第89話

「この生活も慣れたわね~」


 ジークヴァルトは政務に追われリディアが寝ている間にいつの間にか隣で寝ていて、また寝入っている間に去っていく。

 なので、寝間を共にしているという感覚がない。

 それもあり、自分の部屋の様にしっかり寛ぐリディアだった。


(正直、何かあっても良かったんだけど…)


 乙女ゲームのドキドキイベントも堪能できるかもしれないとちょっと期待していた。

 相変わらずゲス思考まっしぐらのリディアだ。

 そんなリディアは既にジークヴァルトの熱い抱擁やキスをされていたわけだが、意識が無かったので本人は全く知らない。てことで、ゲスな上に残念な人というのが加わった。


 いつものように束の間訪れるイザークの淹れてくれたお茶を楽しむ。


「やっぱりイザークのお茶は落ち着くわね」

「それは何よりです」


 そんな和むリディアに手作りのお菓子を差し出すイザーク。


「それはそうと、ドレスの準備をそろそろしなくてはなりません、どういったドレスがいいかご要望はございますか?」

「ドレスの準備って?」

「アナベル様の誕生祭がもうすぐ催されます、聖女候補生も全員参加することになっております」

「あ…」


 そう言えばそんな事、前に授業終了間際にオーレリーが話していたことを思い出す。


「ドレスねぇ~…別に何でもいいわ、適当に用意しておいて」

「本当によろしいのですか?」

「ええ」


 どんなドレスがいいかなんかさっぱり解らない。

 イザークなら誕生祭に相応しいドレスを準備してくれるだろう。

 という事で綺麗さっぱりイザークに丸投げする。


(しかしパーティーとは定番イベントよね‥‥)


 パーティと言えばイベントの定番だ。

 そしてパーティイベントは終盤重要イベントやボーナスイベントとして使われることも多い。


(今回の場合終盤イベントかしら…でも待って…)


 攻略キャライベント以外に、ストーリー上の共通イベントという場合もある。

 そしてそれが重要であった場合、そのイベントを成功させることで大団円が成立するというパターンも。


(もしや、このパーティイベントも…?)


 もし、これがそのストーリーイベントだとしたら、これを成功させないと大団円が失敗する可能性があるかもしれない。

 そう思うと不安になり、必死に何か覚えてないかと頭を巡らす。


「では、僭越ながらこちらで私見にて選ばさせて頂きます」


 必死に思い出している横でイザークがお茶のおかわりを淹れる。


「そう言えば、今回の誕生祭でアナベル様の肖像画をお披露目するとか、今話題の絵師に特注しているそうです」

「!」


 その言葉にハッと思い出す。

 大きな絵画の裏に隠された隠れ扉というのが何かあった気がすると。

 そしてそこに証拠の品が隠されていたという感じの話があったはずと。


(何の証拠かしら?そもそもこの乙女ゲームの話かしら??)


 すっかり忘れてしまっている内容。

 もしかしたらこの乙女ゲームは最後のストーリイベントとかなくて攻略キャラのフラグを立てず一定の好感度さえ貰えれば大団円を迎えられる奴だったかもしれない。

 だとしたら着飾った主人公と攻略キャラのウハウハイベントなだけかもしれない。


「どうかされましたか?」

「ううん、何でもないわ…」


(どちらにせよ、このアナベルの肖像画は違うわね…)


 パーティー中に証拠を見つけ出すという話だった気がする。

 となると、パーティ中に紹介する肖像画ではない。

 それに、肖像画でなかったように思うのだ。

 というのも大きい絵画と言ったら王とか姫とかの肖像画パターンはよくあるけど、その時そうではなくて「なんだ違ったんだ」と思ったような曖昧な記憶がある。


(もう少し、何かヒントが欲しいわね…)


 敵はあのアナベルだ。

 リオに探りを頼んでもいいが、リオなら大丈夫だとは思うもののもしも捕まったり何か事が起こっては大変だ。

 逃亡にはリオが必須なのだから。

 となると、もう少しヒントが見つかってからがいい。

 そこでドアのノックに思考を止めた。


「見て参ります」


 イザークがドアに向かう。

 するとそこから医師が顔を覗かせた。


「これはお茶の時間でしたか、診察してもよろしいかな?」

「ええ、どうぞ」


 いつもの見事な魔法であっという間にお茶セットを片付けるイザーク。

 そして医師がリディアの診療を始めた。


「もう、何も問題はなさそうです」

「そうですか、よかった…」


 リディアよりイザークの方がホッとした表情を浮かべる。


「では、もう自室に戻っても?」

「ええ、大丈夫でしょう」

「戻っていいの?」

「はい、サディアス様に医師の許可が下りれば自室に戻るよう言われております」

「そう」


 寝心地最高だった高級ベットともお別れかと、ベットに手をつく。

 医師が帰ると、自室へ戻る準備のためネグリジェから普段着へと着替えた。









 イザークに自室へ戻る準備を手伝ってもらって整えると、ジークヴァルトの部屋を後にした。

 自室に向かおうと歩いている途中、何やら広間が騒がしく人が集まっていた。


「?」

「一体何の騒ぎでしょうか?」


 イザークも警戒しながら広間の方を見る。

 その人だかりを横目に通り過ぎようと近づくにつれ、見知った顔を見つけた。


「キャサドラ?」


 キャサドラが険しい顔つきで拳を握りしめていた。

 よく見ると外巻きに同じように堪える様に歯を食いしばり見る兵達がちらほらと居た。


(一体どうしたというの?)


 不思議に思いキャサドラに聞こうと近づく。

 キャサドラの隣に立ち見える人だかりの隙間から覗き見て、ああ…と納得する。

 そこには城の中の公の場でレティシアによりオズワルドが辱めを受けていた。

 キャサドラがリディアに気づき振り返る。


「これはリディア嬢」

「‥‥今回はなかなかに」


 いつもよりも遥かに酷く目に余る辱めに、流石のリディアも眉間に皺が寄る。


(萌えどころではないわね、流石にこれは…)


 『私の一家は犯罪者』と書かれたプラカードを首に下げ、酷い辱めを無表情のまま淡々と受け止めるオズワルド。

 ここは城の中の広間だ。

 施設の中ではない。

 集まる顔ぶれは城の者だけではなく貴族から教団関係者など様々な人が通る場所。

 そんな場で辱められるオズワルドを馬鹿にし嘲笑する人々の外側で、先ほども見たジーク派の者達が何も出来ず悔しさに体を震わせていた。


「ロレシオ様を取り逃がした事への八つ当たりとジーク派に対しての見せしめよ」

「見せしめ…」

「ああ、聖女になっていずれジーク派全てに対してこうしてやると…」

「なるほど」


 もうすぐ聖女試験が終わる。

 その時を見ていなさいと言う様に、レティシアが高笑いを広間に響き渡らせた。


「くそっ‥‥、証拠さえ見つかれば…」

「証拠?」


 悔しそうに漏らしたキャサドラに振り返る。


「ジーク殿下の母、元王妃が反逆などあり得ない、そんな事出来るような方ではなかった…、その証拠が見つかれば、ハーゼルゼット様の疑いは晴れる、そして団長も解放される…」

「!」


 ハッとする。


(もしかして絵画の裏に隠された証拠とはこれ?!)


「くっ…」


 ギリリッと歯を食いしばる音を鳴らすキャサドラ。


(ジーク母の無罪証明…、十分に共通イベントに匹敵する内容だわ…)


 初めからストーリーはアナベル派ジーク派と派閥抗争が起こっていた。

 この派閥抗争がストーリーのメインだとしたら、ジーク母の無罪証明でジーク派が窮地を脱することが共通最終イベントとして凄く最適だ。


(無実証明して大団円…って凄くありそう…)


 だとしたら最終共通イベントがあると考えていいかもしれない。

 それにストーリーの大きな要素解決になるという事は、重要イベントの可能性も高い。

 となると、これは何としてでも解決しておきたいイベントだ。

 これを解決するには問題は証拠が隠されたヒントとなる『絵画』が何処にあるか、だ。


(アナベルの周辺が怪しいかしら…?)

 

 公の場の絵の裏とか危なっかしい所に隠しているとは思えない、誰もが訪れられるような場所には隠してはいないだろう。

 警戒心の強いアナベルの事だ、出来る限り自分の目の届く範囲に隠している可能性が高い。

 不意に見物していた人々がドッと沸く。

 何が起こったのかとまた目線を向けると、見物人達までもがオズワルドを標的にレティシアが用意した卵を手に取り投げつけていた。


(そうだわ、オズワルドなら…)


 レティシアの下僕としてずっと一緒に居たなら、アナベルの所にも行ったことがあるはず。

 ならアナベルの周辺で大きな絵画を見たことがあるかもしれない。


(時期的にも、もう問題はないわね…)


 オズワルドの問題は既に解決済みだ。

 このまま放っておいても問題ないということからそのままにしていた。

 それにオズワルドを今まで助けなかったのはオズワルドを助ける時期が早いと色々と他キャラの攻略に不都合が出てくるためだ。

 大団円は全てのキャラを平等にフラグを立てずに好感度を上げなければいけない。

 そのためにフラグ立てずに問題解決する上で、先にオズワルドを助けてしまうと問題が浮上しないまま終わってしまう可能性があったのだ。

 オズワルドは他のキャラ攻略後に解禁され攻略できるキャラだった。

 その他のキャラが誰なのかも忘れたし、複数人いたか全員攻略後だったかも忘れた。なので下手にオズワルドには触れなかったのだ。

 だから助けなかった。

 でも今はもう全てのキャラの攻略済みだ。

 という事は助けて問題はない。

 アナベルの所の絵画情報を安全な方法で聞き出すにはオズワルドを使うのが一番良い。


(助けて聞き出そうか…それとも…)


 わざわざ助けに出なくてもキャサドラに後でオズワルドに聞いてもらうって手もある。


(その方がいいかしら?下手に面倒に巻き込まれて逃亡に差し障りがあっても嫌だしなぁ~)


 ドロドロの見窄らしい姿となったオズワルドを見る。


「あら、あなたのせいで私の靴も汚れてしまったわ」


 不意にわざとらしくレティシアが声を上げる。


「ああ、でも手も括られて使えないわね、仕方ありませんわ、舐めとりなさい」


(これは!)


 以前、リディアがイザークのしつけとして見せたのと同じように、レティシアが自分の卵で汚れた靴をオズの前に出す。


(あーもうそうじゃない!差し出さなくてもいいのよここは!それに雰囲気がちがーう!)


 そこを突っ込むのかいという声はさて置きリディアの目が見開く。

 周りの嘲笑う目が注目する中オズワルドがレティシアの前に膝まづく。

 そしてレティシアの靴に顔を近づけようとした瞬間だった。

 リディアは駆け抜けていた。


「! リディア?!」


 レティシアが驚き振り返るのと同時に、膝まづき靴を舐めようとするオズワルドの動きを止める様に顎に手を掛ける。

 突然のリディアの登場に場がどよめく。

 その場に居た者全員が注目する中、オズワルドを見つめ下ろす。





「助けてあげる」





「!」

 

 リディアの言葉に皆が驚き目を見張る。

 オズワルドは一瞬瞠目するも、睨み見る。


「なぜ?」


(え…なぜって?)


 思わず飛び出し何の心の準備もしていなかったリディアの頭が真っ白になる。


(何も考えてなかった!ああっっ、どうしようっっ、何か、何か答えなければ!)




「好きだから」




(しまったっっ!変なこと言っちゃった!何言っちゃってんだ自分?!)



「信じられない」



 そりゃそうだ。

 いきなり助ける、って言われて、好きだと言われて、信じられるわけがない。

 そんな簡単な事、考えりゃすぐに解る事なのに咄嗟に口から出てしまった。


(何やらかしちゃってんだ私は!ああ、どうすればっっ)


 皆がざわめく。

 レティシアが口を開こうと動きを見せる。


(マズい!)


 このままで終わるわけにはいかない。


(信じさせるには――――っ)




「っ―――」




 オズワルドは一瞬何が起こったのか解らなかった。

 目の前の美しい女の顔が近づいたと思ったら口付けされていた。


(これもこの女の策略か?!一体どんな意図があって―――)


 動揺するオズワルドの耳に皆の囁き声が届く。


「嘘でしょ…、こんな者と…」

「うへっ…あんなドロドロで汚いのに…気持ち悪っ」

「聖女候補だろう?そんな立場の者が下僕に…」

「彼女も貴族なのでしょう?こんな事をしては地位も名誉も失ってしまうというのに…」

「愚かなことを」


 外野の言葉で、ハッとする。

 この場でキスするという事はリディア自身の身の破滅に繋がるということだ。

 頭のいいこの女がそうなる事を理解していないはずはないと思うとオズワルドの思考が困惑する。


(なぜ?そうまでして?)


 リディアは自分の唇を離すと、そっとオズワルドに耳打ちした。


「あと少し待って、教えて欲しい事があるの」

「!」


 それだけ言うと、リディアが離れる。


「お楽しみの所、お邪魔したわ」

「待ちなさい」


 そのまま去ろうとするリディアをレティシアが呼び止める。


「それは宣戦布告と捉えてよろしくて?」


 激しく睨み見るレティシア。


(ああ‥聖女の事を言っているのね、…ちょっと違うけど)


 今までサボってたけれど本気を出し聖女を狙いに行くとレティシアは捉えたのだろう。

 リディアにとっては聖女はどうでもいい事だ。

 むしろなりたくなくて逃げようとしている。


(でもそうね…)


「ええ」


 リディアが不敵の笑みを浮かべ答える。


(聖女でなく、アナベル派への宣戦布告だけどね)


 もう一度レティシアに背を向ける。

 歩き出そうと思う目の前にアナベル派の外野が立ちはだかる。


「どけ!」


 ドスを効かし声を上げる。

 リディアの迫力に、モーセの十戒のようにサーッと皆が避ける。


「イザーク」


 スッとイザークがリディアの隣に駆け寄るとリディアの手を取る。

 その紅い眼とリディアの異様な迫力に皆静まり返り、悠々と歩く様をただ見つめる。

 アナベル派に見せつける様にゆっくりと歩く。

 だが内心リディアは焦りを感じていた。


(うぉおおっっ、必ず証拠を手に入れなくちゃマズい事になるっ)








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こんにちは。蒼羽咲です。

なんとか復活しました!


仕事が最近忙しく、小説もまた色々構想に頭を使い、ほぼ寝る間がなかったためか、医者曰く過労とういう診断でした^^;


ちょっとこのペースは今の状況キツイので、水・土曜日と週二回にしていましたが、土曜日更新、不定期更新水曜日(余裕がある時)、という感じにしようと思います。


これからも引き続き楽しんで頂けたら嬉しいです。

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

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