第55話

 光が落ち着くと、元居た場所に戻っていた。

 辺りを見渡す。

 静まり返ったその周辺に、騒ぎが収まったのかなと頭を傾げる。

 

(イザークは大丈夫かしら?)


 とにかく、もう一度ジークヴァルトとアナベルが居た場所に行ってみないとイザークの無事が解らない。

 警戒しながら外に出る。


「急がないと…」


 急いで目的の場所に駆けていくが、どこも静かだ。


「あれ?本当に騒ぎ終わったの?」


 目的の場所も人っ子一人いない。


(イザークはどうなったの…?)


 不安に押しつぶされそうになりながら、いったん部屋に戻ろうとその場を離れる。

 部屋の前に着いたら、中で人の気配を感じた。


(戻って来ているの?!)


 喜び勇んでドアを開けた瞬間、部屋の中にいた全員が振り返った。


「り、リディア様…」

「姉さまぁぁああ!!!」


 リオが抱き着く。


「はぁ…よかった、お前は一体どこに行ってたんだ?」

「全く、無事でよかったものの、説明してもらいますからね」

「へ?」


 ジークヴァルトにサディアスまで居る。


「皆、どうしたの?って、イザーク大丈夫だったの?!」

「はい、ご心配おかけしました」

「心配かけたのはそこの聖女候補もだろう?」

「5日も一体どこで隠れてたんです?」

「5日?!」


(カミル様の少しって5日…)


 あーよくあるオチよねぇ~と肩を落とし力なく笑う。


「は…はは…」

「笑ってる場合じゃありません!で、どこで何をしていたのです?」


 サディアスがずいっと目の前に現れる。

 皆心配していたせいか目が怖い。


「あー、えーと、寝てた?」

「は?」

「そうそう、寝てたの」

「5日も?」

「ええ、ぐっすりと」


(異世界行って神様助けていました!なんて説明できるわけないじゃない)


 信じてもらえるなんて到底思えない。

 それに微妙な説明だと余計に問い詰められるのがオチだ。

 だったら答える気がない意思とも取れる馬鹿げた嘘をつくのが一番マシだ。


「5日も寝てたと?」


 ジークヴァルトも低い声で隣に立つ。


「ほんとほんと、ぐーっすり寝ちゃってたみたい~あはは」

「……」


 しばらくリディアを見ていたジークヴァルトが肩を落とす。


「はぁ…、もういい」


 喋る気がないと解ってか、ため息を一つ吐くと背を向けた。


「ジーク様」

「無事だったらそれでいい、さて、執務に戻るぞ」


 ジークヴァルトが歩き出す。


「‥‥一体どこで何をしていたのやら…?」


 疑いの眼差しでリディアを見ると、


「いいですか、これ以上面倒を起こさないでください」


 サディアスがリディアを睨み、そのまま二人が部屋を去っていった。


(あー、ちょっと怒らせちゃったか…)


 少し気まずい雰囲気が漂う。

 それをかき消すようにイザークがリディアの手を取った。


「さ、こちらへ、お茶をお入れ致しましょう」

「ありがとう」

「姉さまーっっ」


 椅子に座るとリオがぴったりとくっつく。


「はぁ、やっぱり落ち着くわ」


 イザークのお茶にホッと一息つく。


「ご無事で…よかった…」

「ホントだよ…」


 ギュッと腰に抱き着く手が強まる。


「あ、あー、ごめんね、あ、そうだ」

「?」

「ちょっと二人に頼みがあるの」







 教室へ向かう廊下を歩く。


(たった数日違う世界にいただけで久しぶりに感じるわね)


 そう思いながらイザークと並んで歩いていると、皆ササーッと避けていく。


「?」


(一体どうしたのかしら?)


 まるでここにやってきた初めの頃のような状態にキョトンとする。

 教室のドアを開くと一斉に非難の目がこちらへ向く。


(どういうこと??)


 5日休んだものの、その間に一体何が起こったのだろうと思いながら自分の席に座る。


「よく顔を出せたわね」

「フェリシー嬢が可哀そう」

「あんなによくしてくれていた友達を騙すなんて酷い」


 ぼそぼそと話す声はしっかりとリディアの耳に聞こえてくる。


(私がフェリシーを騙した??)


 ますます意味が解らない。

 ちらりと見ると、他の聖女候補達や執事に囲まれた先にフェリシーが涙を流し座っていた。


(また次はどんな勘違い思考したのか…はぁ‥想像するのが怖いわ…)


 やれやれと小さくため息を零す。


「あらー?仲間割れですの?」


 そこへレティシアが嬉しそうな声を上げてやってくる。


(あー、面倒なのがまた一人増えたわ)


 それを無視していると、レティシアがフェリシーの隣へ立つ。


「あんなに彼女のために尽くしていたのに裏切られて、ホント、お可哀そうに…」

「レティシアっ、違うのっリディアも誑かされてるのよっっ、リディアが、リディアが可哀そうだわっっ」

「フェリシー嬢…」

「本当に優しいわね」

「あんな子ほっときなさいよ、関わらないほうがいいわ」


(私が誑かされてる??ますます意味が解らないわ)


 そこでパンパンと手を叩く音を聞く。


「授業を始めます、席にお座り下さい」

「オーレリー枢機卿」

「何ですか?レティシア様」


 スッとフェリシーを庇う様にレティシアが前に立つ。


「魔物が居るとフェリシーも、また皆も怖がっていますわ、あの魔物を外に出してくだらない」

「それは誤解だと説明をしたはずです」

「それでも今の状況だと、まともに授業を受けられませんわ」

「‥‥」


 レティシアの言葉でやっと今の状況を理解する。


(あの件でイザーク魔物疑惑がまた浮上したというわけね)


「はぁ…、仕方ありません、リディア嬢」

「はい、イザーク、外へ出ていなさい」

「畏まりました」


 イザークが頭を下げると教室を後にした。









「…様、リディア様」

「ん…あ…」


 目を開けると、教室は誰も残っておらずイザークとリディアだけになっていた。


「ああ、寝ちゃってたのね」


 イザークが隣にいないので、完全に熟睡してしまったリディアが涎を拭う。


「私のせいで…リディア様に――」

「そういうの嫌いだってもう知ってるでしょ?」

「‥‥ですが」

「ん…」


 ぐぐーっと背伸びする。


「はぁ、ぐっすり寝たのでちょっとスッキリしたわ、さ、ランチを食べましょう」

「畏まりました」









「いやぁー静かねー」


 リオが腰に巻きついているモノの、いつものごちゃごちゃ周りにいた人が一人もいない。

 初めの頃に戻った静かなランチ。

 イザークが申し訳ない表情をする。


「イザーク、あのね、私今、喜んでいるのよ?」

「?」

「私基本、つるむの苦手なの、やっと落ち着いてランチできるのが嬉しいのよ」

「リディア様…」

「やっとゆっくりランチができるわ」


 爽快にニッコリ笑うリディアに、イザークも少し微笑む。


(そういや、ジークもいないわね‥流石に怒らせちゃったかしら?)


 イザークの件も蹴りを付けてくれたというのに、5日も行方不明な上、理由が「寝ていたから」じゃ、まぁ怒らせても仕方がないかとため息を一つ零す。

 それを追求せずにいてくれたことは助かったが、これは流石にちょっと悪い事をしたなと少し罪悪感を感じる。


(だけど、異空間に行って神様助けてきたーなんてやっぱ…言えるわけないわよね~)


 ふざけているのか!と怒られて終わり。サディアスなんかに更に嫌味言われて、色々突っ込まれて更に面倒になるのも目に見えている。

 だったらもう馬鹿馬鹿しい理由言っといたほうが遥かにマシというもの。

 下手に変な理由言ったら、今度は追究されてぼろ出たらもっと面倒くさい事になる。


「ふぅ、やっぱりイザークのお茶は最高ね」


 ランチを終え、最後にイザークのお茶を飲む。


「久しぶりに最後までちゃんと食べられたわ」

「そうですね…」


 ジークヴァルトとフェリシーから逃げる毎日だったが、これでやっとランチもまともに食べられると少しウキウキする。


「いたわ」


 不意に聞こえた女性の声にぴくっと反応し、声の方向をちらりと見る。

 するとフェリシーを囲んだ数人の女子と、その取り巻きの執事やメイドがわらわらとこちらに向かってやってきた。


「リオ、もう行きなさい」

「でも!‥‥解ったよ」


 リディアの目を見て諦めるとリオが姿を消す。


(あー、折角爽快な気分だったのに…)


「リディア嬢、ちょっといいかしら」

「‥‥何?」


 少し不機嫌に返す。


「なんなのっその態度、あなたフェリシー嬢に悪いと思わないの?」

「何もした覚えがないもので」

「はぁ?!」


 リディアの言葉に全員が殺気立つ。


「フェリシーはね、貴方を思っていつもいつも味方になって、あなたのいけない行動や言動をフォローして回っていたのよ?あなたは知らないでしょうけれど見えない所でも凄くあなたのために努力をして尽力していたの」

「そんなフェリシー嬢を騙していたなんて、ちゃんとフェリシー嬢に謝りなさい」

「い、いいのよ…みんな」

「フェリシーは黙ってて」


(また何か茶番劇が始まったわ…)


 やれやれと小さくため息をつく。


「ずっと気になっていたのよ、あなた殿下に取り入ってここに来たから調子乗っているでしょ」

「そうそう、本来殿下とあんなにべったりいつも一緒に居たりなんて有り得ないし、出来る身分じゃないわ、身の程を知りなさい」

「大体ね、殿下を笠にやりたい放題、その上フェリシー嬢まで振り回して酷いと思わないの?」

「あなたにこんなに振り回されて、フェリシー嬢はこんなに悩まれて悲しまれてお可哀そうでしょう?」

「‥‥」


(振り回されているは私なんですけど…)


 ある程度言わせてガス抜きするべきかと冷めてしまったお茶を飲もうとした時だった。


「っ」


――――バシッ ガッシャーン


 手を払われティーカップが落ちると派手な音と共に割れる。


「聞いているの?!」

「その態度は何?!」

「フェリシーに謝りなさい!!」

「‥‥」


 イザークが慌ててリディアの濡れたスカートを拭こうとして屈む。


「近寄らないで、この魔物!」

「この施設より出て行きなさいっ汚らわしい」

「あなたも出て行きなさいっっこの恩知らず!」

「みんなっやめて!!」

「‥‥」


 リディアに手を上げようとしたところでフェリシーが割って入る。


「暴力はいけないわっっ」

「フェリシー、こういう子はある程度体で覚えさせないと素行の悪さも治せないわ」

「だめよっ、リディアはリディアは違うのっリディアも被害者なのよ」

「フェリシー嬢‥‥」


 うっうっとまた涙をポロポロ流すフェリシー。


「私も気づかなかったもの…いつのまにか術にハマっていたなんて…」

「フェリシー、泣かないで」

「あなたは悪くないわ、気づいてよかったじゃない」


(そろそろ退場していいかしら…?)


「リディアっっ」

「わっっ」


 フェリシーが縋りつくようにリディアを掴む。


(こっち来たー)


「リディア、お願い目を覚まして!あなたはこの魔物に誑かされているの!」

「‥‥」

「今はいいわ、殿下もロレシオ様も術にハマっているからあなたの素行もお許しになって下さっているけど、魔法が解けてしまえばあなたは罰せられるかもしれない、そうなったら私はあなたを守ってあげられないわ!」

「フェリシー!そんな女の心配する必要なくてよ」

「それより、ロレシオ様も術にハマってしまっているの?!」

「っ‥‥うぅっ」

「フェリシー嬢…」


 また派手に涙をボロボロと零す。


「うっ…うっ…」

「フェリシー泣かないで、ロレシオ様がどうしたの?」

「それが…この前、色々あって私とリディアでロレシオ様を匿ったの」

「?!」

「その時に私、一生懸命ロレシオ様をお慰めしましたの」

「フェリシー嬢はやはりお優しい」

「私は優しくなんか…当然の事をしただけ…、だけど」

「?」

「リディアはそこで何もせずただ突っ立ち一言も発しなかったというのに、ロレシオ様は”あなたこそ優しい人だ“と急に仰って…」

「まぁ!!」


 皆が目を丸くする。


「本当に誑かされているのね!」

「恐ろしい…」

「いいえ!それは誤解です!」

「?!」


 今まで誰にも返した事がなかったイザークが不意に声を上げ思わず振り返る。


「”何もせず発しなかった“事こそが、ロレシオ様にとって上からでも下からでもない目線で見てくれたと感じたからこそ『優しい人』だと仰ったのです!」

「はぁ?何を言っているの?」

「魔物だからやはり人の感覚とズレているのかしら?」

「何もせずに優しい人なんて思われるはずないでしょう?」

「っ…」


 イザークがぐっと奥歯を噛み締めるのが解る。


(珍しいわね、イザークが歯向かうなんて…)


 キョトンとしてイザークを見る。


「あなたが誑かしたのでしょう?この魔物が!」

「リディア、あなたはイザークと離れた方がいいわ!早く目を覚ました方がいい!」


 フェリシーがリディアをぐいぐいと引っ張る。


「ちょっ」

「魔物はさっさとこの場所から出て行きなさい!」

「リディアはこっちに!早く!離れたらすぐに目を覚ますわっっ」

「謝りなさいっっ!!」

「出て行けっっ」

「リディアっっ早くこっちにっっ!!」


 皆が一斉にリディアとイザークに押し寄せる。


「あ―――っっもぉおおおっっ!!!」


 とうとうリディアの堪忍袋の緒が切れる。

 近くにあった皿を手に取ると柱に投げつけ派手な音を鳴らし叩き割る。


「っ?!」

「リディア?!」

「何を…」

「いいから、離れなさい!呪うわよ?」

「!!!」


 ササ―っと皆が下がる。


「そう言えば、フェリシーは後から来て知らなかったのよね」

「え…?」


 フェリシーが首を傾げる。


「っ」


 そんなフェリシーや皆の前でイザークの襟元をぐいっと引き寄せると、その紅い眼に口付ける。

 皆が眼を見開く。


「あらー、またうっかり呪われちゃったわ、なので今後一切、私に近づかないように!以上!」


 シーンと静まり返る。


「イザーク行くわよ」

「は、はいっ」


 見事なまでの生活魔法で一瞬で割れた皿やコップなどを片付けると、リディアが差し出した手を持つ。


「それでは皆様、ごきげんよう」




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