第65話

「あ、殿下!サディアス様!」


 施設を出たところでジークヴァルトとサディアスが談話しているのを見つけフェリシーが駆けていく。


「おや、これはレティシア様にフェリシー嬢」


 フェリシーの後をレティシアも歩み寄る。


「珍しいですわね、こんな所で…」

「あなたもフェリシー嬢とご一緒なんて珍しいですね」

「サディアス様、最近はいつも一緒なの、初めは色々あったけれど話してみれば全て誤解だったんだなって解って、今とても仲良しなんですよ」

「そうですか」


 にこにこ笑うフェリシーに微笑み返す。


「しかし見違えたな、どこぞの高貴なご令嬢かと思ったぞ?」

「殿下っ」


 カーッと顔が赤らむフェリシー。


「フェリシーは私のライバルですもの当然よ、私と同じく皆が期待して沢山の貢物が届いているのよねぇ」

「有望な聖女候補二人は城でも話題になっていますよ、よきライバルとなられて素晴らしいですね」

「はい!私はレティシアに恥じないようにライバルとして頑張ります!」

「よい意気込みだな」

「はい、国民の期待に応えられるように、殿下やレティシアにも認められるように誰にも恥じない聖女になりたいですから」

「ふふ、流石私のライバルだわぁ、私も恥じないように頑張らなくてはね」

「ええ、お互いがんばりましょう!」


 フェリシーとレティシアがお互いを見て笑い合う。


「さて、私はそろそろ」

「もう行っちゃうの?」

「ええ、フェリシーはここで大好きな殿下とお話しなさっているとよろしいわ」

「レ、レティシア!」


 赤らめた頬に手を当てるフェリシー。

 そこにオズワルドがやってくる。


「オズワルド様!あの、レティシア」

「大丈夫よ、フェリシー、ちゃんとオズワルドをいじめない約束は守るわ」

「ありがとう!良かったですね!オズワルド様」


 表情を変えないオズワルドに、ニッコリとほほ笑みかける。


「まぁ、フェリシーったらそんなにはしゃいで…」

「だって嬉しいですもの!」

「相変わらずお優しいですね、フェリシー嬢は」

「ああ、そうそう、これへ」

「はい」


 執事デルフィーノが手にしていた布を捲りサディアスに向けて差し出す。


「こちら頂き物なのだけれど、甘ったるいのは苦手ですの、よろしければ差し上げますわ」

「まぁ!これは美味しそうなクルル芋!まだ湯気が立ってる!喜んでいただきますわ」

「ふふ、先ほど蒸しあがったものですわ、どうぞ三人で召し上がって」


 サディアスが絶やさない笑みのまま無言で受け取る。


「それでは、ごきげんよう」

「ああ」

「ごきげんよう、レティシア様」

「またね!レティシア」


 そのままレティシアが去っていく。


「早速頂きましょうよ、殿下、サディアス様!」

「…そうだな、お前は―――」

「私がお茶の準備を致しましょう」


 ジークヴァルトがちらりと見たサディアスは笑みを絶やさずに答えると、近くの臣下に指示を出した。


「せっかくですし、この先の庭でお茶しませんか?」

「それは名案ですね」

「では行きましょう!」


 フェリシーが喜び殿下の手を引っ張る。


「さ、早く、お芋が冷めないうちに頂きましょう」

「そんなに慌てると転ぶぞ?」

「わっっ」


 こけ掛けたフェリシーをジークヴァルトが抱き留める。


「ほらみろ」

「す、すみません…つい嬉しくて」


 ジークヴァルトの腕の中で頬を染めるフェリシー。

 それを笑みを崩さず見守るサディアス。

 起こされたフェリシーは今度は頬染め静々と歩く。

 そんな通路の先でリディアとイザークにバッタリ出会いお互い一瞬立ち止まる。


「リディア…」


 リディアがまた何事もなく歩き出す。その横をイザークが付き添う。

 そしてジークヴァルトの横を通り過ぎるところで軽く頭を下げ通り過ぎようとする。


「なかなかに、似合っているな」

「‥‥お褒め頂き光栄です」


 頭に刺さる美しい簪。

 フェリシーの目がスッと細まる。が、すぐに目をまたまん丸く見開いた。


「ね、リディア、レティシア様にお芋を頂いたの、リディアも一緒にどう?」

「遠慮いたしますわ」

「そう…」

「では失礼致します」


 リディアが横を通り過ぎる。


「殿下!お芋が冷めてしまいますわ!さ、急ぎましょう」

「‥‥」


 去って行くリディアの後ろ姿を見つめるジークヴァルトにフェリシーの胸が少し軋む。

 

「さ、早く早く!」


 リディアからジークヴァルトを引き離したくて思わず急かす。


「おい、また扱けるぞ?」

「大丈夫ですわ!さ、早く」


 そう言って殿下の手をまた引っ張る。


「そう引っ張るな」

「だって早く殿下と一緒に食べたく…て―――――」


 満面の笑みでフェリシーが殿下に振り返った時だった。

 自分が見る殿下の背後に剣を振り上げる黒い影が映り目を見開く。


「きゃぁあああっっっ」


 フェリシーが叫ぶ。

 その悲鳴にリディアとイザークが振り返り瞠目する。

 次の瞬間、血しぶきが飛び散る。

 その飛び散った血がフェリシーの頬に掛かる。


「全く、違う刺客のお出ましですか」


 落としたカゴから飛び出ていた空中に浮かんだ芋を掌にすとんと上手に受け止める。


「このっ」

「貴方達ではないのですよ、ですがまぁ、うっぷん晴らしには丁度いいですね」


 手にしていた芋を握りつぶすと剣を振り上げる。


「うぐっっ」


 突っ伏す男の背を突き刺す。


「ひっ」


 フェリシーが真っ青になりその様を呆然と見開き見る。


「くそっっ」


 新たに背後から剣を手に飛びかかる男が現れる。


「私は今とても気分が悪いのですよ」


 襲い掛かる敵にサディアスがまた剣を振り上げる。


「はぁ、今のサディにとは間の悪い…」


 イザークがリディアの目を塞ごうとしてそれをリディアに止められる。


(これはっ…血しぶきぶわっなドS軍師の残虐シーン!美し過ぎる!絵師最高!!)


 興奮して最低思考最大限発揮中のリディアが魅入る。

 サディアスの足元に落ちた芋が男達の大きな足で踏みつぶされる。


「きゃぁあああぁあああっっっ」


 フェリシーがさらに悲鳴を上げる。

 また派手に血しぶきが飛び散る。


「この…」

「敵は二人ですか、これでは鬱憤が晴らせませんね」

「ぐぁっっあっ」

「や、止めてくれっっ ぐあっこ、殺してくれっっ」


 ぐっちゃぐっちゃと音を立て転がる敵に剣を刺す。


「い、いやぁぁっっひ、酷い‥酷すぎる‥‥!や、止めてっっ!!」


 ガチガチと歯を鳴らしあまりの残虐にフェリシーが悲鳴のような声を上げる。


「何を言っているのです?これは見せしめですよ?派手にやらなくてどうするのです」

「やめっ――ぐっぁぅっ」

「はっはっ、どうです?死にたくても死ねない苦しみは?」


 サディアスが恍惚とした歪んだ笑みで見下ろす。


「も、やめ、やめ…くれっっ‥‥ぅ…‥‥・」

「ああ、ダメです、そのまま意識を失っては…その前に」


 まだ生きている男の頭を持つとその首に剣を掛ける。


「いやぁぁあぁぁあああっっ」

「フェリシー様!」


 その惨殺にフェリシーが意識を失う。


「そこに居ては汚れるぞ、さっさと連れていけ」

「は、はいっっ」


 ジークヴァルトの言葉に執事ユーグがフェリシーを大事に抱え走り去る。

 それを見届ける後ろで狂ったようにもう一体の死に絶えかけた男をぐっちゃぐっちゃと音を立て剣を何度も何度も突き刺す。


「はぁ、物足りませんね、これでは」

「こ、殺してくれっっうっぐっ」

「嫌ですよ、それじゃ面白くないでしょう、さぁもっと苦しみ歪む姿を私に見せなさい」

「うぐっはっ…」

「もっともっと…美しく飛び散る血を見せなさい!それぐらいしか私を楽しめられないでしょう?あなたは」

「ぐぁ…やめ…くれ…おねが‥‥」

「聞こえませんねぇ、ふっふっふ、さぁもっと血を流しなさい」


 ぐっちゃぐっちゃと身を刺す音と共にどんどんとサディアスの周りに血の海が出来る。


「おい、もうその辺にしておけ」


 やれやれと言う様にジークヴァルトが声を掛ける。


「ぐっあっ…ぅ…‥‥」

「あ~あ、止めを刺す前に出血多量で死んでしまいましたね、面白くない……ん?」


 つまらなそうに剣を止める。

 そこでこちらを見つめるリディアに気づく。


「おや、まだいらしたのですか」

「!」


 イザークとスッと現れたリオがリディアの前で身構える。


「この状況で顔色変えずとは‥‥」


 サディアスの手が伸びる。


「っ」


 瞬間イザークとリオが動く。


「待ちなさい」

「!」


 リディアの制止にどうしてというように振り返る二人の間をツカツカと自ら歩きサディアスに近づく。

 そして目の前に立つ。


「こんな私が怖くはないのですか?」

「綺麗だわ」

「!」


 皆がぎょっとしてリディアを見る。

 その目がうっとりとサディアスを見ていた。

 覚えておいでだろうか?リディアはオールマイティだ。

 残虐シーンも大好物だ。


(この絵で血塗れのドS軍師ヤバすぎだわ‥‥)


 久しぶりのゲスオタク脳を爆裂させていた。


「はぁ…今のドS軍師なら抱かれてもいいわ…」

「「「!」」」


 思わず煩悩に染まりきり心の声が駄々洩れになったリディアを皆が驚き見る。


「今の私に‥‥?ふ…ふふっっ」

「リディア様!」


 サディアスの水魔法がリディアを引き寄せ腕に抱き込む。

 リディアの服が血に塗れる。


「ああ聖女候補の服が血まみれになってしまいましたね、…これではまるで聖女でなく悪魔」


 血塗れの細く長い指先がリディアの唇に触れる。

 唇が血で紅を注す。


「あなたは私たちにとって天使か悪魔、どちらです?」

「悪魔だったら?」


 リディアがまっすぐにサディアスを見つめる。


「案外…、気に入っているのですよ、あなたを」

「知ってたわ」

「ふふ、‥‥そうですね、あなたが悪魔ならば」


 ツーっとリディアの首元から胸元へと指を伝わす。


「この美しい胸に我が名を焼き印し、奴隷として死ぬまで凌辱しつくしてあげましょう」


 耳元に顔を近づける。


「一生飼って差し上げますよ」


 首元に付いた血をペロリと舐めとる。


「っ」


 ぴくっとしたリディアを抱き上げ胸に唇を近づけた刹那―――――

 二人の下に広がる血の海が黒く蠢き上がる。


「!」


――――― 黒魔法?!


「馬鹿っ解け!!」


 こんな所をまた誰かに見られてはマズいとジークヴァルトがイザークに向かって叫ぶ。


『リディアサマヲ、ハナセ』


 イザークの紅い瞳が揺ら揺らと蠢く。


「イザーク!やめなさい!」

『ハナセ』


 リディアの言葉も届かずその蠢く黒い血がサディアスに向かう。


「チッ こんのぉっっ馬鹿者が!!」


 ジークヴァルトの剣がその蠢く黒い血をぶっ刺す。




「静まれ!!」




 王者の覇気がブワッと広がる。

 次の瞬間黒魔法が解ける。


「イザーク!」


 イザークの紅い瞳が落ち着く。

 その瞳が心配するようにリディアを見る。


「リディア様…」

「大丈夫だから、私は」


 我に返ったイザークを落ち着かすように穏やかな口調で諫める。


「ふふ、これが黒魔法ですか…羨ましい」

「?」


 振り返るとサディアスは自分の血に染まった手のひらを見る。


「いっそ私も黒であれば…、その方が私には似合いでしたでしょうに」


 手の平から水が溢れ血を流れ落としていく。


「私はどうして水なのでしょう」

「そんなの、美人だからに決まっているでしょう?」

「は?」


 キョトンとしてリディアを見る。


「水属性は美しい人ってのが定番に決まってるじゃない、ジークが水属性だったら気持ち悪いでしょ」

「俺が水?…確かに想像すると迫力がないというか気持ち悪いな…」


 ジークヴァルトが眉を顰める。


「あなたは…聡いのか短絡なのか…」


 はぁっと眉間に手を当て一つため息を付く。


「ですが…、そんな事はどうでもよい事ですね」


 サディアスがスッと目を細める。


「答えてください、あなたは何者ですか?」

「答えたところで信じないでしょ?」

「それは答えを聞くまでは解りません」

「いいえ、解るわ、あなたは私が何を答えようと疑うわ」

「そんなことは―――」

「あなたの主、ジークの事だって100%信じているのかしら?」

「!」


 リディアの言葉に目を見張る。


「それはどういう…?」

「あなたは人を信じられない、そうでしょ?」

「何を仰っているのです、私は忠誠を誓った身、それでもこの私がジーク様を裏切ると?」

「あなたなら解らないわね」

「少々、口の利き方にしつけが必要ですね」


 サディアスの手が動く。

 同時 ――― 首筋に刃が掛かる。


「っ」


 リオが無情の瞳でサディアスを見下ろす。


「はぁ~、降参だよ」


 リディアから手を離し両手上にあげるとひらひらさせる。


「リディア様!」


 イザークが駆け寄りリディアを抱き竦めサディアスから離した所でやっとリオの刃が首元から解かれた。


「まったく、冷や冷やさせるな」

「申し訳ございません、つい感情に走ってしまいました」

「リディア、お前もだ」


 ジークヴァルトがリディアを見る。


「‥‥、そうね、私も感情に走ってしまったかもしれないわ」


 その言葉に皆が怪訝にリディアを見る。


「あれでか?」


 煽ってるようには見えたが、ずっと冷静に受け答えしていたリディアが感情に突っ走った様には見えなかった。


「ええ、つい…」

「つい?」

「似てるから」

「え…?」


 そこで他の兵達が走り寄ってくる足音を聞く。


「お前たちは行け」


 ジークヴァルトの命令に頷くと、イザークがリディアを抱え廊下を走り去った。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る