第73話 「もう一度言ってくれる?」

 ファーブルネス帝国皇帝ゲオルギウス陛下が急死した日柄五日後。


 今日が葬儀…国葬の日だ。


 場所は帝国の城、謁見の間。

そこに祭壇を用意し、皇帝陛下が入れられた棺が置かれている。


 棺の周辺には皇族が並び、神の子教の大司祭が中央に居る。


 参列者は棺の前で跪き、祈る。

そして白バラを棺に入れる。

最後にもう一度、祈りを捧げて退室…謁見の間から出る。


 これが帝国の国葬、一連の流れらしい。

私達のように国を集団で参列している場合は、代表者のみが花を入れる。

そうじゃないと棺から溢れてしまうからだそうだ。


 というか、これ一日で終わるの?

もの凄い人数が集まってますけど?


 私達は今、謁見の間の前で順番待ちをしてるんだけど、同じように待機してる人が一杯居るし、城の前も人で溢れてる。


 別の場所で待機してる人も居るらしいし。


「これでも厳選して減らしている筈よ。どうしても外せない人だけ選んで、この人数なんでしょ」


「うへぇ…私達は最後まで待たずに帰っても?」


「いい筈無いでしょう…」


 ダイナの愚痴にティータが呆れ気味で返答する。

いや、ダイナの気持ちはわかるよ。私も帰りたいし。


 でもなぁ…


「私達の任務の一つに、アヴェリー殿下の監視と護衛があるのよ?アヴェリー殿下を放って帰るわけに行かないわ」


「ですよねー」


 まぁ、私達が居なくても大丈夫だと思うけどね。

今日、エメラルダ様が連れていた二人。

一見、只の執事とメイドだけど…多分、黑天騎士団の団員だし。


「アデルフォン王国代表の方々。どうぞ」


 私達の順番が来たみたいだ。

エメラルダ様を先頭に皆が続く。

勿論、ジュンも一緒だ。


 だけどノルンは認められなかった。ノルンも一応、喪服を用意していたけど、今は使用人用の控室で待機中だ。


「(何か第一皇子がこっち見てるよ)」


「(アイシスを見てるんでしょ。目を合わせてあげたら?)」


「(絶対やだ)」


 アレは少しでも構ったら勘違いするタイプだ。

今日は一切関わらずにおくつもりだ。

ジュンもそう言ってたし。


「(第一皇女もジュンちゃんに熱視線送ってるねぇ)」


「(ジュン君も華麗にスルーしてるね。私がジュン君にスルーされたら泣いちゃいそうだよ)」


「(ダイナはそこまで繊細じゃないでしょ。そろそろお喋りはやめなさい)」


 エメラルダ様が花を棺に入れて戻って来た。

そこで改めて並んでいる皇族の面々を見た。

あ、第一皇子は除外して。


 左端に居るのが皇妃ジーナ・ジャネット・ファーブルネス。時々、ハンカチで目元を拭ってる。

銀髪で目元にホクロがある。

何となく、私のママに似ている。


 皇妃の右隣に第一皇子。第一皇子の後ろに皇子の妻が二人。第一皇女と続いて四番目に居るのが第二皇子。

ハリー・ハインリヒ・ファーブルネス。

男性としては長めの髪にメガネを掛けてる。

第一皇子曰く、ゲオルギウス皇帝のお気に入りで、おべっかが上手い人物。

だけど見ためじゃそんな印象は受けない。

ただ真面目そうな人って感じだ。


 そして最後に第三皇女のアヴェリー殿下。

グラウハウトで見た時は感情が死んでるようにしか見えなかったけど…


「(引き続き感情が死んでるっぽいね)」


「(そうみたいね…行くわよ)」


 最後の御祈りも終わって退室。

アヴェリー殿下の表情が死んだままなのが気になる。

大丈夫なのかな…ん?


「(アイシス?どうかした?)」


「(何か大司祭から妙な視線を感じる)」


「(ほんとだ。何か見てるねぇ)」


「(アイシスはモテるねぇ。第一皇子の次は大司祭?)


「(因みにその第一皇子の妻達も見てるよ。嫉妬混じりの眼で)」


「(どっちも嬉しくなーい)」


 結局、謁見の間を出るまで大司祭は私を見てた。

何だろう?見られる心当たりが無い。


「アレじゃないの?称号」


「…あぁ。でも、誰にもバラしてないし、ステータスボードにも非表示にしてあるぞ?」


「それでも見れるようなアビリティを持ってるか、そういう魔法道具を持ってるって可能性はあるわね」


「そんなのあるの?」


「どっちも希少だから持ってる人は少ないけどね」


「ならアイシスの事がバレてるかもしれないんだねぇ。どうすんの?」


 どうするって言われてもなぁ。

現状じゃ何も出来る事は無さそう。


「さて…この後はどうするの?」


「一旦、控室で待機。参列者全員の献花が終わったら、謁見の間に入れるだけ入って、そこで次代皇帝から参列者に挨拶と謝辞を述べて終わりよ。私達以外の参列者はね」


「…というと?」


「皇族はその後、棺をお墓に入れる作業が残っているから。そこまでは第三皇女も参加するから私達はそれを待たないといけないわ」


「「「うへぇ…」」」


 面倒くさいなぁ、もう。

殆ど最後まで付き合わないとダメって事じゃん。


「失礼。アデルフォン王国の剣帝、アイシス・ニルヴァーナ様とお見受けします」


「はい?あ、はい。そうです」


 控室には他の参列者…アデルフォン王国以外の国の参列者も居るんだけど、その内の一人か話かけて来た。

見た感じ、何処かの国の貴族だ。


「私はカルチャゴ王国から王の代理として来ました、シーワード伯爵です。以後、お見知り置きを」


 カルチャゴ王国…ええと、確かファーブルネス帝国の西隣にある国だったか。


「剣帝殿のご活躍は我が国まで轟いていましてな。私も剣を嗜む身。是非お会いしたいと思っていたのです」


「はぁ」


「今日は国葬の場である故に、顔繋ぎに留めておきますが、我が国に来られた際には私の屋敷まで来てください。歓迎いたしますので。それでは」


「…はい。その時はよろしくお願いします」


 多分、カルチャゴ王国に行く事があったとしても。

その時には忘れてると思うけどね。


「いや、ほんとモテるね、アイシス」


「剣帝になるって、やっぱり注目されるんだねぇ。団長も剣帝になれば結婚出来るかもしれませんよー?」


「大きなお世話よ!レティ、そんな悪い事言うお口は――」


「あ、団長。ジュンちゃんがナンパされてる」


「ぬぁんですってぇ!」


 何ぃ!?……いや、オジさんじゃん。

さっきの何とか伯爵と同じで挨拶でしょ。


「そうでも無いんじゃない?だって、ほら」


「あ。女のコも居た」


「うちの孫娘です。婚約者にどうですかーって流れでしょ」


「流石に葬儀に参列してる身でそんな事言わないでしょうけど…狙いはそこでしょうね」


 何て非常識な奴ら!流石にこれは放っては…ん?


「失礼、アイシス・ニルヴァーナ様ですね?私は――」


 また来たか!ああ、もう!面倒くさいな! 


 結局、再び謁見の間に入るまで話し掛けて来る連中が途切れる事は無く。


 第一皇子の挨拶も終わって、皇族が棺をお墓に入れる事に。その時ばかり他人は近寄れず。


 私達は離れるしか無かったのだが。そこで事件は起きた。


「え?ティータ、もう一回言ってくれる?」


「アヴェリー殿下が何者かに誘拐されたらしいわ。状況の説明をするから私達も参加するようにとの事よ」


 アヴェリー殿下が…誘拐された?

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