第7話
「うーん、これは…」
破格クッキーも底をつき、小銭を入れた袋の中身を見ながら悩ましい声を上げた。
袋の中身が空っぽだ。
資金が底をついたのだ。
「仕方ないわね…」
(うーん、そろそろ頃合いだし、いっちょやりますか)
誰もいなくなった義妹1号の部屋に忍び込む。
そして、義妹が装飾品を仕舞う引き出しをそっと開ける。
(これこれ、これはもう忘れ去られているわよね)
獲物の狙いは既につけていた。
4年前に買ってもらったガーネットの髪飾り。
これはもうデザインが古くダサいと今は言われていて、今では忘れ去られているはず。
置かれている位置も奥の方だし、あれからこの3年の間に幾つも新しいのを買ってもらっていた。
これならば売りに出しても気づかれないだろう。
(さぁて、いくらの値になるかしら?)
ガーネットの髪飾りを手に取ろうとした目の片隅に小さな手が伸びてくる。
「!?」
(リオ?!)
きっと私の真似をしようとしているのだろう。
(だけど、それは・…)
リオが手にしたのは、義妹のお気に入りの一つアメジストのペンダントだ。
どうしたものかと考える。
これがないと解れば、犯人を宝石の価値の知らないリオではなく私だと義妹は判断するだろう。
しかもお気に入りの一つだ。
きっと見逃す事はしない。
絶対どんなことがあっても私を見つけ出し、酷い罰を受ける事になる。
(・…止めるべき?でも…)
フラグがたつ可能性もある。
「・・・・」
( それは無理 )
あっさりと「リセーット」した。
(ヤンデレに付きまとわれる一生と、ぐーたら生活一生を比べれば一時の痛みぐらいどうってことないってものなのですよ!)
何も言わず宝石を手に部屋を後にする。
(破格クッキー以外もそろそろ食べたいけど、幾らになるかなぁ~?)
既にまるごとリセットを果たしたリディアは暢気にそんなことを考えながら部屋を後にしたのだった。
その夜。
「リディア!!!!!」
案の定、お手伝いさん総出でリディアを探し出した。
隠れ場所を見つけられては困るため、屋根裏部屋に敢えて居た私をすぐに見つけ出しリビングに摘まみ出される。
「あなた何したか解っているでしょう?!」
(うわぁ~お手伝いさんまで目がいってるよ)
私に対しての恨みつらみが溜まっているだけに、全員の目がいってしまっている。
そしてちらりと義妹1号の手を見る。
(それはダメでしょ、それは)
どこから持ってきたのか鉄の棒が握りしめられている。
そしてなぜだかお手伝いさん達の手にもあれやこれやと殴る物的なものが手にされていた。
「一番のお気に入りをアメジストのペンダントを盗むなんて!この盗人が!!」
「ぐふっっ」
お腹に鉄の棒がめり込む。
その衝撃で口の端が切れて血が滲む。
(これはヤバい… 私、死ぬかも… あれ?主人公は死なないのか?)
暢気にそんなことを考えている頭上で今までの恨みつらみを発散させるように怒涛の罵倒といろんな殴る棒やらヒールのかかとやらが体にめり込む。
「このクズが!!」
「盗人!!」
「こそこそ逃げ回って汚い卑しい子ね!!」
――― ゲホッ ぐふっっ
あれやこれやと何で殴られているのかも解らないぐらい次々と殴られ蹴られ、罵倒と殴る音だけが脳内に響き渡る。
どれ位経っただろう。
意識が朦朧としている中、なんか宙に浮いたと思ったら何かが顔に当たった。
そこでやっと頬に当たったのは床で、屋根裏部屋に放り込まれたのだと認識する。
「ふっ、やっぱ主人公は死なないのね」
(これだけやられて死なないって主人公パねー)
ここまでやられると、痛過ぎて笑えてくる。
「ぅっふーっっ」
何とか体を起こすとベットの端に凭れる。
そしてゴソゴソとベットの下を探る。
手にろうそくが当たる。
それを取り出すと怠く重く痛む手を動かし、力のない手が火鉢石を落としそうなのを堪え何とか火をつける。
(うわぁ~グロテスクぅ~)
ろうそくの火で灯された自分の体に苦笑いをしそうになって顔をしかめる。
顔の筋肉を動かすだけでも痛い。
(皆大分うっぷん溜まってたもんなー)
こうなることは解っていたとはいえ、やっぱりキツイ。
とはいえまぁ、仕方ないかとため息をつくと、ベットの下から箱を取り出す。
そこから古い服を取り出す。
これは議家族が古くなった服を捨てたものをゴミ箱から拝借し、ためていたものだ。
「くっ」
痛む体で服の端を噛むとびりびりと破いていく。
そして一番血が流れている右腕に巻き付けようと左手で服を手に持つもうまく左腕も動いてくれない。
(角のある木とかささくれてるとか、反則だっちゅうのっ)
痛みに目の端が涙で滲む。
(っっ!もう、巻き辛い!せめて左腕だったら巻きやすかったのに!)
ガタッ
巻くことに必死だったリディアの耳に物音が聞こえ、首が動かせないので目だけでちらりと見る。
「ご、ごめ・・ご・・・」
がくがくと体を震わせ膝をつくリオの目から大粒の涙が次々と流れ落ちる。
「ごめ・・なさい!! ごめ・・・っっ」
言葉にならない声で、必死に謝るリオを無視し、また腕に布を巻くのに集中する。
「ぼ、僕がっ…」
「!」
泣きじゃくりながら私に駆け寄ると私の手から布を取り巻き出す。
手先も器用なのか手慣れた手つきでクルクルと布を巻き止血する手際に「ほぉ・・」と少し感心してしまう。
(ま、何はともあれ、これで巻けたし助かったわ)
「い、痛かったら言って!」
そのまま、飲み水として取ってあった水に布を濡らし血みどろの肌を拭き始める。
止めるべきかと思ったが、自分でするのは流石に痛いししんどい。
(便利だし、ま、いっか・・・)
面倒やしんどいことが嫌いなリディアはあっさりと任せることにした。
そうして気を抜いたとたん目の前が白くなっていく。
遠くでリオの声を聴いたと思ったが、気づけば意識を失わせていた。
「っ…痛っ」
不意に体が痛み目を覚ます。
「ごめん、姉さま、もう少しだけ我慢して」
リオが心配そうに私を見る。
そこで私はリオに背負われている事に気づく。
辺りは真っ暗だ。
そして目の前の木。
(ああ、そうか私昨日殴られて…)
リオがいつもの隠れ場所の木の上に背負って頑張って登ってくれているのだ。
きっと部屋にいては、このボロボロの体でも無理矢理引き摺り出して重労働をさせようとするだろう。
今までの恨みつらみと大切なものを盗まれた腹いせに昨日だけで足りるはずがない。
(でも、うーむ、背負われていて果たしていいのだろうか?)
リオと関わりはできる限り持ちたくない。
とはいえ、今の状況、体は一日経って余計に痛みが増して動けやしない。
(今は仕方ないよね)
諦めの早いリディアはあっさりとこの状況を受け入れた。
苦悩するというのが嫌いなのだ。
乙女ゲーム主人公の醍醐味、『苦悩』すらあっさり捨て去る聖女主人公リディア。
相変わらずのダメっぷりだ。
「姉さま、十分休めないかもしれないけど、ゆっくり休んで」
枝に私を座らせると心配そうに顔を覗き込む。
「姉さまは眠っていいから、落ちそうになったらちゃんと庇うから安心して眠って」
「・…」
何も言わないリディアを見つめるリオ。
(流石に今日はリセットの気力もないわ)
小さなため息を一つつくと、ふとリオの深緑の瞳の中でもっと濃い黒に近いダークグリーンの影が少し動いた気がした。
(あれ?何か動いた?こんな設定あったかしら?)
この時、もうケガで体力が消耗しきっているリディアは考える気力もなく、考えるのをやめて眠りについたのだった。
その日を境に、リオは驚くほど人が変わった。
あの驚異のチート設定を彷彿とさせるほどに。
そして成長したリオは、乙女ゲームならではの銀髪で深緑の瞳を持つ小麦肌の超イケメンへと容姿も変貌を遂げた。
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