第90話

 自室に戻り、今さっきの事を思い返したリディアは悶絶していた。


(うわぁああああっっよく考えたらオズワルドにキスしてしまったぁあああっっ)


 今頃になって大胆な行動をしてしまった自分に後悔と羞恥心に苛まれのたうち回る。


(あの時はアドレナリン出まくりで咄嗟に行動してしまったぁぁああっっ)


 好きと告白したり、キスしたり、


「あああぁああああっっ」

「り、リディア様?」


 錯乱するリディアを心配の眼差しでイザークが見る。


「ごめん、イザーク、しばらく一人にして!」


 ドアを閉め寝室に入るとベットに突っ込み枕に顔を埋め更に悶絶する。


「あぁあああぁああああああっっ」


 叫ばずにはいられず、悶絶しまくる。


(いやいや、これは物語の中で、現実ではないのだから、ここまで恥ずかしく思う必要はない、ない、断じてない!)


「ぁああぁあああぁあああああ」


 自分に言い聞かすも、すぐに自分のした行動を思い出し結局悶絶するおバカなリディアが居た。


「ぜぇぜぇっ、恥ずかし過ぎるっ」


 現世では絶対有り得ない行動だ。

 自分らしくない行動に羞恥心に苛まれる。


「あぁぁ、本当にバカなことしたわ」


 放っておいて、キャサドラに頼めばよかった話なのだ。

 なのに、オズワルドがレティシアの靴を舐めようとしたらカッとなって身体が勝手に動いていた。

 お前はイザークにそれしただろ!というツッコミは置いておいて、心の準備が整っていなかったため、全てが咄嗟に口にし行動してしまったのだ。

 

(あぁあ、やるんじゃなかったっっ何で自分突っ走っちゃったんだぁああっっ)


 枕に顔を埋め再び叫ぶ。

 とにかく叫びまくると、少しだが落ち着いた。


「とにかく、やってしまったもんは仕方ないわよね」


 まだ羞恥に動揺する中、口にする。

 そして何度も落ちつかすために深呼吸する。


「リディア様、よろしいですか?」


 イザークがドア越しに伺いをたてる。


「どうしたの?」

「キャサドラ様がお越しです」

「今行くわ!」


(そうだった、キャサドラにオズワルドに聞いてもらう予定だったわ)


 あの場でオズワルドに聞くわけにいかない。

 なので結局の所、キャサドラに頼むしかないという事に後で気がついた。

 要はあんな恥ずかしい事しなくてもよかったのだ。


「はぁ~、恥ずかしさに死にたい…」


 それもまた後悔の念に苛まれる要因となっていた。

 だが、そんな事を言っている場合ではない。


(丁度良かったわ)


 勢い余ってそのまま部屋に一直線に帰ったが、後でキャサドラに頼もうと思っていた。

 ベットから立ち上がると、キャサドラの待つ隣の部屋へと足を運ばした。






 キャサドラと対面するなり、頭を深々と下げられる。


「ありがとう」

「え?え???」

「私達はあの場、動くことはできなかった、あの場で団長に『助ける』と言ってくれて凄く嬉しかった!それにあの後レティシアが興が覚めたと言ってまだまだ続きそうだった辱めも止めたんだ、止めてくれてありがとう!」

「ああ…」


 キャサドラのあの時の悔しさに歪んだ表情を思い出す。

 リディアの行動は、動けないキャサドラやジーク派にとってはとても嬉しい事だったのだろう。


(まぁ、それで悶絶する羽目になったわけだけど…)


 また顔が火照るのを抑えるように一つ息を吐く。


「顔を上げて、キャサドラに頼みたい事があるのよ」

「それは団長を助ける算段か?!」


 バッと顔を上げたキャサドラが期待に満ちた表情でリディアを見た。


(うわぁ‥眩しい…)


 そんなキャサドラの表情にふらつきつつも、姿勢を正す。


「ええ」

「! 何でも言ってくれ!協力は惜しまない」

「それは助かるわ」


 前のめりに言うキャサドラに押されつつ礼を言う。


「それで、何をすればいい?」

「あ、あー、その、オズに聞いて欲しい事があるの」

「団長に?」

「ええ、その、アナベルの周辺で大きな絵画はないかと」

「大きな絵画?アナベルの周辺って言うと、アナベルが住まう辺りのことかい?」


 リディアが頷く。

 場内はアナベルが住まう領域をアナベル領と自然となっていてアナベル派以外殆ど近寄れない場所だ。

 逆にジークヴァルトが住まう領域も同じ状態となっている。


「それが解れば、キャサドラの言う『証拠』ってのがみつかるかもしれない」

「それは本当か?!」


 ガシッと両肩を掴まれ叫ぶキャサドラにうんうんと頷く。


「だから、聞いてみてもらえる?」

「もちろん!早速…と言いたいところだが、今は団長と落ち合うのは危険だ…また頃を見て聞いてみる」

「お願い」

「ああ、解ったらすぐに知らせに来るよ」

「ええ、そうしてもらえると助かる」


 オズワルドで解らなければ、リオに探りに行かせる時間がいる。

 誕生祭までには絵画の場所を把握しておきたい。


「解った、それじゃ、余り長居をしてはまた面倒になるから行くよ」


 リディアがそれに応えるように頷くと、キャサドラが改めて礼を言い去っていった。


「さて、これで場所が解るといいんだけど」

「‥‥そうですね」


 イザークが歯切れ悪く答える。


「どうしたの?」

「何がでございますか?」

「何だかあまり乗り気でないような」

「そんな事はございません、リディア様が望む事を叶えるのが執事の役目にございます」


 にっこりと何事も無いように笑う。

 その笑顔が嘘くさい。


「言いたい事があるならハッキリ言って」

「‥‥」

「ね?」


 イザークをじっと見る。

 すると先に目線を外したのはイザークだった。


「‥‥リディア様らしくないと思いまして」

「え?」

「今回の場合、キャサドラ様に聞けばいい話です、普段ならば間違いなくリディア様ならそうしたでしょう、貴方は自身の身を滅ぼすような危険には近寄りません…なら何故、あの時行動に移したのです?」

「うっ‥‥」

「考え至る前に行動に起こしてしまった…違いますか?」

「それは…」

「後で悶絶するほどです、‥‥無意識に身体が動いた…」

「そ、そうよ、咄嗟に動いちゃったの!私も自分にびっくりよ」

「そうですか…」

「まだ何か言いたそうね?」

「‥‥私がオズワルド様の立場だったら、貴方は同じようにして下さるのかな…と」

「それはそうなってみないと解らないわ、だって無意識だもの」

「…そうですね、無意識…ですからね、執事としてあるまじき発言でした、今の言葉は忘れてください」

「え、ええ」

「それでは、私はまだ用事が残っておりますので、リディア様はおくつろぎください」


(イザーク?)


 去る背を見る。

 そんなイザークの背を見る瞳がキラッと光る。


(こ、これはもしや…嫉妬?!はぁあぁあっおいしい!!ごちそうさまっス!!)


 相変わらずの下衆思考を発揮するリディアがそこにいた。








 生卵でドロドロになりべとついた体で腕を背に括られたまま闘志を燃やすレティシアを目の端で見る。


「見てなさい…、聖女の座は絶対譲らないわ」


 手にした扇子を握りしめる。


「あの軍師、…どう動くかしら?…いえ、まだ今は動かないわね」

「今の所、動きは見えておりません」

「そう、問題は次の試験ね、そこからが勝負だわ」

「はい」

「先の試験の情報を探らせなさい」

「畏まりました」

「貴方達もここまででいいわ、私は少しお母様の所へ顔を出してくるわ」

「はい」


 レティシアとデルフィーノが城内にあるアナベル王妃領へと去っていく。

 それを見送ると、気配を殺してその場を離れた。


 誰もいないだろう場所で、スルッと自分の縄を解きプラカードを燃やすとべとついた体を水魔法を使い全身を洗う。

 綺麗になったところで風と火魔法を使って一気に乾かす。


「ふぅ~」


 スッキリしたところで頭を撫でる。


(さて、しばらくは大丈夫だな…)


 リディアへの対抗意識で燃えまくっているレティシアは、これからの事をアナベルに相談に行ったのだろう。

 意識がリディアに集中しているお陰で、いつもなら離れている時でも、あれこれ雑務を押し付けられたりしたが、それすらすっかり忘れてしまっているようだ。


「やっと動けそうだ…」


 リディアのお陰でレティシアの中から自分の存在がかなり薄まった。

 この機会をずっと待っていた。

 はじめ警戒していても、抵抗しない何でも言う通りに思い通りに動く弱い相手に対して人は隙が生まれてくるものだ。そんな中、新たな刺激が現れればそちらに意識がいき警戒が一気に薄まる。そうすれば興味を失くした相手の存在など人は忘れてしまうものだ。

 そのため全く抵抗せずこの時が来るのをじっと待っていた。

 あの日、レティシアの元に行く前にジークヴァルト殿下が自分に告げた。


――― 今は耐えろ、いずれ動ける時がくる、その時が来たら我らが勝つために動け


 と。レティシアも聡く動くことが出来なかったが、やっとこれでジークヴァルト殿下の命令を実行できそうだと一つ伸びをする。

 

(このままあの女に執着してくれればいいが…、しかし…、何が目的なんだ…?)


 脳裏にリディアの顔が浮かぶ。

 自分を危険にさらして公の場でキスまでしてみせた。


(あのキスは次に俺がターゲットになったとみて間違いないだろう)


 あの殿下や軍師を次々篭絡し、落としていった女だ。

 お得意の大胆行動で俺を落としに掛かっている。

 あの場で『助けてあげる』と言われ、あの美貌で迫られ口付けられたら男なら誰でもドキッとするし、普通なら誰しも惚れるだろう。


(殿下に軍師、魔物執事に、あの弟…、キャサドラも気に入っていたな…、そして次のターゲットが俺…)


「すべてはジーク派か…」


 弟は元から一緒に居たからリディアの仲間だろう、あとの残りは皆ジーク派。

 やはり彼女は内からの混乱や崩壊を狙っている可能性が高い。

 あのレティシアがリディアの挑発に完全に乗っている。

 自分がジーク派を操り、アナベル派とジーク派を争わせたいのだろう。

 

(狙うは共倒れか?…いや、まだ答えを出すのは早い)


 脳裏にまたリディアの口付けの瞬間を思い出す。




―――― あと少し待って、教えて欲しい事があるの




(あと少しとは、何を指すのか‥‥)


 レティシアとの掛け合いを考えると『聖女試験』の事を指すのだろうか?

 次の聖女試験で何か仕掛けるとか?


(教えて欲しい事とは何だ?)


 俺から何の情報を得たいのか?

 疑問だらけに口元に手を当て考えに耽る。


「っ」


 ほんの微かな気配に思考を止める。


(この気配…)


「どうした?」


 キャサドラがスッと姿を現す。


「ラッキー、こんなに早く接触できるなんて」


 嬉しそうにキャサドラが歩み寄ってくる。


「ちょっと団長に聞きたいことがあって」

「!‥‥それはリディア嬢の問いか?」

「流石団長、はい、リディアに頼まれてきました」


 早くも疑問の一つが解決できそうだとキャサドラを見る。


「団長、アナベル領で大きな絵画がある場所ってご存じですか?」

「大きな絵画?一体どうしてそんな事を聞く?」

「それが!」


 キャサドラがキラキラと目を輝かせる。


「?」

「それが解れば『証拠』が見つかるかもしれない!」

「!…なぜそんな事が解る?」


 これだけ探しても見つからなかった証拠の場所を知っているというのか?


「はい!リディアは幾度か予知をし、全てその予知は当たってました!という事は、証拠が見つかる可能性が高い」

「‥‥すべてだと?」


 幾度か予知し全てを当てた。

 そんな事が可能なはずがない。


(怪しい…)


 それは予知ではなく『知っていた』のではないのか?

 もしくはそうなるよう仕向けた?


「はい、それで何か心当たりがありませんか?」

「‥‥」


 記憶を探ればすぐに思いついた。

 アナベルの部屋にレティシアに連れられ何度か行ったことがある。

 そのアナベルの部屋の寝室からちらりと見えた大きな絵画。

 きっとそれの事だろう。

 あれほど大きい絵画は、城内でもそうはない。


(さて、どうしたものか…)


 答えるべきか、答えないべきか。


(100%当たる予知か…)


 だとしたら、証拠は確実に見つかるのだろう。

 このまま喋らなければ見つからないまま終わる可能性がある。

 もうすぐ聖女試験も終わる、今の状況を見るとレティシアになる可能性が高い。

 ジーク派の立ち位置は完全に不利になるため、そろそろ何かしら策を打っておきたい思っていた所だが、『証拠』が解れば全て楽に解決できる。


(ここは教える方が得策か…)


 問題はリディアの目論見だ。

 だが証拠が見つかれば、確実にジーク派の有利になる。

 上手くいけばそのまま勝利へと導けるほどのモノだ。


(目論見は解らないが、このチャンスを逃すのは流石に惜しい…)


 目論見…。

 あの女は聡い。

 人の心の動きを心得ている。


だとしたら、


―――― 動くならチャンスを与えた隙だ


(ならばどちらにしろ乗る方がいい)


「アナベルの寝室に大きな絵画があった」

「おお!これで証拠が見つかれば、ハーゼルゼット様も解放されますね!!」

「‥‥ああ」


 キャサドラが嬉しそうに声を上げる。

 彼女は知らない。牢獄から父を解放するだけでは意味がない事を。

 アナベルは父の強さを知っていて強い警戒心を抱いている。

 そのために両目を奪い殿下が生かすために入れた牢獄を今も厳重に警備させ、更には母を殺さない代わりに監視権を奪い監視下に置き、俺を娘の下僕にした。

 皆は母は爵位を略奪された後、残りの二人の息子達と共にどこか遠い地に追いやられ住んでいると思っているが、その母を攫い監視下に置いているとは知られていない。それを漏らせば母を殺すと殿下を脅したのだ。

 皆は父さえ助ければ何とかなると思っている。

 実際は出てきても地獄が待っている。父が解放と同時にアナベルは母を殺すだろう。

 父の心を折るためだ。アナベルは父を復活させない事に執着を持っている。父もその事は解っている。どう転んでもいい結果は得られない。

 俺も当に諦めた。そちらに集中してしまえばジーク派勝利への足枷になる。

 父も俺も目的は「ジーク派勝利」。

 だから、牢獄の父のことは、正直、どうでもよかった。

 父は、王宮騎士団長を務めた男で騎士道しか頭のない男。

 すでに覚悟は決まっているだろう男を心配するだけ無駄だ。

 それにそもそも両目を失って表に出て来たとて、騎士としての役目ももう果たせない。

 そんな父は殿下が生かすと決めたから牢獄で生きているだけだ。

 母もまた騎士の妻らしい女だ、のほほんとしたところはあるが心配するような女ではない。覚悟を決めているだろう。

 もしかしたら知らされていないだけで、騎士の妻として足手まといにならないようにとっくの昔に自害したということも十分にあり得る。

 だから家族や権威など興味はない。

 今の目的は国を安定させるためにジーク派を勝たせ派閥抗争を失くすこと。それ一点のみ。

 とはいえキャサドラや皆が心配してくれるその行為はこちらに好都合。

 アナベル派は自分が俺を抑制出来ていると見えるだろうから。

 優越感に浸ってくれている方が色々と便利だ。

 優越感に浸る程、人は隙ができる。

 

「すぐにリディアに知らせてきます、ではまた!」


 足取り軽くキャサドラが姿を消す。


「さて…」


(どう動く?)


 証拠が100%見つかるだろう。

 今は利害一致だから協力してやる。

 後は時期だ。あの女、絶対に動く。

 

(逃さん)


 動きを見せた時、その時は必ず…



―――― 殺す







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