第6話

「ふぁ~」

「!」


 私が起きたのを嬉しそうに、私の座る木の枝のもう一つ上からリオが顔を覗き込む。

 あれからというもの、お前はカルガモの子供か!というぐらいに私の後を付きまとう。

 初めは撒いて逃げていたが、それも束の間、撒いても撒いても見つかりカルガモの子供のように私の後ろをついてくる。


(流石、傭兵の子よね~)


 リオの身体能力の著しい成長は舌を巻く。

 1週間もすれば、私より上手に木を登るし降りるし、私より目敏く、耳敏くなってしまっていた。

 あきらめの早いリディアはさっくりと撒くのをやめ、一緒に朝から木に登りゆっくりする日課となっていた。

 だけど、一緒に居るからと言って脳内消去は忘れない。


(リセーット!)


 見事に平常運転の無表情になると、いつものように本を開く。

 耳にはエリーゼを呼ぶ義妹1号の甲高い声が聞こえた。


(うわぁ~イラついてるな~こりゃ、さらに恨まれてるだろ~な~)


 ターゲット第2号のリオも姿を消したのだ。

 仕方あるまい。

 ただ、新たな問題が出てきた。

 それはリオが姿を消すようになって3日後に起こった。








(うーん、これは…問題ね)


 夕食時の床に転がる固いパンが2個あったはずが1個になっている。

 私の時は義妹の殴りたいという執念から固いパンがなくなることはなかったが、殴りたい対象が二人。

 それにどちらかが殴れればいいとなれば固いパンが1個で十分と考えたのあろう。

 しかも働かない奴隷となれば当然の対処だろう。

 あと私には義母の怨念という名の執着がまだある。

 だがリオに対してはない。

 この執着の分、パンが無くなるということを辛うじて回避できたという所か。


(さて、どうすべきか)


 当然パンは自分が食べる気でいる絶賛リオ脳内消去中のリディアだが、パンがどうのこうのではないのだ。

 問題はリオが食べ盛りということ。

 破格クッキーを食べる量が最近増えている。

 パンがなくなれば破格クッキーの食べる量が更に増えることになる。

 金銭的にとても問題だ。


(せめて火の魔法が使えたらなぁ~)


 家族の食料を盗むとしても量があるものでないとバレてしまう。

 となるとジャガイモとかそういったものになるが、生野菜は火を通さないといけない。

 流石にろうそくの火では難しいだろう。


(仕方ない、交互にいこう)


 二日に一回食べればいいかと、なんたって主人公は死なないしとリディアは決断する。


(お金は大事よね)


 いずれ家を出た時を考え、ほんのわずかずつではあるがお金もためている。

 リディアにとっては、何を措いてもお金は最優先だ。

 手を出さないでいると、リオが先に固いパンを手に取る。

 それを見届けると、屋根裏部屋へと向かった。






バリ・…バリ…


 本を片手に破格クッキーを噛み締めながら食べる。


(やっぱりこれだけだとキツイわね、リオの食べる分も考えると3枚が限界か…)


 リオが食べる枚数も頭に入れて計算したリディアは内心ため息をつく。


(重労働は嫌だけど、水を汲んで隠しておこうかしら)


 水の分、腹の足しになるかもしれないと考えに耽っていたところで目の前にパンが半分差し出される。



「ね、姉さま、の」



「・…」


 脳内消去中のリオに話しかけられ、一瞬硬直する。

 そしてまたリディアの頭が高速回転するが速攻で結論を出した。


(リセーット!)


 何も言わず本を読み続ける。


「……」


 リオはパンをそのままに、黙々とまた黙って食べ続けた。






 次の日は早速、街のゴミ捨て場を歩き回って飲み水を入れる入れ物をゲットし、水汲み場で綺麗に洗うとそこに水をため持って帰った。


「うん、高さも丁度ね」


 水を入れた入れ物がベットの下に入るか確認を済ますと、もちろん容赦のないリディアは自分のとして今日はゲットしたパンを手に取る。


 昨日残したパンがまだ机の上にあった。

 結局リオは食べなかったのだ。


(ふむ、そうね、半分残しておけば明日も食べられるのよね)


 最初から半分こにしておけば問題ない話なのだが、リオ脳内消去中のリディアにはその発想が一つもない。

 自分のパンを半分にちぎると、布に包みベットの下に隠す。

 そして、いつものように盗んだミルクに浸し食べだす。


「あ…の…」


 その様子を見ていたリオが机の上のパンとリディアを交互に見ながら声を掛けてくる。

 もちろん脳内消去中のリディアはまるっと無視を決め込む。

 とことん最低な聖女がそこにいた。

 そんなリディアにリオはじっと何かを考えるように俯くといつもの席に着く。


「…姉さま…もらう…ね」


 そういうと、昨日リディアに渡した更に固くなった半分を手に取り食べだす。


「・…」

「・…」


 いつものように静かな部屋に咀嚼音だけが響く。

 そして今日汲んできた水を飲もうとしてハタッと気づく。

 ベットの下に入るようにと少し浅めの大きい容器は、部屋にある水入れを入れると零れてしまう。


「…コップ、必要…だね」


 リオがその様に思わず口にする。

 そして急いで自分の口を押えた。

 いらない事を言ってしまったというように怯えるが、絶賛脳内消去中のリディアはまるっと無視。

 それよりも今飲めないことが重要だ。

 今日は水もあると思って昼間にミルクを先に飲んでしまった。

 パンを食べ終えた後の破格クッキーは固くパッサパサなのだ。

 今めちゃくちゃに喉が渇いているのだ。


「・…仕方ないわね」


(はしたないけど…)


 そっと、水の水面に口をつけて飲む。


「ぷはーっ生き返ったー」


 口についた水を腕で拭いつつ、喉が潤ったことに安堵の息を吐く。

 それを見ていたリオが水を見つめる。


「ね、姉さま、僕も頂いてい…頂きます!」


 リオもリディアと同じく破格クッキーで水を強く欲していたようだ。

 同じように口をつけてゴクゴクッと気持ちいい音を鳴らして水を飲む。


「はぁ~…潤った…」


 思わずまた口にした事にリオが慌てて口を噤みリディアを見る。

 もちろんまるっと無視を決め込むリディアは安定のマイペースで既に本を読みふけっていた。

 その様子を見て、何かを決意するようにリオが手を握りしめる。

 そして水をそっとベットの下に片付けると、リディアの横に座る。


「ね、姉さま、明日、コップ…探しにいきましょう?」

「……」


(な、何?!急に話しかけてきた?!)


 内心焦りつつも、リディアはリセットモードの無表情のまま本から目を離さない。


「…ち、小さめのコップがいいですよね?」

「・…」


(どうしたの?一体??)


 動揺を見せまいと心の中でリセーット!リセーット!と呪文のように繰り返すリディア。

 そんな彼女にリオは言葉をやめない。



「水が…零れちゃいますから…ね、姉さま」

「……」


 もちろん、リセーットを繰り返すリディアは返答しない。

 そんなリディアをリオは目をクリッとさせて輝かせる。


「ね、姉さま、明日は二手に分かれましょう?」

「・…」

「僕、場所覚えてます!一つ気になる場所があるんです」

「・…」

「あ、今日、通った道の途中でパン屋がありました!パンの耳くれるかもしれません」

「・…」

「エリーゼさん、明日ミルクを買ってくるそうです!またミルク調達しないとですね」

「・…」

「あ、僕、明日姉さまの分もミルク調達してきます!」

「・…」

「それと―――――」


 そこから喋る喋る。

 リオの言葉が止まらない。

 それをまるっともちろん無視するリディアを気にも留めず、その日は眠りにつくまでしゃべり続けた。


(一体、どうしたんでしょう?何か拾い食いでもしたのかしら?)


 いきなりリオがスイッチが入った玩具の様に喋り出したことに驚いたが、もちろんまるっと無視を決め込もうとサクッと決断するリディアだった。

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