告白の、

hibari19

第1話 告白の予告

「あれ?今、終わり?」


聞き慣れた声に、立ち止まって振り向いた

「あ、出石さん」


同じ病院で働いていても

滅多に会えないもので

こうやって偶然会えたりすると嬉しくなる


「ねぇ、ちょっと時間ある?良かったらお茶でも」

出石さんは、なんかナンパみたい、と小さく笑う

「いいですよ、ナンパされてあげます」

照れながら返す



私が出石さんと出逢ったのは、同僚としてではなく、患者と担当看護師としてだ


乳房切除後の麻酔からさめた時に見た微笑みは、今でも忘れられない

第一声は「おかえり」だった


はっきり聞いたわけではないけれど

歳はたぶん私よりも10くらいは上だろう

そろそろ主任になるのでは?と

聞いたことがあるけれど

「とんでもない。そういうの興味もないしね」と笑っていた


指輪はしていない

仕事中には外す人もいるけれど、跡もないし結婚していないか、それともバツイチか

そんなところをチェックしているのは、出石さんが、“私の気になる人”だからだ



「こんな時間なので、食事にしませんか?あ、出石さんお家で誰か待ってたりします?」

この聞き方なら、不自然じゃないよね?


「いいね、ご飯食べよ。家に帰っても1人だし、なんならゆっくり出来る」

嬉しそうに言ってくれるから、私も嬉しくなる


「オペ室も忙しいよね?サイレン良く聞くけど緊急も多いの?」

クリーム系のパスタを口に運びながら出石さんは聞く

「まぁ、そうですね。でも病棟よりは時間外は少ないと思いますよ。夜勤もないし体は楽です。おかげさまで体調も良いですよ」

「そう、それは良かった」

と、ちょっと目を細めた

「体調を心配して声をかけてくれたんですよね?今日も、あの時も。プライマリーナースって、そこまでするんですか?」


うちの病院では

1人の患者さんに1人の担当看護師がつくプライマリーナーシングを採用している

私は病棟勤務の経験がないからよくわからないけど

退院してからもフォローしていたら身がもたないだろう


「さすがに退院しちゃったら何もしないし、する権利もないよね、普通は。」

「私は普通じゃない?」

「正直に言うと、ちょっと気になってた」気分を害したならごめんねと俯いた


「いえ、気にかけてもらえるのは嬉しいです。でも、どうしてですか?」

私が期待する『気になる』じゃないんだろうなぁ

「同じ看護師だから?」

同情されてるのかなぁ


「違うよ。河合さん、泣かなかったでしょ?」

「え?」

「入院してる間、ううん退院してからも、一度でも泣いた?」

「・・・私、この件に関しては泣かないって決めてるんです。こう見えて私、案外強いんですよ。ずっと1人でやってきたし...これからも...癌なんかに負けませんから大丈夫ですよ」

本心だった

病気の事を隠さずに話せる、数少ない相手だから素直に言える


入浴する時、着替える時

嫌でも目が行く自分の裸体

目を逸さず見つめる

負けない・泣かない

呪文のように



「あっ、スープも美味しいよ!ほら、温かいうちに」

「ほんとだ、カボチャですね。好きな味だ」

「カボチャ好き?甘くて美味しいよね」

「私、かぼちゃプリンがあれば生きていけます」

出石さんは、なにそれ!と言って笑う


「河合さんは1人じゃないでしょ?」

「え?」

あ、さっきの話の続きか


「ほら、救命救急センターの先生」

「ん?あ、祥子さん?」

「付き合ってるんじゃないの?」

出石さんは何故か少し声を潜めてる


「えー違いますよ‼︎」

私は声を大にして答える

「そうなの?あの先生、看護師さんと付き合ってるって噂だったから、てっきりそうなのかと思ってた」

もう病院中の噂になってるんだ


「その噂は否定しませんが、私じゃないです」

「そっか。でも心配してたよ」

「え?」

「あっ!」

しまった!という顔をするから


「出石さん、明日の勤務何ですか?」

「明日は休みだけど」

「じゃ、お店変えてその話ゆっくり聞かせてください」

「う、うん」

あぁ、狡いな私。

なんだか断れない形で誘ってしまった気がする

でも、もう少し出石さんと話していたいから


誘ったのは私だから。と奢ろうとする出石さんを説得して割り勘にしてもらう

私にお金を払わせたことが不満だったらしく

「じゃ、この後お店じゃなくてウチに来る?割とお酒も揃ってるよ!河合さん強いんでしょ?」

「げっ、それも祥子さんに聞いたんですか?」

「話の流れでちらっと聞いただけだよ。で、どうする?」

「お邪魔します」


出石さんのお宅は、マンションだった

「へぇ、かっこいいなぁ」

「そぉ?」

何故か苦笑いの出石さん

「マンション買うと結婚諦めたの?って言われるんだよね」と続ける

「なんですか、それ?意味わかんない」

誰が言うんだ?そいつ連れて来い!私が締めてやる

心の中で怒ってたら

「ぷぷっ」

出石さんは吹き出してた

それから、怒ってくれてありがとう。と言った



なんでそんなに私の気持ちが分かるんだろう

あの時もそうだったな

そして

私の背中をそっと押してくれた


***


その日は

手術後の放射線治療の説明を聞くために

放射線科へ行った

「治療棟」と呼ばれるそこは、病棟とは別棟で中庭を渡ったところにある



手術で全部取り切れた

再発予防のための放射線治療

ん?それっておかしくない?

がん細胞がない場所に放射線あてたって

百害あって一利なしだよ

目に見えない、検査でもわからないがん細胞がソコにあるっていう前提だよね


治療するかしないかは私の自由


わかってる

私だって医療従事者の端くれ

がん細胞はそういうタチの悪いやつだって

だけど何だか悶々としながら中庭を歩いていたら

出石さんがいた


「あれ?なんでこんなところに」

「日向ぼっこ」

「マジですか」

「気持ちいいよ」

ポンポンと出石さんの横を叩く

そこに座れ!ということらしい


「納得してないって顔してるね」

「そうですか?」

「眉間にシワが..」

可愛い顔が台無し。と軽く髪に触れる

そんな仕草が自然で


この人の前では素直になってしまう

「やらなきゃいけないのは分かってるんだけど」

「迷うのも当然だよ、まだ若いんだし。再建もしたいよね」

「それはまぁ…」

「でも若いからこそ、しっかり治して欲しいな。これからいっぱい楽しいことあるよ」


風が吹いて、乱れた前髪を直してくれる

再び触れた手に、ドキドキしてしまった



その翌日、同僚のゆきちゃんを誘って飲んだら

酔い潰れて、ゆきちゃんの部屋へ泊まり、祥子さんのベッドで寝た

治療のことは話さなかったけど

自分の中で結論は出た



***


「なに飲む?」

出石さんは、冷蔵庫を開けて聞く

ホントだ、いろいろ揃ってる

「ワインもあるよ」

「じゃ、ワインいただきます」

「オッケー、準備するね、座ってて」

「は〜い」


なんだか安心する空間だ

部屋をぼーっと眺めてたら

ワインと、おつまみを持った出石さんがやってきた

「あんまり見られると恥ずかしいな」

「え〜好きなものに囲まれて暮らすっていいなぁって思ってたんですよ」

私もいつか・・・


「ありがと」


「では」

「「乾杯」」


「それで、祥子さんとは?」

しばらくワインを堪能してから聞いた


「河合さんの初めての放射線治療の日にね、気になって治療棟に行ってみたの」

「え?その日は会ってないですよね?」

「うん。河合さんには会わないようにしてた。ごめん。そしたら、その先生に会って」

「祥子さんも、私を見に来たの?何も言ってないのに..なんで知って...」

ゆきちゃんにも言ってないから、知らないはずなのに


「様子がおかしかったからって言ってたけど」

「様子?あっ、あれか。酔い潰れたやつか」

出石さんはニコニコ笑ってた

「もしかして、それも聞いたんですね〜もうヤダ、あの時は祥子さんに散々脅されたんだからぁ」

「え、なにそれ!私は、お酒強いのに珍しく潰れてたって聞いただけだよ。脅されるって…面白そう」

「なに面白がってるんですかぁ」

お互い酔いがまわり始めてる?

ケラケラ笑ってる


「酔い潰れて、ゆきちゃんと一緒に寝てるところを祥子さんに見られちゃって。あ、ゆきちゃんってのが祥子さんの彼女ね!あ、言っちゃった…内緒ね」

「そうなんだ!ほんとに先生とはなんでもないんだね、良かった」

「ないない...」

ん?良かった?

出石さんを見ると、バッチリ目が合ってしまって恥ずかしくなった


「先生は河合さんと反対のこと言ってたよ」

さっきまでの声のトーンから一変

真剣だ

「何て?」

「美樹は、ああ見えて弱いから」って


言葉が出なかった

代わりに涙が出てきた


「ちゃんと見てくれてて、支えてくれてる人がいるんだよ、1人じゃないからね」

私も微力だけど支えたい、そう言ってくれた


そっか、泣いてもいいのか

だって出石さん、私が泣いたら嬉しそうなんだもん


いつの間にか隣に座っていた出石さんにもたれ、頭を撫でられながら

考えていた


「出石さん」

「ん?」

「ちゃんと治療が終わったら」

「うん」

「告白してもいいですか?」

「・・・ん?告白の予告?」

「はい」

「ん、楽しみにしてる」

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