03 お客様は大切な神様。

どこの店も似たようなものだと思うが、深夜はお客様が極端に少なくなる。


大体皆家で寝てるからね。こんな田舎町には居酒屋やカラオケはほとんどないから夜遊びするような人もいないし。

…当店は元からお客様少ないって?

ナンノコトカ ワカリマセン.



しかしお客様が少ないから夜勤は楽でサボり放題かと言われると、そんなことは全くない。

お客様がいなくても、やることは大量にあるのだ。


まず、次々と納品される商品の数を検品し、陳列する作業。

実はコンビニに並ぶ食品や日用品等の多数の商品の半数は、夜中に納品されている物なのだ。

日中にも納品便はあるが、その数は少ない。


夜勤の頑張りのおかげで、コンビニの品揃えは成り立っていると言っても過言ではないのだ。


他にも、多岐に渡る洗い物や掃除がある。

レジ横のホットスナックのケースやおでん、コーヒーマシンの清掃やレジカウンターの掃除。店内の床や外の駐車場の掃除も時間がかかる。

掃除はお客様がいない夜間にこそ思いっきり出来る作業なのだ。


陳列と違って明確な『終わり』がない為、拘れば拘る程終わらない。やればやる程細かい汚れが目について仕方ない。

私の夜勤のほとんどが、ここに費やされている。


それ以外にも備品や煙草の補充、週に一回の売り場作りや宣伝POPの張り替え、倉庫やウォークイン(ペットボトルやビール等のドリンクを、棚の裏から陳列できるスペース。キンキンに冷えていてとても辛い)の整理等々……やることはほんとに多いのだ。



私はそれらを順序よくこなしていく。

店内には私以外に誰もいない。頭上から流れてくるラジオだけが店内に寂しく響いている。


ちなみにこのラジオは毎時間同じ内容が流れてくるので、意図せず最新の曲やアーティストに詳しくなれる。……良いのか悪いのか分からないけど。




そして、残念なことにお客様トラブルが一番発生しやすいのも夜勤の特徴と言える。


深夜2時前。私が弁当の廃棄チェックをしていた時に、そのトラブルはご来店された。



テロリロテロリロと入店音がしたので、私は手を止めて自動ドアに目を向ける。

大切なお客様のご来店時には作業を止めて歓迎の意を表すのが、私の信条だ。


「いらっ…」

「おいおまえええ!!」


その大切なお客様は30代半ば程の男性一人だった。私の挨拶も遮って、自動ドアの前で腕組みをし怒号を上げるお客様。


「はい、なに……」

「椅子はどうしたああっ!椅子はあああああ!!俺は客だぞおおおお!!!」

「…はい?」



何故か来店早々お怒りのお客様の主張を纏めると。


『俺は客だ、客は神だ。神が来店したのだから椅子を持ってこい。サービスに珈琲くらい持ってこい。』

『俺は買い物する気はないが、俺が気に入りそうな商品を店中駆けずり回って持ってこい。俺は商品ではなく、サービスを受けに来てやったのだ。お前の接客を見てやる。』

『サービスが出来ないと言うなら、誠意を見せろ。誠意だ、神に対する誠意と敬意を見せろ。』



こちらに反論する隙も与えず、このような事を延々とご高説くださるお客様。

酔っている様子はない。真顔で、真剣に、訳の分からない要求を語ってくる。



「ふん、何もサービスしないとは使えない女だ!またお前の誠意を見に来てやるからな!!!」

ご高説は止まらずに三十分は経っただろうか。


腕組みをしたまま語り続けたお客様は言うだけ言って満足したのか、捨て台詞を残して手ぶらで帰っていった。



お客様は神様だ。お買い物してくれるお客様は大切だ。

だから、これくらい、気にしちゃいけない。


それに今回は特に金品とかは請求されなかったし、強盗とかよりはまだマシだったかもしれない。

……それでも、うん、疲れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る