目を輝かせて集落を見渡していた。

(いつもは口うるさいが、黙っていると美少女なんだよなあ)


 だがオレはロリコンではない……はずだ。

 最近オレの精神年齢と言うか、感情がこの世界の年齢に近づいてきて、起こりやすかったり、ドキドキしたり、泣きそうになったりする事が増えた。

 そして最近ではフィーネと出会ってから、アネッサならどう言うだろうと比べてしまう事も増えてきた。

 この気持ちが何なのかは分からない…………


「クライヴ、アタシお腹が空いたからご飯食べに行かない?」


「お、おう」


 オレの挙動不審な反応にフィーネは気付いた。


「クライヴどうしたの? なんか道に落ちてる物でも食べた?」


 いつも思うが、オレは道に落ちている物を食べると思われているのか……それはエルフ達が思う人間像なのか? 

 こちらも負けじと少しだけフィーネをからかった。


「ううん大丈夫だよ。この集落を見渡していたフィーネの顔が可愛いかったらだけだから」


 フィーネは顔を真っ赤にして絶句した。

 そしてフィーネが小さな声でオレに言った。


「突然びっくりさせないでよ。そんな事言われたら恥ずかしいじゃない。クライヴのバ〜カ」

 

 フィーネの顔は少し赤いままだがニヤケ顔が隠れてないし、いつもの口調ではなく少し甘え声になっているぞ可愛い奴め!


 オレは平然とし、フィーネは指を少しモジモジさせながらお店に入った。

 

 特にこれといった目新しいメニューは無かったが、フィーネはご満悦の様子で店から出てきた。

 二人で小銀貨一枚だったのでオレが奢った。


 「クライヴありがとうね」


 まさか予想外の出来事が起きた! あのフィーネが珍しく少し恥ずかしそうにお礼を言った。


 何故かオレも気恥ずかしくなり、二人ともモジモジしながら店を出た。


 その後、また馬車の旅となり夕方ごろには町で一泊することとなった。

 少しフィーネと街を散策した後に宿に行きチェックインをしようとするとフィーネから小声で提案された。


「クライヴ大部屋にするの? 個室にするの?」


「大金を持っているから、少し宿泊費がかかるけど個室かな」


「だったら一緒に二人部屋に泊まらない!」


「えっ? フィーネはいいの?」


「ちょ、ちょっと、アンタ勘違いしないでね! アタシはハーフエルフだから万が一身の危険を感じて、しょうがなくクライヴとの二人部屋に譲歩したの!」


 いやいやそもそもオレは一人部屋の個室希望なんだが、譲歩してないだろ。ここは一つ……


「フィーネ……宿代は折半ね。後オレの着替えを覗かないでね」


「ハァー! 誰がアンタの汚らわしい身体なんか覗くのよ! バカじゃないの!」


 これで先程の少し不安なフィーネから、いつもの上から目線のフィーネ様に元通りだ。

 で一泊朝夕食付きで銀貨一枚の二人部屋にして、

夕食に向かった。

 夕食のメニューは堅パン、獣肉の炭火焼き、野菜スープで、不味くはないがそこまで旨くもなかった。

(コスパ的にこんなものかな)

 さぁオレはその井戸でパンツ一枚の姿で頭から水を浴びた。そして布で身体を拭き、部屋に戻ろうとした。

 オレはお決まりの行動はしないぜ!

 ちゃんと部屋のドアノックして返事を待った。

 一分後にもう一度ノックした……

 また一分後にノックした…………

 ノックしてるよ………………

 おーいフィーネさーん…………

 ノックしてるんですが………………

 これは新手の放置プレイか………………

 オレはドアを額をつけて諦めた、その時!


「うるさいわよ! 何回も返事してるでしょ!」


 ドアが吹き飛ぶぐらいのパワーで開けられて、オレは後ろに反らされて身体毎吹っ飛ばされた。


(アレ? ここは元の世界か生身で車に衝突された?)


 目を開けるとベッドに寝かされており、首から背中にかけて何故か痛みがあった。

 確かトントン扉をノックして……フィーネから返事がなく…………アレ? 記憶が無いや。


フィーネは申し訳なさそうな顔だが、いつもの口調で謝ってきた。


「アタシが精霊魔法で音の遮断状態にしてたのを忘れてただけじゃない! 何でそんな所に立っていたのよ!」


 ………………俺はこの先一週間やっていけるのだろうか………………

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