第7話 お茶会の招待状――カレン視点
「あの方から、貴方宛てに書状が届いたわ」
女子学生は、一通の書状を男子学生に手渡した。
男子学生は部屋の片隅に移動して書状を開き、視線を左右に動かしながら文字を追っていく。読み進めるにつれて、彼の手が震えだした。
その様子を見た女子学生は、書状を覗き込む。
その内容を理解した彼女は、すぐさま周囲を見回した。
そして周りに誰もいないことを確認して、唇の端を上げる。
女子学生は男子学生にしなだれかかり、瞳を潤ませて彼の顔を覗き込むようにして見詰めた。
「私達が生き残るには、こうするより他に選択肢は無いの。あの方に背けば、私達はもちろん私達の家族も破滅よ……」
男子学生は、俯いて目をきつく閉じ顔を歪めている。
「くっ。なぜ、こんなことに……」
そう言って彼は顔を覆うようにして、片手でこめかみを抑えた。
女子学生が彼の肩を抱く。やがて彼の腕が彼女の背中に回された。
🐈🐈🐈🐈🐈
私はカレン・ブラント。セキレイ領主サウロの娘です。
今日は、王立学院の入学式がありました。
入学式の後、護衛騎士見習いのアレクサンダーと校庭を歩いていたときのことです。わざわざ私達のところへ王女サクラコ様がやってきて、お茶会にお誘い下さいました。
まだ正式なお誘いではありません。近いうちに招待状が届くと思います。
学生寮に戻ってから、寮内のラウンジでそのことを他の側仕見習いや護衛騎士見習いに話しました。
すると、皆は一斉に目を開いて驚くとともに、心配そうにしています。
「出来ることならば、お断りしたいお誘いですね」
私の側仕見習いのひとりフレイア・ロンドは、眉を寄せて困ったような表情していました。藍色の瞳が、不安げに揺れています。
「わたしもフレイアと同意見ですわ。カレン様が辛い思いをされるかもしれません。心配です」
フレイアの表情を見ていた側仕見習いのクラン・カナリスは、私の方に視線を移してそう言いました。
「……」
私は側仕見習いであるふたりの意見を聞き、顎に手をあてて考えてみました。
私の出身地セキレイは、ヴィラ・ドスト王国内ではあまり影響力のない小領地です。王族から茶会のお誘いを受けることなど、これまで無かったことでした。
本来ならば、大変名誉なことなのです。
しかし、フレイアとクランが心配する理由もよく分かるのです。
王立学院に入学する前、私は同学年であるサクラコ様について様々な噂がある事を知りました。
はっきり言って、良くない噂ばかりでした。
たとえば、
夕食に出された料理が気に入らず、料理人たちに何度も作り直しを命じた。
学問など机上の空論、無用のモノなどと言い放ち、国内最高の教師をつけられたにもかかわらず、何も学ぼうとしなかった。あるいは、国内最高の教師たちが、皆、匙を投げた。
兄クラウス王子からの贈り物が気に入らず、彼らの目の前で剣を抜いて追い払った。
といったものです。
……この話の通りであれば、我儘で気性の激しい方のようです。
今日の入学式でも、校長先生がお話をされている途中で、突然笑い出して彼のお話を遮っておられました。
聞いたところによると、不本意ながら「聖女」と呼ばれる私と比較して、サクラコ様を「悪女」であるなどと口さがない事を言う者もいるそうです。
「悪女」が「聖女」をお茶会に誘った……。
確かに、あまり穏なお話とは思えません。
「アレクサンダーは、どう思いますか?」
私は、護衛騎士見習いのアレクサンダー・ドレイクに視線を移して尋ねてみました。
彼は、もともと私の奴隷です。王立学院入学にあたり、護衛騎士見習いとして帯同させることにしました。これは、私の護衛騎士であるエイトスの提案です。そしてアレクサンダーをエイトスの養子にすることで、身分の問題を解決しました。
「……今日ご挨拶した限りでは、噂通りの方には思えませんでした」
彼の言葉に私も頷きました。
サクラコ様と直接お話したのは、私とアレクサンダーです。
彼女が噂通りの方であれば、むしろお茶会のお誘いをどうお断りするか考えていたところです。けれども、直接お会いしてお話したサクラコ様は、私が想像していた方とは異なっていました。
意志の強さが若葉色の瞳に現れていて、他方でどこか儚げな雰囲気のある方です。
なぜかアレクサンダーを見て、目を潤ませながら頬を染めてもじもじしていらっしゃるお姿も可愛らしいと思いました。
抱っこされていた黒猫も金色の瞳が素敵で、思わず手を伸ばしてモフモフしそうになりました。
お茶会のお誘いに承諾するか、お断りするか悩みますね。
四人でそんなことを話し合っていると、護衛騎士見習いのひとりであるウィリアム・スナイダーが、手に書状を携えて現れました。
「カレン様。お茶会の招待状を預かってまいりました」
そう言ってウィリアムが、お茶会の招待状を私に差し出しました。
早くも来たかと、私をはじめその場にいた者達が息を呑んで目を見張っています。
届けられたお茶会の招待状は、折り畳んだ羊皮紙を紐で縛り、簡素な丸い形のシーリングスタンプで封蝋されていました。
私は封蝋を解いて招待状を開きました。目を左右に動かして文字を追っていきます。
読み進めるうち、私は思わず頬に手をあてて首を傾げてしまいました。
「……明後日、月の月三日。バンブスガルテンで星空を眺めながらお茶を楽しみたいと、ありますね」
明後日といういうと、クラス分け発表の日です。
星空を眺めながら……とありますから、夕食後ということでしょうか?
文面からすると、夕食会ではないようです。
バンブスガルテンは、シュテルンフューゲルの南にある美しい竹林で有名な場所です。
私とアレクサンダーは、まだ行ったことはありません。上級生である側仕見習いのフレイアとクラン、そして護衛騎士見習いのウィリアムは訪れたことがあるようです。
「バンブスガルテンで夜のお茶会……ですか? 素敵ですが、少し変わっておりますわね」
クランも口元に手をあてて、目尻が切れ込んだ横長の琥珀色をした双眸を見開いていました。
他方フレイアは、眉を寄せて怪訝な様子です。
「夕食会ではなく、あくまでお茶会ということでしょうか?」
私は眼を閉じて「そのようですね」と頷きました。
私たちは、ちょっと奇妙なお茶会のお誘いに沈黙するしかありませんでした。
けれどもサクラコ様が噂通りの人物ならば、このような奇妙なお茶会のお誘いもありうるのかもしれないと納得してしまったのです。
やはり、王族からのご招待をお断りするのは難しいでしょう。このお茶会に出席する方向で、皆の意見が固まりました。
「今からレネン宮殿に向かうと、帰りは暗くなります。お返事は、私がお届けいたしましょう」
そう言って、ウィリアムがお返事の配達役を買って出てくれました。
「……ありがとう、ウィリアム。すぐにお返事を書きますね」
私はウィリアムの方に顔を向けてそう言うと、自分の部屋へと戻りました。
お返事を書き終え、間違いなどがないか何度も確認しました。そして、丁寧に折り畳んで赤いリボンで縛り、チューリップを象った自分の紋章入りのスタンプで封蝋しました。
「では、ウィリアム、お願いいたします」
そう言って私は、お返事をウィリアムに託したのでした。
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