第32話
「あなたが選んだ聖女候補と魔物ですもの、一緒に住んでも問題はございませんでしょう?」
レティシアが言った一言に、心の中でニヤリと笑う。
「わかった」
その一言で会場が安堵するよに落ち着く。
そうして聖女試験の開会式は終わった。
会場を後にしたジークヴァルトはサディアスの前で堪えていたのを爆発させるように笑う。
「ここまで思った通りの展開になるとはな、吹き出しそうなのを抑えるのに苦労したぞ」
「何が思い通りです、メイドは想定外でしょう?メイドも付けないとなると色々問題が増えるではありませんか」
「相変わらずお前は完ぺき主義だな、メイドぐらいあの女なら問題にもならんだろう」
「ジーク様は本当にあの女を気に入っておられるようですね、ですが、気を許さぬようお気を付けください」
上機嫌なジークヴァルトとは反対に慎重な面持ちのサディアスが忠告をする。
「あんな小娘如きに警戒し過ぎるな、もっと肩の力を抜け」
「ですが、あの女は我らの存在を知っておりました、刺客である可能性もまだ捨て切れません、ジーク様のその面白がる所を突いて差し向けられたのやもしれません」
「差し向けたところで、あのやせ細った体で何ができる?」
「それは解りませんが、あまりに警戒を解かれるのは危険です、大体、小刀まで返してしまわれるとは危機感がなさ過ぎます」
「あんな小刀にこの俺が殺られると?」
「もちろん、そんな事ありえませんが、ですが念には念を」
「あー、うるさい、そんなに念念言っておっては楽しいものも楽しめぬわ」
耳を穿るジークヴァルトにまたはぁ~っとため息をつく。
「とにかく、忠告はしておきますよ、それでは私はあの魔物の所に参ります」
「襲われても助けにはいかんぞ?」
「必要ございません、一振りで片付けます、血で汚れては後始末が大変です故」
「はっ、これではどっちが魔物だかな」
冷酷な笑みを浮かべるサディアスに鼻で笑う。
「とにかく、うまく誘導しろ、あの女の血相を変える姿が見られなくなるからな」
「まったく、本当にあなたという人は…、では、失礼します」
寄り添って歩いていたそこからスッと姿を晦ます。
「起きたら魔物か、くっ あの女どんな表情するか見れんのが惜しいわ」
そう呟くジークヴァルトもその場を後にした。
「おかしい…」
ジークヴァルトは書類の山の一枚を手にしながらイライラとした口調で呟く。
「殿下、こちらにもサインを」
「ああ、そこに置いておけ、それより女が来れば通すよう言ったはずだが?」
「ええ、ちゃんと皆に伝えております、ですが、まだ訪れてはおりません」
あれからもう幾日も経つ。
だが一向に現れないリディアに、仕事の多さと重なりイライラが募る。
「流石にもう目覚めているはずだが…」
「殿下、こちらの書類にも目を」
「サディアスの報告はまだか!」
「サディアス様も聖女試験が始まりましたし多忙にございます、そうこちらに顔向けできる時間もありますまい、それよりも」
「ああ、もぉ!そこにまとめて置いておけ!」
「ひっ、解りました」
イライラの絶好調に達したジークヴァルトに睨まれ、忙しく動いていた部下達が震え上がる。
「そう、部下を怯えさせてしまっては、終わる仕事も終わらなくなってしまいます」
待っていたサディアスの訪れにワクワクした面持ちにコロッと変わる。
「やっと来たか、待ちくたびれたわ」
早く報告をよこせという様に金色の瞳が急かす。
「女は目を覚ましたのか?」
「ええ、覚ましました」
「ならどうしてここに来ん?」
「それがその…、開会式の二日後に目を覚ましたと、その夜に報告を受けました」
「報告を受けた?」
何を言っている?という様にサディアスを見る。
女が目を覚ましたかを知っているのは一人しかいない。
「ええ、あの魔物に報告を受けました」
「な…、では、あの女、魔物を受け入れたのか?!」
「はい、普通に執事の仕事を押し付けているとの事です」
「!」
しばし言葉を失う。
「魔物に体を触れさせたというのか?」
「そういう事になりますね…」
サディアスも報告を受けながらも、まだ信じられないという様な面持ちで言葉にする。
「失礼します!」
そんな二人に一人の部下が駆けつけてくる。
「お前は?」
「殿下に命令されて聖女施設の見張りをしています!」
「ああ、何かあったら報告しろと言ってあったが、何かあったか?」
「はい!…それが‥‥」
部下の表情が曇り激しく動揺したそぶりを見せる。
「どうした?」
「それがその、レティシア様とリディア様が鉢合わせになってしまわれたのですが…」
「早速、レティシアに苛められたか?」
「はい、それはもう集団でこっ酷く、殿下をも引き合いに出されて…」
ジークヴァルトの事もあり、言い難そうに口どもる。
「想定内です、続けて」
「それが…」
「あの女、また何かやらかしたか?」
部下がこくんと頷くと、まだ信じられないという様に瞳を動かした。
「それがその…、皆の前で…その…信じられない事ですが…魔物に‥‥」
そう言って本当に報告していいのかという様に、動揺にそこで言葉が一瞬出てこず止まる。
「?」
「魔物のあの紅い眼にキスをされて、そして自分は呪われたので近づかないようにと言って去って行かれました!」
「!」
部下の言った言葉がしばらく理解できずポカーンと口を開く。
静まり返る室内。
次の瞬間、豪快な笑い声が響き渡った。
「あの紅い眼にキスだとっっ!はーはっはっはっっ」
「笑い事ではございません」
「怖いもの知らずがもう一人おったぞ、サディよ」
「ええ、ここまで神経が図太いとは思いませんでした」
そういうサディアスの目も面白がるように細まる。
「おい、お前、このまま監視を続けろ、そしてまた何かあったらすぐに報告に来い」
「はっ!」
敬礼すると、部下が部屋を出ていく。
「面白い…、…面白い…、面白い!」
ジークヴァルトの口元がニーッと上がる。
「これから如何なさいますか?」
「とりあえず、この目でしかと確かめたい、講義が始まるのは?」
「明後日にございます」
「よし、さっさと仕事を片付けるぞ!」
俄然やる気を出したジークヴァルトは猛烈な勢いで数日は掛かる仕事に取り掛かった。
「はぁ~全く何て量だ…」
仕事を何とか片付けて、できた時間を無駄にすまいと足早に目的地に向かう。
「で、殿下?!」
ジークヴァルトを見て驚く兵達が敬礼する。
それを横目に聖女試験の施設内にずかずかと入っていく。
講義教室に向かうであろう廊下に目途をつけ、その場にたどり着いたところで舌打ちする。
(チッ、面倒な奴らに出くわしたわ…、王妃に媚びるにレティシアに会いに来たか)
でっぷりしたお腹のロドリゴ教皇と、何を考えているやらわからぬ顔のオーレリー枢機卿を目で捉える。
するとロドリゴ教皇が目ざとくジークヴァルトを見つける。
内心大きくため息をつくと、挨拶しないわけにもいかず仕方なく近寄る。
「これはこれはジークヴァルト殿下!今回は大いに期待できますな!」
上機嫌のロドリゴ教皇に作り笑みを浮かべる。
そんなロドリコ教皇とは反対に周囲はジークヴァルトの訪れに恐怖に緊張し体を強張らせる。
その姿を見ただけでも緊張が走る風格。
更には開会式であの王者の覇気を見せつけられたのだ。無理もない。
「アナベル様のご息女レティシア様に徴が現れるとは!なんとめでたい!」
そんな周囲を気にも留めず教皇のおべんちゃらが始まる。
やれやれと聞き流しながら、目的の女を探す。
ずらーっと頭を下げる者たちを目だけで流し見る。
(あれか…)
皆とは少し離れた場所で頭を下げる二人。
(本当に従えさせてやがる、くっ)
魔物の横でやせ細った体で頭を下げるその女を見やる。
「この国は安泰ですな!アナベル様もさぞ―――」
口が止まらないロドリゴ教皇に目線を戻す。
さっさとこいつをどこかにやらなければリディアを揶揄いにも行けないと、どうしたものやらと思案する。
「そこで私は―――」
「ロドリゴ教皇」
「? 何でございましょう、殿下」
「せっかくの初講義です、未来の聖女やもしれぬレティシアを教皇自ら案内して差し上げてはどうだ?」
「おお!それはとても名誉なこと!良いご提案を下さりありがとうございます!」
ロドリゴ教皇の顔が明らむ。
レティシアが聖女になれば、初講義で教皇自ら案内したとなれば、それはそれでロドリゴ教皇の自慢話の一つとなるだろう。
「では早速、レティシア様、お手をどうぞ」
「教皇自ら案内して頂けるとは私も光栄ですわ」
レティシアもまんざらではない表情を浮かべその手に自分の手を添える。
「それではごきげんよう」
「ではこの場を失礼いたします、殿下」
そう言って面倒な人間たちを追い払い、しめしめと心の中でほくそ笑む。
レティシア達を見送った後、時間が惜しいジークヴァルトはずかずかと目的の女の場所へと歩み寄る。
そして、頭を下げる二人を見下ろす。
(少し髪に艶が出たか?)
この魔物に洗ってもらったのかと思うとまたくつくつと心の中で笑う。
さて、どうやって揶揄ってやろうか、そう考えながら声を掛ける。
「頭を上げよ」
ワクワクしながらそう言うと頭を上げるのを待つ。
「‥‥」
が、一向に頭が上がらない。
魔物の執事がリディアに小さく声を掛けるも、ピクリとも動かない。
「おい、頭を上げよと言っている」
少し大きめの声で言うがリディアは一向に動かない。
頭を下げていた者たちも何事かと野次馬心に自分たちを見る。
「リディア様、お顔を…」
「‥‥」
魔物執事が焦りリディアに少し大きめに声を掛ける。
が、やはりピクリとも動かない。
「おいっ!いい加減にしろ!」
イラつきリディアの髪をガシッと掴む。
「殿下っっ」
慌てる周囲にお構いなしに、そのままその髪を引っぱり顔をぐいっと上げさせた。
「「「「!」」」」」
皆が唖然とリディアを見る。
そこには見事に涎を垂らし眠るリディアの顔があった。
「なっ…」
皆が言葉を失くす。当然だ。姿を見ただけで普通なら震えあがるというのに、そのジークヴァルト殿下を前でぐっすりと眠っているのだから。
そんな中、むにゃむにゃと暢気に涎をぬぐうと閉じていた瞼がゆっくりと開く。
「よ~お、お目覚めか?」
ジークヴァルトの唇の片端が上がる。
その赤い髪と金色の瞳を確認した瞳が大きく開く。
「すみません…お声がけをしたのですが…」
申し訳なさそうにイザークが耳元で囁く。
こんなに早く話が終わると思ってもみなかったリディアはすっかり寝入っていた。
すっかり寝入ってしまったリディアは、イザークの声もジークヴァルトが声を掛けたのも全く気付かなかったのである。
しばし見開いていた瞼がスッと元に戻る。
この状況を理解したのかリディアが姿勢を正すと何事もなかったように頭を下げる。
「ジークヴァルト様、おはようございます」
「ああ、よく眠っていたな」
「何の事でしょう?」
「「「!!」」」」
平然と白を切るリディアに周りが驚愕する。
「今眠っていただろう?」
「そんな、ジークヴァルト様の前で眠るなんて恐れ多い、そんな事あり得ません」
「しっかり涎を垂らしていたな?」
「そう言えばこの前のお礼がまだでした、サディアス様にも服のお礼を言おうと思っていたところでした」
話を逸らすリディアに、ジークヴァルトも思い出したように声を上げた。
「おお、そういえば」
また髪を引っ張り顔を無理矢理上げさせる。
「よ~く見えるなぁ、その徴が」
「ええ、本当に、とっても目立つ服ばかり、ありがとうございます」
バチバチと目と目の間で火花が音を立てる。
「そろそろ講義に向かいませんと、あなたもさっさと仕事にお戻りくださいませ、で・ん・か」
余計なことをしてくれたわねという様に睨み上げる。
「ああ、そうするとしよう、せ・い・じょ・こ・う・ほ」
面白がるように睨み下ろすジークヴァルト。
そんなジークヴァルトの手を避けると、一礼する。
「行くわよ」
「はい」
イザークもまた一礼するとリディアの横につく。
そして自然と手を差し出す。
それに普通に手をのせるリディアに目を細め見る。
(本当に、全く怖がりもしないか…)
ジークヴァルトはふっと鼻で笑うと二人の背に踵を返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます