第94話

 固唾を飲み二人の前に立つオーレリーを見る。

 するとオーレリーは二人の顔を確認すると声を張り上げた。


「これより、聖女試験を開始します」


 一斉に会場が静まり返る。

 こんな大掛かりな柵まで出した試験。

 オーレリーの言葉一挙手一投足見逃さないという様に皆が食い入る。


「今回の試験は会場を見てもうお解りでしょう、『戦闘』です」


 やはりそうかとリディアの額に汗が流れ落ちる。


「そしてテーマは『実践』です」

「?」


 その言葉に二人は首を傾げる。

 普通の試験での実践ならバトルを連想するだろう。

 だがこれは『聖女』になるための試験だ。

 聖女の相手は人ではない、魔物だ。


「バトルで…ない?」


 オーレリーが助手に目配せする。

 すると会場の奥から大きな檻が運ばれてくる。

 その檻の中身に皆が息を飲み込む。

 そこには本物の魔物が何体もうじゃうじゃ蠢いていた。


「貴方達が戦って頂くのはこの魔物です」

「!」


 会場中がどよめく。

 それも無理はない。

 聖女試験で本物の魔物との対戦など過去に一度もない。

 それどころか国のお宝である聖女候補を危険な目に合わせるなど以ての外。

 第一、城内に魔物を持ち込むなどあってはならない。

 前代未聞の試験に皆が動揺しどよめいていた。


「なるほど、そういう事か…」


 ジークヴァルトとサディアスが目を細め見る。

 二人はリディアがどういう魔法を使うか知っている。


(やはり、あの男リディアの事をよく知っている…)


「我らに偽の情報を流したのも魔物使用と解れば止められる可能性も考慮したのでしょう」

「観客席を設けたのも見立てか…」


 光魔法を皆の前で公表する。

 誰もが聖女がリディアだと認めさせるため。

 オーレリーを警戒するようにジークヴァルトは睨み見た。


「それではレティシア様はこちらへ」


 初めて見る魔物にレティシアも少し緊張の面持ちで頷く。


「リディア嬢は下がりお待ちください」

「はい」


 レティシアを残し、言われた場所へ退避する。

 会場の中央に立つレティシアを会場中のどよめきが静まり返り見守る。


「準備はよろしいですか?」

「いつでも構いませんわ」

「解りました、では、始めます」


 オーレリーが手を振り上げる。

 すると檻の扉が開く。

 一斉に魔物達が飛び出す。

 その様に観客からは悲鳴が上がる。


「こんなもの!退けてみせますわ!!」


(リディアには絶対に負けられない)


 レティシアの気迫が大きな陣を作ると、一気に放たれる。


―――― ギェエェエエッ


 魔物達が叫び白魔法に怯え一斉にレティシアの元から離れた。


「おおおおっっレティシア様!流石!」

「凄いっ一斉に退けられたぞ!!」


 大きな歓声が沸き上がる。


「まだまだですわ!」


 更に大きな陣を作ると退いた魔物達に止めというばかりに攻撃魔法を発動させる。


―――― ギェエェエエッ


 その攻撃に魔物達が床にボタボタと落ち気を失った。

 瞬間、会場が一斉に沸く。


「そこまで!」


 オーレリーの終了の合図と共に会場中が拍手喝采となる。


「これはもうレティシア様の勝ちですわね」

「あの魔物に物怖じせずとは素晴らしい」

「この後にとは、彼女、お可哀そうに…」

「やはりレティシア様こそ聖女に相応しい」


 会場中がレティシアの絶賛の嵐だった。


「次、リディア嬢、こちらへ!」


 そんな中、オーレリーが次の指示を出す。

 レティシアが退き様、リディアと交差間際、目だけで睨み見る。

 そんな事お構いなしにリディアは渋々呼ばれた所定の場所に立つ。


(公然の場で使いたくないんだけどな…)


「はぁ~~~~」


 大きなため息をつく。

 だけど、何もしないわけにもいかない。

 しないで魔物にやられかけでもしたら、イザークが黒魔法を使ってこの会場に乗り込んでくるだろう。

 会場は厳重な柵の中とはいえ、控室に待つイザークの所からならば乗り込んでこれる。


(イザークを見殺しにするわけにもいかないしなぁ~…)


 もう一度大きなため息をついた。

 そんなリディアを睨み見るレティシア。


(魔法の試験はいつも最下位であるのに、伝説の初代聖女並みに魔力量持つなんて…)


 本来ならば、心配もしなくてもよいような相手。

 普段の授業でもまともに魔法が使えたレベルではなかった。

 魔物相手だと考えると到底無理なレベル。

 だから本来なら気にする必要すらない相手なのだが。


 レティシアの胸がざわざわする。


 そんなリディアが魔力量を持っているはずがない。

 それなのに、測定試験では初代聖女並みの魔力量を計測した。

 明らかにおかしい。


(この女、絶対何か隠していますわ…)


 レティシアの中で警報が鳴り響く。


(嫌な予感がするわ‥‥)


「リディア嬢、準備はよろしいですか?」

「‥‥ぅぅ」

「よろしいですか?」

「‥‥」

「リディア嬢?」


(ああぁ、どうすれば…  あ!)



「き、棄権します!」



 その言葉に会場中がざわめく。

 ジークヴァルトとサディアスはやれやれと苦笑いと額に手をやりため息を零す。


「あの子、何言ってるの?」

「ルール知らないのか?」


(あれ?私おかしいこと言ったかしら?)


 オーレリーがリディアにニッコリと優しく笑いかける。


「怖いのは解りますが、リディア嬢、残念ながら棄権はできません」

「え…?」

「棄権が出来ない代わりに、候補者全員が試験を受けられる状態で実施されます」

「そうだったんだ…」


(くぅ~いい案だったと思ったのに!)


 往生際の悪い相変わらずゲス思考まっしぐらなリディアはガクッと頭を項垂れた。


「それでは準備はいいですか?」


 改めてオーレリーに問われる。


(あーもう、ここは腹を括るしかないか…)


「‥‥はい」


 渋々返事をする。


「では始めます」


(はぁ~こうなったら、なったらなった時よ、状況が変わっても逃亡チャンスはあるはずよ!)


 ざわついた会場が静まり返る。

 リディアが顔を上げる。



( きっとこれで私は聖女になる )



 オーレリーが手を上げる。

 魔物の檻の扉が開く。

 一斉にリディアめがけて襲い掛かる。



(だけど、絶対逃げ切ってやる!聖女なんかにならない!)



 リディアが手を翳す。





「だって面倒なんだものぉおお――――っっ!!」






 辺り一面が眩しい光に包まれる。



「「「!!!」」」



 光が静かに収まっていく。

 シーンと静まり返る中、皆が一体全体何が起こったのかと辺りをきょろきょろと見渡す。

 さっきまで居た魔物がどこにも見当たらない。

 夢でも見ていたのかと皆が呆気に取られる。


「おおおっっこれが…光魔法……」


 オーレリーが感動に震え呟く。


(え…光魔法を知って…いる?)


 リディアがオーレリーに振り返る。

 するとハッと我に返ったようにいつもの表情へと戻る。


「そこまでです」


 落ちついた声で終わりを告げる。

 まだ会場中が白昼夢を見ているようにポカーンと口を開け呆然としている。


「リディア嬢、あなたは魔物を退けるだけでなく浄化までした、よって、勝者はリディア嬢、さらに加算点も加わり…」


 会場中に響き渡る声を張り上げた。





「ここに、聖女リディア誕生となります!!」






 どよめく場内。


「くっ」


 してやられたというように悔しそうに唇を噛みしめるレティシア。

 それを見ていたアナベルの扇子もバキッと折れる。


「やはり、決まったか…」

「ええ…」


 ジークヴァルトとサディアスも決まった安堵と共にオーレリーに警戒心を抱く。

 会場がちらほらと拍手が沸き起こり始めた時だった。





「お待ちください!!」




「?!」


 突如、叫ぶ声に皆が静まり叫んだ者を見る。


「デルフィーノ?」


 レティシアが驚き自分の執事デルフィーノを見る。


「まだ、終わっておりません、レティシア様」

「?」


 デルフィーノがオーレリーの前に進み出る。


「この者は聖女にはふさわしくありません」


「?!」


 またデルフィーノの言葉に会場がざわめく。


「理由を述べなさい」


 オーレリーの言葉に頷く。


「はい、理由は彼女は魔物を飼っているからです、そんな危険な人物、聖女に相応しくありません」

「それはイザークの事ですか?」

「はい」

「彼はもう人間という事に決着がついたはずです」

「いえ、彼は紛れもなく魔物、私はローズ家の人間です、これはローズ家の秘め事であり黙っておりましたが、彼女が聖女となるならば秘め事をそのままにはしておけません、私には彼女が聖女になるのを止めなくてはなりません」

「!」


 皆がデルフィーノの言葉に驚く。


「証拠はありますか?」

「はい」

「!」


 デルフィーノはハッキリと返事を返す。

 会場中がまたざわめき始める。

 皆が証拠は何かとデルフィーノに注目する。


(証拠がある?…黒魔法?)


 黒魔法であれば、イザークが使わなければ問題ない。

 だが、デルフィーノのこの自信。


(もし黒魔法以外だったら‥‥)


 リディアはドクドクと嫌な緊張に心臓の音が大きく鳴り響く。



「見せなさい」



 オーレリーが証拠を見せろと即す。


「証拠はイザークの胸にあります」

「胸?」


「彼の胸には魔物であるがため奴隷印の魔法が施されています」


「!」


 会場中が大きくざわめく。





「人間に危害を加えない様、何かあればいつでも駆除できるようにと奴隷印があります、それこそ魔物である証拠!」





「「!!」」


(イザークの胸に…?! そうか!これが…)




―――― イザークがついてこれない理由




「イザークをここへ!」

「はっ」


 助手がイザークの居る控室へ走っていく。

 会場中がざわめく中、リディアは歓喜に心を震わせていた。



(やっとやっと解ったわ‥‥)



 ずーっと解らなかったイザークの理由。

 ここでは魔物である奴隷印は問題ありだけど、外に出れば違う意味でも問題ありだ。

 奴隷印の魔法は、どこにいるかの居場所まで解ってしまう。

 またローズ家の執事と言えど、奴隷印を押されているという事は人間以下の位に位置づけられる。

 外での暮らしでそれが見つかれば少々厄介だ。いろんな場面で制限も出てくるし、差別も受けてしまう。


(イザークの弱気はここにあったのね…)


 いつも自分を卑下しまくるイザークに違和感があった。

 そう扱われてきたからかと思ったが、あれだけの魔法を使えるのに無敵ぐらいの使い手なのに、それにそう扱わない私とずっといるのにイザークの怯えが一向に取れない。

 それは奴隷印がある限り、いつでも消される状況であり、いつ消されてもいいようなモノであると自身を否定され続けている事になる。



 いつも恐怖の中にあったんだ。




「連れて参りました」



 イザークが私を見、申し訳ないというように顔を伏せた。


「リディア様…、今まで黙っていたことをお許しください‥‥」


 声を震わせ謝罪を口にするイザークに胸がきゅんっと痛む。


「では、確認します」


 オーレリーがイザークの前に立つと襟元のネクタイを外していく。

 そして、その手がボタンへと掛かっていく。

 皆が注目する。

 イザークの体が微かに震え出す。


「っ…」


 オーレリーの指が止まる。

 はだけたイザークの胸元から大きな奴隷印が現れていた。




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