第8話 低魔力症の護衛騎士見習い――カレン視点
「うはぁ、カレン様、一組一番ですよ!」
トレミィ講堂前に設置されたクラス発表の掲示板を見ながら、アレクサンダーが感嘆の声をあげています。
今日は、クラス分け発表の日。
王立学院では成績順にクラス分けがおこなわれ、一組から二組までは先日実施されたクラス分けテストの得点も発表されていました。
……二九五点。
私は、心の中で拳を握りました。前日まで、アレクサンダーと一緒に勉強した成果が出たようです。
「ねぇ、アレクサンダーは?」
一組に彼の名前はありませんでした。
「……さすがに、一組には無いでしょう」
アレクサンダーは、笑みを浮かべながら遠くを見るような目をして言いました。
「探しましょ」
私はアレクサンダーの手を取り、掲示板の前に彼を引っ張って行きました。
はぐれないように手をつないで、一緒に彼の名前を探します。
「……一〇組」
彼の名前は、成績下位者のクラスにありました。
「まぁ、予想通りです。はははは……、はぁ」
彼にとってこの結果は、別に驚くような事ではなかったのでしょう。けれども乾いた笑い声で感情を隠しているように見えます。
私たちは、しばらく無言で掲示板を眺めていました。
何気なく一〇組の掲示板を見ていると、意外な方のお名前を発見しました。
私は掲示板に視線を向けたまま、アレクサンダーの袖を引きました。
「ねぇ、サクラコ様の名前が……」
サクラコ様のお名前が、一〇組の最後にあります。
私とアレクサンダーは顔を見合わせると、ふたり揃って首を傾げました。
王族の方が一〇組になるなんて、前代未聞です。確かサクラコ様のお兄様たちは、皆、一組だったと聞いています。とくに第二王子のアマティ様は、在学中、学年一位を譲らなかったほど優秀でした。
王族の方たちは、王立学院入学前に王国最高の教師たちによる教育を受けているそうです。お金をかけて優秀な教師が招聘され最高の教育を受けることができるのですから、学力だけなら入学時から他の生徒より抜きん出ていてもおかしくないのです。
クラス分けテストで躓くことは、まずないと言っていいでしょう。
ですから、サクラコ様のお名前が一〇組にあるなんて信じられません。
「あら、サクラコ様のお名前でしたら、こちらにありますわよ」
サクラコ様のお姿を見つけた長い金髪の少女が、掲示板を指さしていました。
その声に気が付いたサクラコ様が、こちらに向かって歩いて来られます。それを見た学生たちが避けるようにして道を開けました。
ご自分のお名前を見つけたサクラコ様は、黒猫を抱っこしながら一〇組の掲示板の前で呆然と立ち尽くしていました。
そんな彼女に、私はなんと声をかけたら良いのでしょうか?
とても「本日のお茶会を楽しみにしています」などと、声をかける雰囲気ではありません。
すると、サクラコ様の方を見ながら周りの学生が顔を寄せ合い、あえて本人に聞こえるような声で陰口を叩いています。
この国の王女に対してあまりに不敬です。そうでなくても、近くで聞いていて気分のいいものではありません。
彼らにひとこと釘を刺そうと、一歩前に出たときでした。
サクラコ様は若葉色の瞳に涙を浮かべ、薄紅色のツインテールを揺らしてどこかへ駆けて行きました。
私とアレクサンダーは、離れていくサクラコ様の背中を見送るよりほかありませんでした。
「アレクサンダー、寮へ戻りましょう」
「そうですね」
今日はクラス分け発表だけで、授業はありません。
私たちは校門の方へと歩き出しました。
「……同じクラスになれなかったわね」
私は一組、アレクサンダーは一〇組。クラスが離れてしまいました。
私は、アレクサンダーと一緒にクラス分けテストの勉強をしていました。
ですから、彼の実力は知っています。学力については私と彼は互角か、少しだけ彼の方が上だと思います。むしろ、私の方が彼に教えてもらいながら勉強しました。
「さすがに、あの魔導具で筆記するのが条件だと、オレにはキツイですね」
笑みを浮かべてくるくるした黒い頭を掻きながら、アレクサンダーは言いました。
彼は「低魔力症」なのです。低魔力症というのは、生まれながらに魔力値が極端に低い体質をいいます。
このため魔力が必要なプルメを使用する試験では、いくら高い学力を持っていてもそれを発揮することができません。試験中に魔力切れを起こして、解答できなくなってしまうからです。
「でも、サクラコ様と同じクラスね」
私はアレクサンダーの顔を下から覗き込むようにして見ながら、からかうような口調で言いました。
すると彼は、
「サクラコ様の噂は聞いていましたが、流石に想定外の事態です」
と言って微笑みながら肩を竦めました。
「サクラコ様、血相を変えてどこかへ行ってしまったわ。きっと、納得できなかったのね」
私は振り返ってトレミィ講堂の方を見ました。どこに行かれたのかまでは分かりませんが、たぶん、成績について先生たちにお尋ねしたいのだと思います。
「今日のお茶会は、中止になるかもしれませんね」
アレクサンダーが、講堂の方を見ながらそう言いました。
……学生寮に戻ったら、側仕見習いのフレイアとクランに確認してみましょう。
それから私たちは、今後の予定などを話しながらシュテルンフューゲルの大通りを歩きました。大通り沿いには、書店や魔導具店、薬屋などのお店がたくさん立ち並んでいます。
落ち着いたら、学校帰りに立ち寄ってみましょう。歩いて通学するのも悪くありませんね。
そんなことを考えながら、学生寮までの長めの道のりを歩いて行きます。
私の出身領地であるセキレイは小領地です。シュテルンフューゲルの中心街周辺に学生寮を構えられるほどの財力はありません。そのため私たちの学生寮は、大通り抜けた街の外れにあるのです。
王立学院は馬車や馬で通学することを禁止しているので、小領地の学生たちは学生寮に戻るだけでもかなりの距離を歩く必要があります。当然、通学時間もかかります。
私たちが王立学院から学生寮に戻ったのは、お昼を少し昼過ぎた頃でした。学生寮のラウンジでは、フレイアとクランが私たちの帰りを待っていました。
「お帰りなさいませ、カレン様。お飲み物をお出しいたしましょうか?」
「ありがとう、クラン。いただくわ」
「かしこまりました」
クランはそう言うと、厨房の方へと歩いて行きました。
「おふたりは、どちらのクラスになったのですか?」
席を用意したフレイアが、私たちに尋ねてきました。
私はフレイアが用意してくれた席に座ると、彼女を見上げて微笑みました。
「私は、一組でした」
「流石は、カレン様ですね!」
彼女は胸の前で手のひらを合わせて、大きく目を見開いていました。
「それで、アレクサンダーは?」
つぎにフレイアは、アレクサンダーの方に顔を向けて尋ねました。彼は「ははははは」と笑って、そっと彼女から視線を外しました。
私はクランが淹れてくれたお茶を口にしながら、その様子を見ていました。
「誤魔化さないで。どのクラスなの?」
アレクサンダーは、できれば答えずに済ませたいようです。けれども、フレイアがそれを許してはくれません。
「……じゅ……組?」
彼は、ごにょごにょと小さな声で応えました。
「は? 聞こえないんだけど? しっかり答えなさい」
両手を腰に当てて、アレクサンダーの顔を覗き込むようにフレイアが迫ります。
彼は、じりりと一歩後退りしていました。
それでも、さらにフレイアは彼に迫ります。
とうとう、アレクサンダーは観念したようです。おずおずと答えました。
「一〇組……です」
それを聞いて、フレイアはきつく目を閉じ大きくため息を吐きました。
「やっぱり。途中で魔力切れしたのね?」
アレクサンダーは、こくりと頷きました。
じつはクラス分けテストの前に、アレクサンダーを一番気にかけていたのはフレイアです。テストの当日まで、何か良い方法は無いか調べたり考え込んだりしていました。
結局、良い方法は見つからなかったのですけれど……。
まるで、弟の世話を焼きたがるお姉さんのようですね。
フレイアは「仕方がないわね」という表情で首を傾げて笑顔を見せました。
そして、バンッとアレクサンダーの背中を叩いて、
「元気出しなさいよ! 魔力が無いだけで、おバカなワケじゃないんだから」
と慰めています。
お茶を飲みながら姉弟のようなやり取りに和んでいると、クランが私の方に顔を向けました。
「サクラコ様には、お会いできましたか?」
クランの言葉に、私とアレクサンダーは顔を見合わせました。
クランとフレイアは、小さく首を傾げています。
「お見かけはしたのですが、お話しできる状態ではありませんでした。サクラコ様はアレクサンダーと同じクラスだったのですけれど、納得がいかないご様子で、どこかへ駆けて行ってしまわれたのです」
私がそう言うと、同情混じりの視線が一斉にアレクサンダーへ集まったのでした。突然、皆の視線を一身に受けた彼は、「え? え?」と作り笑いを浮かべて私たちを見回しました。
本格的に授業が始まったら、アレクサンダーは毎日のように王族の相手をしなければなりませんからね。気を遣うでしょうね。
そして、私はアレクサンダーからクランの方に視線を移しました。
「サクラコ様から、……その、何かご連絡はありませんでしたか?」
「いいえ。何のご連絡もいただいておりません」
クランは、首を振って答えました。
「……そう。では、予定通り、お茶会は行われるのね。準備の方はできていますか?」
すると、フレイアが頷いて答えました。
「はい。すべて整っております」
サクラコ様のご機嫌が気になります。彼女が噂通りの方なら、神経がすり減るようなお茶会となるでしょう。フレイアとクランにも、苦労をかけることになりそうです。
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