第97話 「あの時はありがとうございました!」

「たーすーけーてー!にゃー!」


「ジュンちゃーん!にゃー!」


「ティータも見てないで助けろー!にゃー!」


「やっぱりお前ら反省してないだろ!」


 更に火に油を注ぎつつ、アイシスさん達はリーランド団長に連行されて行った。


 助けて欲しいなら止めればいいのに。

可愛いと思いますけどね、にゃー。


「あ、あー…そうだ、魔帝殿!」


「あ、はい。何でしょう?」


「わ、私はな!可愛いと言われるのは好かん!」


「あ、そこから聞いてたんですか」


「ほ、褒めるなら美しいとか美人とか大人っぽいとかにして欲しい!で、ではな!」


 無理です。

美しいとか美人とかはまだしも。

大人っぽいはどうしても本心から言えそうにありません。


『ジュン様の好みはもっとメリハリの効いたボディラインですしね。にゃー』


 そういう事じゃないよ、ノルン。

それにノルンも真似してる辺り、本心から言ってないでしょ、それ。


 ところでいつまで影に入ってるの?


「ジュン様。そろそろ行きませんと」


「協力してくれる冒険者に御礼と激励に行くんですよね?」


「あ、ああ、うん。ティータさん、ラティスさん、失礼します」


「はい」


「また後でね、ジュン君」


 父上に頼まれた事だ。

公爵家の人間として、領地を守る事に協力してくれる冒険者達に礼と激励をするように、と。


 依頼をして雇っているのだから必要無いんじゃって思われそうだけど、これをするしないで印象が大きく違うらしい。


 ボクもやった方が良いとは思う。

激励は上手く出来るかわからないけれど。


 向かうのは冒険者達用のに建てられた天幕だ。

そこで仕事の内容をミゲルさん達が説明している筈。


「ーー以上だ。何も質問が無ければ行動に移ってくれ」


 丁度説明が終わったとこだったらしい。

集まった冒険者達は五十ニ名。


 一部は森の偵察に行って貰い、残りは見張りに付いて貰う。


 さて…パーティー事に別れて相談してるし、一つずつ話しかけて行くかな。


「お?来たのか、ジュン…様」


「うん。父上に代わって冒険者達に御礼と激励をしにね」


「そっか。礼を言う言わないで印象が違うもんな」


「じゃ、私達も一緒に……あら?」


「あ、あの!」


「お、お久しぶりです!」


「君達は…」


 …誰だ?

お久しぶり?見た所ボクと同い年くらい。


 冒険者の知り合いんて居ないけど…いや、何か引っかかるな。


『この人達はまだアイシスさんがジュン様の身体を使っていた時に、初級ダンジョンで助けた三人組の冒険者パーティーです。「女神の使徒」という冒険者パーティー名の』


 あ、あー…そんな事言ってたね。

そっか、あの時の話に出てたのが彼らか。


「えっと…もしかしてダンジョンで会った。『女神の使徒』だっけ」


「は、はい!そうです!」


「あの時はありがとうございました!」


「ああ、あの時の」


「大きくなったわね。流石成長期」


 確かダンジョンに入ったのは去年の話だったか。

ボクも約ニ年半年ぶりに自分の身体を見て、背の高さに

結構驚いたな。


「ところで今、此処に居るって事は…」


「は、はい!偶々近くの街に来てて!」


「グラウバーン公爵家が依頼を出してるって聞いて受けたんです!恩返しのチャンスだと思って!」


「うん?あの時、俺達は何処の誰か名乗らなかったろ?」


「はい。でも…」


「街に帰ってから他の冒険者に聞いたら、それはジュン・グラウバーン様じゃないかって、皆言うから…」


「考えてみたらメイドと騎士を連れてる時点で貴族様だって気付くべきだし…」


「だからあの時と違って敬語なんだな」


「ところで、そっちの子はどうして喋らないんだ?」


「あ、こいつは…」


 ボクも疑問に思ってた。

さっきから喋っているのは少年二人。

一緒に居る少女は一言も喋ってない。

彼らの言葉に合わせて頭を下げたり、頷いたりはしてるのだが。


「ちょ、ちょっと人見知りなとこがあって」


「き、気にしないでください」


「……」


「「「ふぅ〜ん?」」」


 嘘だな。

彼女が喋らないのは何か理由がある。

話したく無いのなら追及はしないけど。


『……あの子、やはり…』


 ん?彼女の事をノルンは何か知ってる?


『…いえ。なんでもありません。ノルンの勘違いです』


 いや、気になるよ。

そんな呟きを聞いたら。良いから言いなさい。


『…あの子はもしかしたら、ヒッター準男爵の御令嬢かもしれない、と』


 ヒッター準男爵?

確か…王国の最東端の街、ボアズの代官を代々任されている貴族家。


 グラウバーン家の家臣家の一つだ。


『ジュン様とノルンの一歳下で…王都の初等学院に通っていた筈です。ただ、殆ど喋らない子だそうで…教師とも必要最低限の会話ですませていたとか』


 ふうん?昔から無口だった、と。


『いえ、昔はそんな事は無く…明るく活発な子だったと噂で聞いてます。ある日突然、無口な子になったと』


 ふむ…何か理由があって喋らないでいるって事か。


『その子がヒッター準男爵家の御令嬢なら、ですが。ただ彼らはダンジョンの近くにある村の出身だと言ってました。ヒッター準男爵が代官を務めるボアズとはかなり離れています。だから違うのでは無いかと』


 それが本当の話なら、という事だね。


『…はい』


 ふむ…あれ?

でも、ヒッター準男爵に娘なんていたっけ?

息子しか紹介された覚えが無いんだけど。


『あ…確か彼女は正妻の子でも側室の子でもなく、愛人の子だとか。母親は騎士だったので、一応は純血の貴族ではあるのですが…』


 家では居ない者として冷遇されていた、とか?


『冷遇とまでは。ただヒッター準男爵夫人達は当主様が彼女を正式な自分の子として扱うのには良い顔をしなかったとか』


 だから主家の次期当主であるボクには紹介しなかったし、学院では接触しないようにしていた、と。


 …彼女の名前は知ってる?


『ヘレナ・ヒッター、です。彼女がヒッター準男爵の御令嬢なら、ですよ?』


 わかってるよ。例え本当に彼女がヒッター準男爵の娘だとして、本名を名乗るとも思えないけど一応聞いておこうか。


「ジュン様?どした?」


「さっきから黙っちゃって」


「いや。君達名前は?ボクの事は知ってるみたいだけど」


「あ、はい!俺はペテロです!」


「俺はシモンです」


「…ヘレナ、です」


 …普通に名乗った。

どうやら彼女は本当にヘレナ・ヒッターらしい。


 いや、偶然同じ名前なだけの可能性もあるか?

でも、そんな偶然…


「…君達はどういう関係?幼馴染み?」


「え?いや…幼馴染みと言えばそうですけど…」


「俺とシモンは双子の兄弟で、ヘレナは従兄妹なんだよ。あ、なんです」


「へぇ?双子」


「に、しちゃ…全然似てないな」


「アハハ、よく言われます」


 …従兄妹?

ならこの双子も貴族?

いや、母方の親戚なら平民か?


『母方の親戚関係までは把握してません…ですが嘘を言ってる気配はなさそうです』


 それは確かに。

だけど、自分からヒッター準男爵の娘だと名乗る気はなさそうだ。


『ですね…どうされますか?』


 別にどうにも。

向こうから話してくれるの待つ、でいいだろう。


 何とかして聞き出さないといけない理由もないし。


『…流石にジュン様がヒッター準男爵家が仕えるグラウバーン家の嫡男である事は知っているでしょうし、そのジュン様に本名を名乗ったのです。バレても問題無いと思ってはいそうですが…』


 ああ、いや。

ボクは家名を名乗らない理由より、彼女が無口になった理由が知りたいけどね。


『そっちですか?』


 うん。そっちこそが、彼女が抱えてる最大の秘密な気がする。無理に聞き出すつもりは無いけれど。


「それじゃ!そろそろ行きます!」


「頑張って見張りします!」


「あ、ああ、うん。ありがとう、頑張って」


「……」


 ヘレナ嬢も頭を下げてから双子に付いて行った。

無口になった理由はやっぱり気になるけど…まあいい。


 どうしても知る必要が出た時に聞けばいいだろう。

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