【創作論】鬼滅の刃に見る殺人の是非

水原麻以

鬼滅の刃に見る殺人の是非

「なぜ殺人はいけないのか」

この単純な命題に宗教家、哲学者、学者、作家など大勢が挑み答えを出せないでいる。

当たり前だ。

偽善者はは道徳や倫理を持ち出してくる。

「誰だって自分は殺されたくない」「愛する人を護りたい」「失われた命は戻らない」「殺してはいけないからだ」等々

そして偽善者でない者は性悪説や動物本能に頼ったり、あるいは【安直に】戦争を持ち出す。

喰うか食われるか、殺るか殺られるか、極限状態で説明しようとする。

そして最後にこう締めくくる。「人を殺してはいけないなんて戯言だ」と。


笑止である。では、逆に訊きたい。今を生きている全ての人に問いたい。

誰も答えられないと思う。警察がいるから、治安が良いから、刑法があるから、人を殺してはいけないと道徳で教えられたから…。


そんなところだろう。

戦争を持ち出した人にも聞きたい。極限状態なんて人それぞれである。

いったい【どこの誰が平時、非常時を決めるのか】

借金の返済に追われたり、暴漢に襲われたり、生活保護を断られたり、うだつの上がらない自分の不甲斐なさをにしたり、交際相手に逆恨みしたり、気に入らないタレントをテレビから消したいと願っていたり。


とにかく【臨戦態勢】にある人物は平時でもいる。


があろうがなかろうが、【包丁を握る奴は握る】のである。

いいかえれば、殺人鬼にとって他人の生殺与奪は【主権】なのである。


● では、結局、人を


絶対的な答えはない。その時代、その地域、その社会を支配する価値観に左右される。条件が整えば人間を殺してよいという解もありえる。


生殺与奪の善悪は【コストパフォーマンス】で決まる。


鬼舞辻󠄀 無惨は鬼の始祖たる男である。元は平安時代の貴族である。なりゆきで鬼になった。

彼にとっては人を喰らわずに生きていくコストは非常に高い。逆に鬼にとって人間の命は非常に安い。なぜなら鬼を作り出すコストは人間より高いからだ。

だから、人を平気で殺める。いや、必然で殺める。


いっぽう、人間社会にとって鬼は人口を減らす害悪でしかない。

殺人はいけない事であるが、人を喰らう鬼など百害あって一利なし。

鬼殺隊を繰り出すコストを払ってでも【鬼を殺す】

鬼が死んで地獄に落ちようが落ちまいが関係ない。

また素性が人間であろうが関係ない。

放っておけば人類社会を喰らい尽くしかねない鬼を放置するコストより殺してしまう方が安上がりなのだ。


ここで安っぽい創作者はお涙頂戴の救済策を提示する。

しかし、鬼の放置が害悪であるという非経済を修正できない限り、共存共栄は不可能だ。


● では、人間社会はどうか

最貧国と呼ばれる地域がある。長引く戦争で社会インフラや製造業は破壊しつくされ、難民が攻撃に怯え、女子供が飢えや病気に苦しみながら死んでいく。

なぜ、そのような殺人が許されているのか。

【コスパが良いからだ】

理由はさまざまだ。大国間の思惑、宗教対立、武器商人、経済権益。

複雑な事情が絡み合い、【人命のコスト】が安いから平気で人が殺される。


翻って日本はどうか。

人をひとり殺めたら計り知れない

現代の日本においてゼロ歳児を健康で文化的な二十歳に成人させるとして生活費、学費、雑費込みで一人三千万円から五千万円はかかると言われている。

これは諸経費のみだ。さらに一人の人間を立派に育て上げるまでの労力、時間を加算するととんでもない金額になる。

さらにその人間が稼ぎ出す生涯収入は平均一億円では済まないだろう。


べらぼうにコストが高いのだ。

だから、簡単に人を殺めようと誰も思わない。

いるとすれば先述した鬼の始祖のごとき【切羽詰まった】【殺人のコスパが良い】と考える愚か者だろう。

そんな【他人の生命コスト】を軽んじる人間がどんな目に遇うかは明らかである。


もし、もし仮にだ。殺人許可証と被害者に対する損害賠償の免責事項が出来たとする。



このような地獄のマーダーライセンスが発行されればたちまち日本社会は戦火の絶えない最貧国のような荒んだ状況に落ちぶれるだろう。


また、そのような趨勢を選ぶ選ばないも不特定多数の自由だ。

言い換えればコストパフォーマンスの追及に他ならない。


幸いなことに現在の日本は【人命のコスト】がまだ高いようだ。


● 総括 人類はなぜいまだに【同士討ちによる自滅】を免れているのだろうか


【人を殺めてはいけない・結果的に高くつく】という【不可視の決定力】が、そう選択している。


まとめよう。


人をなぜ殺してはいけないのか? 殺しても良いがコスパが悪すぎる。

● でも殺人はダメだ。人が平気で殺される社会はどうただせばいい?


答えはもう出ている。あの手この手で人を殺めるコストを莫大にしてしまえばいい。

現代の日本において殺人の最高刑は死刑である。自分の命を賭してでも他人を殺めたい、そんな狂った願望を持つ人物は数えるほどもいないだろう。


そのように人を導くよう社会が構築されている。


なお、現代の日本において人を殺める利益うんぬんの前に

【日本国民はだれでも平等に最低限度の文化的生活を営む権利がある】

【犯罪による処罰など法で定められた場合を除き、奴隷的な苦役を与えてはいけない】

という法的な枷がある。なぜこのようなルールが定められたのか。

トータルで考えてコスパが良いからである。


日本に在住する者は人を殺めてはならないのである。

ここは戦場でも大正時代も無い。

令和の日本国である。




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