第96話

 ドアのノック音が部屋に鳴り響く。


「はぁ~、また?」

「そのようですね、断って参ります」

「お願い」


 あの聖女試験が終わった夜からずっと次から次へと貴族や、貴族の使いの者が貢物のプレゼントの山を抱えてやってくる。

 それを尽くイザークに門前払いしてもらう状態が続いていた。


「おー、人気だね~」

「ディーノ!」

「よっと」


 ディーノが窓からひょこっと顔を出すとそのまま入ってくる。


「久しぶりね」

「ああ、ちょっとあちこち様子見に出かけてたからな」

「様子見?」

「これはディーノ様、お茶をご用意いたしましょうか?」


 イザークが従者を追い払い戻ってくる。


「いや、今日は少し耳に入れておく方がいい情報を持ってきただけだ、この後商談があるからお茶はいいよ」

「畏まりました」

「それで話とは?」


 リディアが首を傾げ見る。

 するとディーノは神妙な顔つきへと変わった。


「ああ、ナハルの動きが怪しい」

「怪しいとは?」

「矢が大量に購入されている」

「! …それはまたナハルと戦が始まるかもしれないと?」

「可能性は高い、ナハルが向かう敵はこの国アグダスだからな」

「そう…」


 ミクトランがリオの活躍で一旦収まったと思ったら今度はナハルかと胸に手を当てる。


(それにしても期間が短いわ…)


「あちらさんの魔物事情がかなり深刻なようだから後がないんだろう」

「そんなに酷いの?」

「ああ、戦したくてと言うよりは安全な水や食い物と逃げ場を確保したいのやもしれん、ナハルは国全体に魔物が発生していて作物もダメだ、水も毒素を含んだ水により各地で死人が出ている、疫病も薬が足りず被害が広がる一方な上、この前の事でアナベルからの支援も止まったからな」

「それだったら大国のアグダスに挑まず、友好国に援助や一時退避場所の提供を申し出ればいいのに…」

「魔物は今この大陸全土に出現している、どの国も田畑が荒れ食糧難で困っている、ナハルと隣接するのはミクトランとモンテーラそして我が国アグダス、その中のミクトランも酷い食糧難だ、ミクトランもまたそれでヨルムやテペヨに援助を頼んだが向こうも支援するだけの余裕がなく断られ仕方なく敵国であるアグダスに戦を起こした、そんなミクトランに申し出るのは難しい、モンテーラは中立を保っている、なので支援も難民受け入れも拒否している」

「後がないわけね…」


(逃亡も早めたい所だけれど…)


 敵の狙いは土地、またはこの城だ。

 戦に巻き込まれる可能性もある。

 それは嫌だから早く逃げ出したい所だけれど、オズワルドとの約束がある。

 誕生祭まではここに居ないといけない。


(方角は南中央と決めているけれどあそこは戦の心配はないわよね…そうだ、ディーノならその土地の情報をしっているかも…)


「てことで気を付けろって話、用はそれだけだ、じゃ」

「待って」

「ん?」

「今、アグダスの南側はどう?」

「南?」

「あの辺りは隣国と面している所が少ないわよね、戦の心配はないと思うけど、魔物とかは?」

「現れているとは聞くが、この辺りよりは大分とマシらしい」

「そう…」


(ならやはり南に決定ね‥‥)


「ディーノ、頼みたい物があるの」

「お?何でも言ってみろ、用意してやるぜ」

「助かるわ」


(そろそろ逃亡の品はそろえておく方がいいわね…)


 リディアは、思いつく限りの逃亡準備品をディーノに頼む。


「もしかしてリディア…、いや、ここから先は聞かない」


 頼まれた品にディーノは逃亡の事に感づくが、それ以上は口には出さなかった。


「ありがとう」

「だが、必ずあの簪は持っていてくれ、あれがあればいつでもリディアを探し出せる」

「解った」

「まぁ、本心は少し残念だけど…はは、ちゃんと言われた品は持ってきてやるから待ってろ、じゃ、行くわ」

「戦が近いのならディーノも気を付けて」

「ああ、ありがとな」


 そう言うとひょいっと窓を超える。

 そして軽く手を振るとそのまま姿を消した。


「後は‥、誕生祭で『証拠』をGETすれば終わりね」


 キャサドラから報告を受けアナベルの寝室にあの大きな絵画があると聞いている。

 その寝室の場所も把握している。

 証拠GETし、誕生祭が終われば、正式に聖女誕生式典が行われる。

 その前に逃亡する予定だ。

 この聖女誕生の式典まではもう授業はないが、聖女候補生達はまだこの施設に居る事となっている。

 それ以降も、行く先がまだ決まっていない者は魔物がこれだけ出現しているという事で実家に戻っても危険な事もありえるため安全のため残りたいものはそのまま施設に残っても良い事になっている。ただし執事は付かない。そこからはただの客人として部屋を貸すという形になる。行き先が決まれば速やかに退去する形となった。


(これで逃亡用の道具は揃う…後は…逃亡場所をもう少し明確にしておく方がいいかしら…)


 逃亡準備の事で頭いっぱいのリディアの耳にまたノック音が届く。


「またぁ~~」

「仕方ないとはいえ、少々面倒ですね‥‥、行って参ります」

「お願い」


 二人でため息をつくと、イザークがまたドアへと向かった。


 






「ジークヴァルト殿下は、ここにはいらっしゃりません、お引き取り下さい」

「一体どこへ行かれたのです?」

「サディアス軍師!!お待ちください!せめて行き先を!!」

「ならサディアス軍師でも構いません!!我が娘をご紹介したい!」

「では失礼」

「サディアス軍師!!」


 押し寄せる貴族達を兵が止める中、背を向ける。

 やれやれとため息を零すとジークヴァルトの元へ向かった。


「そっちも疲れ顔だな」

「ええ、この厳しい状況でこんな手間を取らせられて迷惑にもほどがある」


 ミクトランもナハルも油断が出来ない状況。

 いつ戦が起こってもおかしくない状況下で、リディアが聖女になった事でジーク派が勝利したと思った貴族たちがアナベル派から鞍替えして押し寄せてきた。


「暢気なものよ」

「ええ、全く」

「あいつの所にも押し寄せているんだろう?」

「はい、ドラから聞いています、尽く門前払いだと」

「ふっ、せっかくの貢物も貰わずにか?」

「はい」

「彼女らしいな」

「ええ、しかし、あの時国王専属執事ゴッドフリードをお連れするとは少々驚きました」

「そうか?」

「当然です、あのゴッドフリードがあの魔物執事に印を施し閉じ込めた張本人、…しかし、どうして嘘をついたのでしょう?確かにあれは奴隷印の魔法を施されていた…、あなたもまた何故、ゴッドフリードを連れてこようと?」


 あれから忙しく話す暇がなかったサディアスは、あの時の質問をジークヴァルトにぶつける。


「前に国王の見舞いに行った時、あれはどうしているのかと聞かれてな、もしやと思った」

「それだけですか?」

「ああ」

「それはただの確認だったかもしれないのに?…あなたという人は…」


 眉間に手をやる。


「何となく、だ、あれを表に出しても何も言ってこなかっただろう?もしかしたら本当は表に出してやりたいと思っていたかもしれないと思ってな」

「‥‥っ、そうか、そう考えると、奴隷印を焼印にしなかったのは‥‥」

「うむ、そう言えばそうだな…」


 焼印だったらどうしようもなかっただろう。

 だけど魔法印なら消すことも可能だ。

 魔物の魔法力を抑えるため魔法印にしたと思っていた。

 だが、もしもあの魔物執事を受け止められるだけの主が現れた時の事を考えていたと思えば、ゴッドフリードが嘘をついた理由が結びつく。


「そう言えば、あいつは何も動きを見せないか?」

「はい、ドラの報告ではまだ逃亡するような動きは見せてないと」

「そうか…、となると怪しいのは誕生祭…か」

「まだ彼女が逃亡するとお考えですか?」

「あれは必ず逃亡する、何としても止めなくてはいかん、…弟は?」

「はい、常にゲラルトと共に行動させ、次々と任務を遂行させています」

「そのまま弟の見張りを強化し、暇を与えるな、あれはまた戦で使える」

「次の戦にも?」

「その予定だ、いつ仕掛けられるか解らない今、だから逃げられても隠れられても困る、見張りを強化しておけとゲラルトに伝えよ」

「はっ」






(ここも動きは…ない‥‥な)


 オズワルドは気配を消し姿を隠しながら周囲の状況を確認する。


(どうやらまだ動いていないと考える方がいいだろう、…誕生祭までに少しは動くと思っていたが…)


 この聖女試験で動くと思っていたが、どこを探っても動きがない。

 それにキャサドラが言っていた証拠探しもまだ動いていないようだ。

 

「っ…」


 その目に母アナベルの所に行っていたはずのレティシアがデルフィーノを連れて部屋に戻ろうとしている所を見つける。


(マズいな、一旦部屋に戻ろう)


「‥‥」


 レティシアの目が怒りを宿している。

 人前でも消せない程に。


(これは荒れるな…)


 そんなレティシアを確認し、捜査を打ち切り部屋へと戻ろうとした所で、慌ただしく走り込んでくる兵に振り返る。


(あれは…伝令兵…)


「!」


 ハッとして顔を上げる。


(もしや、ナハルかミクトランが動いたか?!)









「申し上げます!!ナハルが動きました!クルルに向かい進行中!今ヴィルフリート侯爵が応戦し、至急援護を要請しております!」


 飛び込んできた伝令兵にガタンと椅子を倒し立ち上がる。


「何っ?!」

「もう?…早い、早過ぎる、ジーク様」


 ジークヴァルトが頷く。


「急ぎ、準備していた援軍を送れ」

「はっ」

「俺も出る!直ぐに準備に掛かれ!」

「このまま第二部隊を残し全軍出動命令を出しなさい」

「はっ」


 伝令兵がまた部屋を飛び出す。


「聖女誕生時期を狙ってきたか…」

「もう本当に後がないようですね」

「念のため、各地に援軍を要請しろ!これに乗じてミクトランも動くやもしれん」

「はっ」

「あと、ゲラルトにリオを連れて来いと伝えろ!あとルーサーとマーカスも呼べ」

「はっ」


 ジークヴァルトの命令に兵が部屋を飛び出す。


「リオを連れていくのですか?置いておく方がいいのでは?」

「オズワルドが居ない今、已むを得ん」

「ミクトラン対策ですか…、後がないナハルにミクトランが加わるとなると‥オズワルドが居ないとなると厳しいですね、リオとルーサーやマーカスだけでは心もとない…それに問題はまだあります、今城を空けると聖女となったリディア嬢の身が危険」

「ドラに任せる、城が落とされるわけにはいかない」

「…仕方ありませんね、悔やまれます、ジーク派の隊長クラスを殆ど戻す事が出来なかったことが…っ、証拠さえあれば…」

「今そんな事を言っている場合ではない、ないものはない、あるもので何とかするしかあるまい」

「はい、では私も準備に取り掛かります」

「ああ、何としても抑えるぞ」

「はっ」





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