第56話

「で、リディアが去った後も皆口をポカーンと開けて暫く呆然としていたわ、あーはっはっ傑作!」


 キャサドラがその様を思い出して腹を抱えて笑う。


「あーくそっ、やはり忍んで見に行っておくべきだったか‥」

「いけません、それに笑い事ではありません、事は少々厄介になったという事ですよ」


 サディアスの言葉にキャサドラも笑みが消える。


「フェリシー嬢にレティシアがついたとなれば、あの女の立場も危うくなるでしょう」

「問題はそこだな」

「ジーク様、そろそろお遊びも潮時では‥‥」

「ん?それはどういう意味だ」


 ジークヴァルトがサディアスを見る。


「今の状態では下手をすればあなたの立場も危うくなります」

「まぁね、魔物を聖女施設に入れ、それに誑かされたジーク殿下の連れて来た聖女というだけならまだマシだが、その魔物を使える聖女を連れて来たとなれば事は重大になるね、ディアの言う様に下手するとジーク殿下が反逆罪として罰せられる可能性もあるわ」

「‥‥」

「その通りです、アナベルなら即死罪として首を取りに来る可能性だってあります」


 サディアスの言う様に、アナベルならそうするであろう。

 国を裏切った母の息子であるジークヴァルトの立場は元々危うい。そんな立場であることを利用して周りを煽り即死罪に追いやるのは容易い。それを見過ごすなどあのアナベルではあり得ない。


「そろそろ魔物もあの女も適当に理由をつけて追放するべきです、そうすればジーク様の疑いも晴れるというもの」

「そうね、そうする方が懸命ね、いいお嬢ちゃんだったけどディアの言う通り潮時かもしれないわ」

「ダメだ、あいつは候補から外さない」

「?!」

「ジーク様!」


 心配する二人の忠告をあっさりと蹴るジークヴァルトを焦り見る。


「あなたのお立場をお考え下さい!」

「ああ、今回ばかりは分が悪すぎる、ジーク殿下」

「お前たち、勘違いしていないか?」

「?」


 ジークヴァルトの言葉に怪訝に眉を顰める。


「一体何を勘違いすると言うのです?」

「俺は戯れであいつを候補にしたわけじゃない」

「!」

「‥‥もしかして、まだあの女が本物かもしれないと言うのですか?」

「ああ」

「! リディアが本物?」


 キャサドラが目を見張る。


「いい加減にしてください、ジーク様、いいですか?あの女は5日も姿を晦ましました、この忙しい中総動員して内密に探しまくったのにも関わらず見つからなかった、となれば誰かと通じている可能性が高い、見たところアナベル派ではないようには思いますが、これが内輪でなく外だとしたら?」

「確かにその線も考えられるね、報告によるとミクトランが落ちたらしい、ナハルもテペヨも時間の問題だろう…、こりゃまた戦が始まるかもね、もう顧みるものもない状況だ、ここまで来たら力で抑え込むだけでは無理だろう」

「ええ、敵は内だけではありません」

「馬鹿馬鹿しい」

「ジーク様!」

「ジーク殿下、あんたのそういう所は好きだが、今回は少し頭を冷やした方がいい」

「全く、俺の言う事が信じられんか?」

「そういう事では!」


 サディアスがバンッと机を叩く。

 その隣でキャサドラが怪訝な表情でジークヴァルトを見る。


「リディアが…本物の聖女…という何か心辺りがあるのです?」

「ああ」

「証拠は?」

「それはもう少し待て」

「ジーク様、証拠がないのにあの女を聖女だと信じ込むのは危険です」


 サディアスが咎めるように睨みつける。


「まぁまぁ、そう睨むな、証拠はないが確信めいたものはある」

「?」

「お前も見たろ?あいつの魔法を」

「確かに、見た事のない魔法でした、白魔法の様で全く違う…」

「へぇ、そりゃ見てみたいな、そういやリディア嬢の魔法を使ったところを見たことないわね」

「それだ」

「?何がそれです?」

「あいつは魔法を使えない」

「!」

「俺達が見たあの魔法以外、あれは魔法が使えない」


 二人が目を見張る。


「お言葉ですが、魔力を持っているのに生活魔法も使えないなどあり得ません、施設よりの報告書にも魔法は可もなく不可もなくと報告が来ています、」

「大方あの魔物執事にこっそり手伝わせているのだろう」

「そんな事できるわけが」

「出来る、あの爆発事件以来、一人だけ前に立って魔法を使うという事をしていない」

「!?」

「警備兵から情報を得ているから確かだ、そうなればだ、あの魔物も魔物とはいえローズ家の執事だ、こっそり魔法を手伝うことぐらい造作もない事よ」

「まだ実際使っていないかどうかをこの目で確かめたわけではないのでしょう?執事が隣に立っていてもご自分で魔法を使っている可能性だってあります、それに‥‥そうだとしても、それだけが理由にはなりません、大体生活魔法が使えないからって聖女であるという理由には到底結びつきません」

「ああ、そうだな、だが魔法ではない力を持っている」

「魔法ではない力?」

「何だいそれは?勿体ぶらず教えておくれよ殿下」


 怪訝な顔をするサディアスとは対照的にキャサドラが興味津々に顔を上げる。


「あいつは本に触れるだけでその内容を全て自分の中に取り込めるらしい」

「!?」

「そんな馬鹿な…、何かの間違いでは?」


 ジークヴァルトがゆっくりと頭を横に振る。


「まだ読んでいないページの質問をしたら、全て見事に答えて見せたぞ?それにあいつは気づいてないが持ってくる本は多言語に渡る、あいつ『ポントニーの魔法書』まで読んでいた」

「そんな…あり得ません、『ポントニーの魔法書』と言えば‥古代文字が主で読めるものは殆どいないはずです…」

「だが、聖女なら…古代文字が読めたとしてもおかしくないだろう?」

「!」


 言葉を失くす二人。

 初代聖女はかなり古い時代に訪れ、神とも対話できたという。

 古代文字は遺跡に書かれてる文字だ、その遺跡は神が書いたという説がある。

 ということは初代聖女は古代文字を読めたとしてもおかしくはない。


「な?怪しいだろ?」


 ジークヴァルトの問いにサディアスが頭を横に振る。


「ジーク様は古代文字読めなかったはずですが?」

「ああ、読めないな」

「だったらその本を読んだという確証ができません、適当に選んだ一冊を机の上にたまたま置いていたということもあり得ます」

「そうね、ジーク様が質問した本もたまたま前に読んでいたってことも考えられるわ」

「その通りです、大体、神と対話したとかあれは宗教上の比喩や妄想の類であり現実ではあり得えません、それに存在もしない神自体信じるのもどうかと…現にその後神と対話した聖女もおりませんし古代文字を読めた試しもありません、所詮聖女はただの貢献者や教団のお飾り、聖女伝説などうまく民を誘導するための政に過ぎません」

「この意見は私もディアに賛同するわ、施設で教えている内容は歴史とか軽く触れる程度で政治などしっかりしたものなど一つも教えていないでしょう?下手に知識を与えて要らぬ発言をしないようにしているように見える、教団側も聖女を駒に使いたいとしか思えないわ」

「今までも、聖女は良い様に誘導できるとても優しく頭が弱い者か、後見人が金をわんさか援助してくれた者が聖女になっています」

「大体、聖女が我が国のシールドに力を注ぎ込んでいるというのなら、なぜこんなにボロボロで魔物が湧いて出るのやら…、つまる話、伝説は嘘で昔の何かしらの技術を教団が良い様に利用した…言葉にはしないが頭のいい奴は皆そう見解をしているわ、シールドに力を注ぐ柱に聖女一人しか入れないのも妙な話‥‥技術を盗まれないようにそうしているとしか考えられないわ、今の状態だったら聖女全員で力をそそぎゃ少しはマシでしょうに」

「ええ、もしかしたら力を注ぐ行為すら教壇のでっち上げた話である可能性さえあります、技術すらないとも考えられます、民の誘導や権力のためにでっち上げている可能性も、…それでもジーク様『本物の聖女』に拘るつもりですか?」


 サディアスがジークヴァルトを改めて真っすぐに見る。


「もともと『本物の聖女』など存在しないのです、そんな夢のような存在を信じて己を危険に追いやるなど愚行、この国の王になるお方が愚劣であってはなりません」


 キャサドラもジークヴァルトを見る。


「全くふたりは夢がないのう」

「ジーク殿下!」


 二人の説得などどこ吹く風の様に頭をポリポリと掻く。


「あれはこの国を…いや、この世界を左右する女ぞ」

「!」


 二人の瞳孔が開く。


「は、はは、面白い事を仰いますね、今の話を聞いていらっしゃらないと?」

「ジーク殿下は伝説を信じるというの?嘘でしょ?」

「だが、伝説が本当ならばあの女を追いやったら全ては終わりよ」

「ですがっ」

「では、魔物をどうする?白魔法でも追いやることはできても消し去ることはできん、弱い魔物ならば兵でも倒せるが、強い魔物が増えたらどうなる?この国どころかこの世界が全て終わりよ、だがリディアは魔物を消し去ることが出来る」

「なっ、リディアは魔物を消し去れるのですか?!」

「‥‥」


 キャサドラが驚き息を飲む。


「ならば僅かな可能性がある方に掛けるだろう?」

「外と通じこの国を滅ぼすためにやってきた刺客かもしれないのですよ?!」

「そうと解れば始末すれば済む話、人にあの魔力は通じん、となればあんな力もない女一瞬で殺せるわ」

「‥‥」

「だけど、ジーク殿下のお立場が…」

「そんな事、今までと変わりはない、どうにかして上手く切り抜いて見せるわ」

「今までとは違います!ジーク様の仰るようにあの力は使えます、だから施設から追い出しはしますが我が軍の兵として利用すればいい話」

「え~いもういい、これは命令だ、あの女は聖女候補から外す気はない、キャサドラ、リディアをこれまで以上に見張っておけ」

「言われなくてもそうするわ」

「リオも育ってきたしな、そろそろ逃亡を図るかもしれん」

「は?リディアが逃げる?」

「今聖女試験の結果ではレティシア様、フェリシー嬢が聖女に有力と言われています、あの女はあの試験で1位になった以降最下位を連発、ですが、獲得した試験は聖女試験の中でもかなり重要度が高いため、聖女になるのはこの3名の誰かという事になります、可能性が残っているのに逃亡などするわけがないでしょう?」

「どうして最下位なのか考えたのか?」

「ジーク様はあの女を買いかぶり過ぎです、10歳で元居た男爵家から義理の元にやられて以来、奴隷のような生活、教養をする場もなかった彼女が能力がないのは当然の事、確かに聡いですがそれだけです、あの試験は聡いあの女が弟の力を使って取ったに過ぎない、あの女が自分で取ったわけでもありません、ですから次はどんな手を使って順位を上げるか見張っておかないと…、今のままあの女を聖女に仕立て上げるのは絶対に反対です、それよりもジーク派と言われるフェリシーを懐柔するか、あの女の目的が判明し弱みを握り縄をつけた状態でないと聖女にならせるのは危険です」

「あいつは初めから聖女になるつもりはないと言ったら?」

「何を馬鹿な事を仰っているのです、聖女は国王同等に発言権を持つ、しかも皆に拝められ贅沢し放題のこんな美味しい話を蹴るなど誰がしましょう…、それがもし望みでないとしても外と繋がっていてはとても危険です、我が国を滅ぼすにも聖女はとても有用な立場、あの女はどう考えても危険です、どちらにしても彼女が逃げ出す理由がありません」

「お前は疑い過ぎだ、だから見えるものも見えん、もっと肩の力を抜け」

「あなたがあの女に関して心を砕け過ぎなのです、ジーク様こそ見えていません」

「では、俺があの女をここに閉じ込めたのはどうしてだと思う?」

「閉じ込めた?違うでしょう、あなたの余興で捻じ込んで‥‥っ」

「どうした?ディア?」


 キャサドラが頭を傾げ見る。


「‥‥こうなることは解って、なさったのですか?」

「ああ、もとより想定内、だが俺一人でどうにもならん、お前達の力が居る、…さて、そろそろ戻るぞ、サディの仕官がさっきからうろちょろ廊下を歩きまわって鬱陶しい」

「‥‥」

「ディア?いいのか?お止めしなくて、って、ああ、行っちゃった」

「サディアス様!!」


 ジークヴァルトと入れ替えにサディアスの仕官が飛び込んでくる。


「‥‥私としたことが、迂闊でした…」


 リディアを施設に入れるのに自分の名を知らしめる必要はない。

 施設に入れたのは力を利用するために縛り付け、余興を楽しんでいるとサディアスは思っていた。

 だが余興でないとしたら?

 力だけならわざわざ施設に自分の名を語って閉じ込める必要もない。

 名を語らずとも幾らでも縛り付ける方法はある。

 ということは、それはリディアが逃亡しないように閉じ込めた図式になる。


「? とにかく、私も行くわ、私は私で勝手にやらせてもらう、じゃ、ね」


(ディアの目も誤魔化してリディアをジーク殿下が施設に閉じ込めた…か…)


 ジーク殿下は予想を超えた遥か先を見るお方だとジークヴァルトを知る者は皆、それに惚れ込み尊敬の念を抱いている。

 そのジークヴァルトがリディアを聖女施設に閉じ込めたのだ。

 自分には想像もできない何か深いお考えがあるのだろうとキャサドラはそう捉えた。


(守る以外念頭になかったけど…今はジーク殿下の仰る通り、ように見張っておこう…)

 

 

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