六角堂 最強妻お絹の登場
舞台は変わって京都の頂法寺は六角堂、長右衛門の妻であるお絹が神仏にお百度参りをしています。
「わが思う心のうちは六つの角、ただ丸かれと夫婦仲」
夫婦円満ねぇ。長右衛門って、かなりのダメ人間なんじゃ……と先ほどから思っている私の方は心のうちは六角どころか、もうハリセンボンです。
お絹の後ろからついてくる怪しい男。こいつはお絹の義弟になる儀兵衛。
長右衛門が主人をつとめるこの帯屋、人間関係がちょっと複雑なので書いておきますね。
帯屋の先代主人にして長右衛門の養父が繁斎、この繁斎のもとに後妻に入ったのがおとせ、その連れ子が儀兵衛です。
おとせと儀兵衛母子は長右衛門を蹴落として帯屋の主人の座を狙っています。ドロドロの家族関係ですな。
さてお百度の途中のお絹を呼び止めて、何をそんなに一生懸命祈っているのか聞きだす儀兵衛。
しれっと夫婦円満、繁斎おとせ夫婦のお心に従えますようにと答えるお絹。
如才ない答で頭のいい嫁さんですなあ。こんな家庭環境の下で小娘に手を出してる旦那には惜しい気がしてきた。
教科書通りの回答に「さすがは義姉さん貞淑だなぁ、いくら俺が口説いてもつれない返事しかくれない訳だ」
うわあ……この儀兵衛は儀兵衛で兄嫁に横恋慕している、この話にはまともな男が出てこないのか。
「でも、いくら義姉さんが貞淑でも兄貴は芸子遊びに飽き足りず、隣のお半ちゃんまで傷ものにしたっていうぜ、ほれ証拠もここに」
うそぶく儀兵衛は手紙をひらひらさせる訳ですが、もうそこまで噂は広がっているのかよ。
手紙の内容はお半から長右衛門へのラブレター「長さま参るお半より」
お隣同士でこんなものやりあってれば、いずれ噂にのぼりますよ、危機管理甘すぎ。
とは言え、お半はまだほんの子供です。悪いのは全部お絹の旦那、長右衛門最低ですね。
「まさか、うちの人が年端もいかないあんな子に手を出すなんてありえないでしょ、でも一応手紙は確認させてね」
「素直に渡すわけないだろ、まずは義姉さんに俺の言うことを色々と聞いてもらってから……うへへ」
儀兵衛は義姉にぴったり迫って脅迫です。だんだんこのお話にR18をつけた方が良いのじゃないかと迷ってきました。
「いやっ、こんなところじゃ!」と儀兵衛を突き離すお絹。儀兵衛は悲鳴を上げて逃げて行きます。
えーとなにこれ。
このお絹さんのアドリブ力、窮地になればなるほど頭が冴える能力は怖いくらいです。
『伊藤カイジ』とか『森田鉄雄』もびっくりの対応。
まず自分の夫が隣家の娘とただならぬ関係にあるなんて言われたら、普通は頭が真っ白になりません?
それなのに、まず手紙を見て事実の確認。そして儀兵衛に無理やり迫られた今でも「ここではいや」ですよ。いざとなれば後日場所を変えて手紙を取り返すくらいの算段はしているはず。
このお絹の頭の良さはこの後も続きます。
儀兵衛がいなくなった六角堂に都合よく登場するのが丁稚の長吉。
今度はお絹の方から、しめたとばかりに長吉に近寄っていきます。
ちょっと水を向けてやると、べらべらと石部宿で自分が覗いた情景をお絹相手にしゃべり始める長吉。セクハラ小僧め、お前が噂の火種かよ。
一通りの話を聞いたお絹さん、長右衛門の不倫がはっきりして泣くか怒るかと思いきや。
「わたしに良い考えがあります。長吉あなた、お半さまが欲しいんでしょ?」
なんと目撃者長吉の抱き込みにかかりました。
同じようなセリフを口にしても、お絹はコンボイ司令官百人分以上に有能です。
「私の言うとおりにしていれば、お半さまはあなたのもの。あ、これ当面のお小遣いね」
石部の宿で書いた通り長吉の行動原理は色と欲です。これを素早く鷲掴みにするお絹さん。
一方の長吉は正宗を盗み出したあの度胸はどこに行ったのか尻込み気味。
そこで現金まで渡して、お絹は長吉を共犯者に引き込んでしまいます。
いやはや長右衛門みたいなダメ人間にこんな出来た嫁さんがいるなんて、世の中不公平と言うのか却ってバランスがとれているというのか迷うところで、舞台は長丁場の帯屋に入ります。
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