第72話 「大丈夫です。何も問題はありません」
「葬儀に参列するのに必要な物って何があるっけ」
「喪服と…花だよね」
「王国だとそうだけど、帝国も同じなのかな。ティータは知ってる?」
「同じよ。花は白バラね」
「…何故、ボクの部屋に集まってるんです?」
帝国から戻った日。
ゲオルギウス皇帝が亡くなった事を報告すると、予想通りに陛下はボク達に葬儀に参列するように言われた。
王国に戻ってるんだから、他の誰かに代わって欲しかったという気持ちもあるけれど。
そして翌日、何故かアイシスさん達はボクの部屋に集まって相談中だ。
「まぁまぁ。気にしない気にしない」
「どうせ将来は私達夫婦の部屋になるんだしー」
「いつそんな事が決まったんですか!」
「怒らない怒らない」
「その時はノルンちゃんも一緒なんだしー」
「ノルンは認めませんよ!」
ほんとに。いつそんな事が決まったのやら。
冗談なんだろうけど。本気で言ってそうな気もして怖い。
「それより、ジュン。第三皇女には伝えたの?」
「これからです」
亡くなられたゲオルギウス皇帝はアヴェリー殿下の父。
本来なら人質であるアヴェリー殿下は葬儀に参列出来ないのだが…陛下の恩情により一時帰国が認められた。
「大丈夫ですか?父親が亡くなった事を伝えるなんて…私が代わりましょうか?」
「…大丈夫です。お心遣いありがとうございます、ティータさん」
今日は父上は領内の視察に周っていて居ないし、アイシスさんの御両親も同行してる。
なら、此処はボクが伝えるしかないだろう。
「…そうか。お父様が…」
「心中お察しします」
ララさんとリリさんによるいつもの手順があった後、騎士モードになったアヴェリー殿下に父親であるゲオルギウス皇帝が亡くなった事を伝えた。
もっと取り乱すかと思ったけど、落ち着いて事実を咀嚼してるようだ。
「…お父様は無類の酒好きでな。以前から控えるように言っていたのだが…どうせ敗戦後から酒量が増えたのが原因なのだろう」
「御仕事中も飲んでおられましたからね」
「飲んでも顔に出ないからって、ガブガブと。バレないわけないのにね」
「でも…とても良い方でした」
「…そうね。度が過ぎた酒好きってとこ以外は…ね」
「…お父様」
…第一皇子と第一皇女は辛辣だったが、アヴェリー殿下達はそれなりに慕っていたらしい。
落ち着いているのは、無理をして堪えているだけか。
「…後でまた来ます」
「いや、気遣いは無用だ。大丈夫、話の続きをしようジュン殿」
「よろしいのですか?」
「うん。まだ何かあるのだろう?」
「…国王陛下から御父上の葬儀に参列する許可が下りました。葬儀は四日後です」
「そうか…アデルフォン国王には感謝申し上げよう」
「…ただし、白天騎士団の護衛と監視が付きます。そこはご了承ください」
多分、黒天騎士団も数名ついて来るだろうけど、それは言わないでおこう。
「仕方ないだろうな。人質の姫が一時的でも帰国出来るのだ。監視が付くぐらい我慢せねばな」
「あ。でも…アヴェリー様?」
「何だ?ララ」
「喪服はどうするんですか?」
「ん?当然着るが?」
「「あ」」
「御二人も気が付きましたか。そう!アヴェリー様は鎧を脱ぐと通常モードに戻る!つまり喪服を着ている時のアヴェリー様は極度の人見知りで引きこもりでヘタレになる!そして大勢の人が参列してる皇帝陛下の国葬に参列するなんて不可能!光の速さで引きこもるに違いありません!」
…そうなるんだろうなぁ。どうしよう。思わぬ落とし穴が。
「ララ…お前、主に対してもう少し配慮とかないのか」
「いっやぁ、そうは言ってもですよ、アヴェリー様。実際問題、どうにかしないと。アヴェリー様が葬儀に参列する事は不可能ですよ」
「うっ…」
「…鎧以外に何か無いんですか?騎士服ならセーフとか」
皇族が騎士服で葬儀に参列するなんて聞いた事が無いが、冠婚葬祭に仕える騎士服もある。
アヴェリー殿下は事情が特殊であるし、無礼にはならないはず。
少なくとも、人見知りな性格が災いして葬儀をボイコットするよりは。
「無いですね。騎士服は昔試しました」
「他にも色々…ですが鎧を着た時だけでしたね。騎士モードになるのは。ほんとに厄介でめんどくさい人です。どうしてこの人が主で命の恩人なのでしょう」
「私も、なぜお前達が私付きのメイドなのか疑問に思うよ」
「ボクは納得してますけどね。凄く納得の組み合わせです」
うちのメイド達も曲者揃いですけど。
アヴェリー殿下を扱えて、アヴェリー殿下の傍で働けるのはこの二人くらいだろう。
逆に、この二人を傍に置けるのもアヴェリー殿下くらいで。
…メリーアンならいける気もするけど。
「兎に角。四日後の葬儀までにどうにかしなければなりません」
「今日を含めて実質三日だけだよ?たった三日で、この超絶ヘタレ根性無皇女をどうにか出来るの?」
「誰がヘタレ根性無だ!」
「アヴェリー様ですよ。…三日しかありませんが、何とかするしかありませんね」
「何とかって…何するんですか?」
「荒療治しかありませんね。ジュン様も御協力をお願いします」
「あ、辞退します」
「何故ですか!」
何故も何も。巻き添えで大火傷する予感しかしないですもん。
ボクの危機管理能力が警鐘を鳴らしてます。
「大丈夫です。ジュン様には役得しかありません。ジュン様はアヴェリー様を見て、触って、弄ぶだけでいいんです」
「どこが大丈夫なんです?」
見るのはセーフで、触るのもギリギリセーフだとしても。
弄ぶのはダメでしょう、どう考えても。
「で、ララ。結局何をどうするつもりなの?」
「それはですね…取り合えず、アヴェリー様」
「な、何だ?」
「全裸になりましょう。そして城内を練り歩きましょう」
「は?」
は?何言ってるの、この人。
「さ、早く脱いでください」
「ま、待て待て。私の人格を矯正しなければならないというのはわかる。だが全裸で歩くというのは何だ」
「一種のショック療法です。要するに、通常モードのアヴェリー様は他人に見られるのが恥ずかしいのでしょう?他人から自分がどんな風に見られているのかが気になって、恥ずかしい。ならばいっそ、自分の一番恥ずかしい姿を他人に見せてしまえばいい。そしたらもう何も恥ずかしくない。大手を振って外を歩けます!」
「「いやいやいや」」
そんな羞恥心をドブに捨てるようなやり方…別の意味で外を歩けなくなるだけじゃ?
「もっと別のやり方があるだろう!」
「えーいつべこべと!穏やかな手段を取っている時間は無いんです!やりますよ、姉さん!」
「…はいはい」
「え、おい!ほんとにやるのか?ま、待て、あっー!」
そして三日後。
メイドのララさん主導の下、行われたアヴェリー殿下矯正計画。
その成果は……
「………」
「フッ…どうですか。完璧でしょう?」
「そう…でしょうか?」
確かに、普通の服を着て外に出てますけど。
眼が死んでません?感情が一切感じられませんけど?
「ホントに色々やったもんね…アヴェリー様相手じゃなかったら、不敬罪で処刑されても文句言えないような事ばかり…」
全裸は流石に、とリリさんが止めたけれども。
寝間着姿で首輪とロープを付けて犬の散歩のように城内を引きずり回し。
女性使用人用の大浴場に放り込み。
クラブのホステスのようなドレスを着せて街中を無理やり連れ回し。
度胸を付ける為にと、城の屋上からバンジージャンプ。
etc etc…
「大丈夫です。これで人前を歩けるようになったのですから。何も問題はありません」
「そうですか?感情が死んでません?」
「………」
「大丈夫です。何も問題はありません」
本当に大丈夫かなぁ…
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読んで頂きありがとうございます。
新作で「ドリームドリーム!」という短編作品を投稿しました。
そちらも読んで頂けると幸いです。
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