第31話

 時を遡る事数日前。


「本気ですか?!」


 サディアスが声を荒げる。


「本気だから連れてきた」

「はぁ?」

「部屋で待たせている、お前に監督は任せる」

「!」


 またこの我が主君はというように眉間の皺に手を当てる。

 ローズ家に魔物が生まれた。

 それは一時物凄く噂になった。

 王家もローズ家も呪われないように、ローズ家からは一歩も外に出さないよう飼われているはずだ。

 それを・・・

 

「連れてきたですって?」

「ああ」


 飄々と答えるサディアスの主君であるジークヴァルトは楽しそうにウキウキとしている。


「全くあなたって人は…、呪われたらどうするのです?」

「俺は呪われん、呪おうとしたらそれ事吹き飛ばしてやるわ」

「呪いが吹き飛べばいいですが」

「心配するな、もし呪われるとしたらあの女の方だ」

「!」


 そこでサディアスは大体を理解する。


「もしやと思いますが、聖女候補として連れてきたリディア・ぺルグランにローズ家の魔物を宛がうつもりですか?」

「ああ、どうするか見物だな」


 くっくっくっと愉快だという様に笑うジークヴァルトに大きなため息をつく。


「折角、戦力にこき使おうと思っておりましたのに、大体、彼女を聖女候補生にしてしまうだけでも問題大有りですのに、更に問題を増やしてどうするのです?」

「してしまうとは誤解だ、サディ」

「彼女を徴もないのに無理やり捻じ込んだではありませんか」

「徴はあったろ?」

「ええ、徴はありました、聖女候補生のモノと違う徴ですけれどね」

「どうしてそれが偽物だと思う?」

「! まさか、ジーク様はアレは本物かもしれないと仰るのですか?」


 サディアスは驚きジークヴァルトを見る。


「まだ解らん、だが、ちーとばかし気になることがあってな」

「?」


 少し考えるように口元に手を当てるジークヴァルト。

 だがすぐに顔を上げる。


「ということだ、頼む」

「はぁ~~~、仕方ありませんね、あなたがそう仰るなら私の知らぬ所で何か掴んでいらっしゃるのでしょう、ですがいいのですか?」

「ん?」

「もし、彼女が本物の聖女だとして魔物と一緒にするなど、もし呪われでもしたらどうするのです?」

「本物なら何とかするだろう」

「何とかって… はぁ~~」


 サディアスがまた長い溜息をつく。


「ジーク様は私には計り知れない何かお考えがあるのでしょう、ですが他の候補生につくことになったとしたらどうするのです?執事は選択式、彼女に決まるとは――」

「決まる」

「…それは一番可能性は高いですが、もしも他の聖女候補になった時は?」

「切り殺すまでよ」

「!」


 呪いを恐れて殺さずにいた魔物を、簡単に殺すと言ってのけるジークヴァルトに暫し瞠目するも、その目がニヤリと笑う。


「流石は我が命を捧げた主君にございます、ローズ家の魔物の件、私が責任を持って管理致しましょう」

「おう、頼む」


 そこでまたくつくつと笑い出すジークヴァルト。


「楽しみだな、あの女どんなリアクションをするのか」

「まぁ図太い神経の持ち主ではありますが、流石に魔物と生活となると追い出すのが妥当でしょう、ローズ家でしつけはされているでしょうから事は起こさないかもしれませんが、魔物が逃げ出さないよう警備を強化しておきましょう」

「怒って怒鳴りに来るかもしれんな、女が来たら通すように言っておけ」

「全くあなたって人は…」


 事は大事というのにワクワクしているジークヴァルトにやれやれと肩を落とした。


「兄上、とても楽しそうですね、私も混ぜてもらってもいいですか?」

「ロレシオ様、いらっしゃっていたのですか」


 いつの間にか二人の背後に立つジークヴァルトの弟ロレシオを振り返る。


「そのご様子だと、お気に入りの玩具でも見つけましたか?」

「一目で見破るとは流石、我が弟よ、なかなかに面白いのが見つかってな」


 ケタケタと楽しそうに笑うジークヴァルトに少し諫めるような面持ちへと表情を変える。


「兄上、興に乗じ過ぎて玩具を壊されぬよう、お気を付けください」

「ロレシオ様は本当にお優しいお方でいらっしゃいます」

「ふん、俺は壊してなどないわ、簡単に自ら壊れる方が悪い」

「兄上はそう言って、何事も面白いと思ったらやり過ぎるのです、少しは相手を労わって差し上げなくては」

「ジーク様にご提言できるとは、流石、弟君ロレシオ様にございますね」

「それよりも、いい所に来た、一局付き合え」

「ジーク様、ロレシオ様にもご都合というものが…」

「サディアス、大丈夫です、私も頂いたお菓子を一緒にと思い来たので問題はありません」


 そう言うとロレシオが手にしたお菓子を差し出す。


「おお、これは美味そうだな」

「サディアスも一つ如何ですか?」

「ありがとうございます、ですが私はこれから人と会う約束があります、甘い匂いを纏って行くわけにもいかないですのでご遠慮させて頂きます」

「それは残念」

「お気持ちだけ有難く‥では、そろそろ…」


 サディアスが一礼し去っていく。


「ほら、やるぞ」

「はいはい、兄上、お手柔らかに」






「ふむ、相変わらず見事な戦略だな」

「その手には乗りません、そう言っていつの間にか策に掛かって負けるのはいつも私の方」

「そう拗ねるな、言っている間に負けるやもしれん、いつもお前には肝を冷やされるからな」

「口がお上手で」


 一局を交えながら、ロレシオが持ってきた菓子を口にする。


「そう言えば兄上、先ほどの玩具の話ですが…」

「ん?」

「もしや、聖女候補にと兄上が連れてきた女性の事ではありませんか?」

「知っていたか」

「やはり…」


 駒を手に思案するように口元に持っていく。


「知っているも何も、婚約者候補を尽く追い払っている兄上が女性を連れ帰ったとなれば噂にもなります」

「嫌な事を思い出させるな」

「これぐらい言わせてもらわないと、兄上との関係を尋ねるため私の所に殺到して困っております」

「そりゃ悪かったな、だが今は嫁どころではない」

「ええ、この城下近くの街にまで魔物が現れたとか…」


 神殿にあるこの国の柱に聖女がその魔力を注ぎ、この国を守るシールドとなっていた。だが、その効力は年々弱まっていた。

 そして数年前から国内に魔物が現れ始めた。

 それがとうとうこの城下近くの街まで現れ始めたのだ。


「兄上のお陰で、戦乱は治まっているというのに悲しい事ですね」


 魔物の前は、この大国であるこの国の資源を巡って小競り合いのような戦があちこちで起こっていた。

 それはこの魔物の影響もあるだろう。

 国内に魔物が現れ始めるよりも何年も前に他国には魔物が現れ始めた。

 大昔に突如現れた聖女が魔物に覆われたこの世界を救い、この国の王と懇意の仲だった聖女は、この国を守るためにシールドを施したとされている。

 そのシールドのお陰で魔物の影響は少なく済んでいたが、他国は魔物の影響で食糧難や経済危機に陥り、戦が巻き起こった。

 そして資源豊かで聖女の加護のシールドがあるこの国は絶好の標的となったのだ。

 それを力でねじ伏せて戦乱は治まりを見せている。


「でも一体どうして聖女ではない女性を聖女候補生に?何を一体お考えになっているのですか?」


 駒を盤上に置きながら兄ジークヴァルトを見る。

 

「なぁロレシオよ、お前なら今の状況をどうする?」


 質問に質問を返す。


「私なぞ、何の力もありません、私の考えを聞いても―――」

「お前ならどうする?」


 答えを迫る兄ジークヴァルトに、一つため息をつくと、こうなっては答えるまで引かないと知っているロレシオは仕方がないという様に考えを巡らす。


「そうですね、まずは資源を拡大化し、また戦が起きぬよう協定を結び資源の供給により要らぬもめごとは抑えます、そして聖女育成に力を注ぎ我が国のシールドを強化、柱に力を注ぐことが出来るのは聖女一人です、折角聖女候補生の育成をしているのならば、それらの力を利用して魔物を退ける部隊を作り、国内の魔物を追い払う…」

「それでは遅いな、資源拡大には時間が掛かる、その前に魔物が増えれば協定も結べまい、それに他国に逃げた魔物による被害で、またいざこざが起きるぞ?」

「それならば、その聖女部隊を派遣するとか…」

「無理だな、聖女候補生は、殆どが貴族だ、自分の娘を戦場にとなると今度は内部抗争が始まるぞ?」

「ぅ‥‥」

「それに聖女候補とは今やブランド化、白魔法使えるモノに現れる徴とやらが出ればチヤホヤされ、大事に大事にされる女が魔物とまともに戦えるとは思えんな、魔物が現れた途端、我先に逃げるか、聖女を守れと能力の高い兵が傷を負うか、下手すりゃ死ぬな」

「では、兄上には他にもお考えが…、っ、もしや兄上が連れてこられた女に何かさせようと?」

「‥‥」


 何も言わず常磐を見つめる兄ジークヴァルトに、ロレシオは声を荒げた。


「まさか…、この伝統ある聖女制度を‥‥」

「よし、これでチェックメイトだな」

「兄上!我が国の神聖なる場所に何をしようとしているのです?あの場は今は亡き母上の言わば母校のような場所でもあります、そんな大事な場所に何を‥‥」


 ジークヴァルトとロレシオの母は元聖女候補生だった。

 聖女にはなれなかったが、父である現国王に見初められ結婚したのだ。

 だがその母は敵国に恋仲の男が居て子を置いて逃げ出そうとした所を戦乱に巻き込まれ殺された。

 自分たちを捨てようとしていたとされているが、ジークヴァルトたちにとっては、捨てようとしたとは到底思えない程とても優しい母だった。


「話は終まいだ、菓子うまかったぞ、ありがとうな」

「兄上!あなたのためにいつもつらい思いをされた母上に死んでも尚つらい思いをさせるつもりですかっ、馬鹿なお考えはお辞めください兄上」

「それとこれとは別だ」

「!」


 悲痛と怒りに満ちた表情で兄を睨みつける。


「…それに、聖女候補にはレティシアがいます、ジーク派だと疑われ酷い目に合うのは一目瞭然、兄上がそうやって面白がって動くことで母上はどれだけ大変な思いをされたか、今度はその何も知らぬまま連れてこられた女が苦しむことに何も感じないのですか?」

「母には苦労を掛けたとは思っている」

「なら!」

「ではな、ロレシオ」


ロレシオに背を向け歩き出すその背に、非難の色を滲ませ兄上と叫ぶが、それを気に留めるでもなく兄ジークヴァルトは部屋を後にした。



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