第2章 王立学院
第1話 王立学院入学式
ヴィラ・ドスト王国では夏が終わり秋になると、国内外から一〇歳になった少年少女達が学術都市シュテルンフューゲルに集まってくる。王立学院に入学するためだ。
――ヴィラ・ドスト王国王立学院。
第五代国王トレミィの発案により王政、ノウム教会、騎士団庁が寄付をして設立した二〇〇年の歴史を持つ総合学院だ。
各領地で選抜された一〇歳の少年少女達が、魔法や剣術のほか、語学、宗教学、哲学、地政学、歴史学、政治経済、法学、数学、物理学、化学、生物学……などを五年間かけてこの学院で学ぶ。
卒業すると、王宮の官吏、騎士団庁やノウム教会の幹部候補の道が用意されている。
もっとも領主の子息達にとっては、箔付けのほか、王族や他領とのつながりを目的にしていることが多い。
月の月一日。
毎年、この日に、ヴィラ・ドスト王国王立学院の入学式がとりおこなわれる。
黒のブレザーに身を包んだ少年少女たちが、やや緊張した面持ちで王立学院トレミィ講堂の壇上に注目していた。
いま、王立学院校長ジークフリート・ケトラーが、式辞を述べている。
しかし、サクラコの耳には全く入っていない。
腰までの黒ブレザー、白のブラウス、襟元にはワインレッドのリボン。ひざ丈まであるロイヤルスチュワート柄のスカート、紺色のハイソックスに黒の革靴という、制服姿のサクラコ。
しかし、今の彼女には、真新しい制服の生地の香りに胸を躍らせる余裕はなかった。
サクラコは王女という事もあり、新入生を代表して答辞を読むことになっていたからだ。
答辞? 一体なにを言えばいいの!?
そこでサクラコは、第一王子ガイウスに相談した。
経験者である長兄のおかげで、なんとかそれらしいモノになった。
昨夜は遅くまで答辞を記憶して、間違いなくスラスラと言えるように練習もした。
とはいえ、緊張と不安で身体全体がカチコチである。
――主、緊張しすぎである。今、敵に襲われたらひとたまりもないぞ。
と、すこしズレた心配をする神剣「
サクラコは、これまで大勢の人の前に立ったことがない。むしろ、この周りの全員が敵であった方が、幾分、気が楽だったかもしれない。
――仕方がない。我がとっておきの小話で、主の緊張を解いてみせようぞ。
ちらと、腰に佩く
若干、イヤな予感がして汗がひとつ流れた。
――え~、では、まいどツマラナイ小話をひとつ。
………
「ぶふっ!」
まさかの古典的ギャグ。
だがサクラコは、このテのギャグに耐性が無かった。
「あはははっ。なによ? それ。もう……」
「やめてよ、こんなときに」と言おうとした瞬間、周りの視線に気が付いた。
彼女の近くにいた新入生達が凍り付いている。
慌てて手で口を塞いだが、時すでに遅し。
なんと、校長ジークフリートの耳にまで届いてしまったようである。
緊張は解けたかもしれないが、最悪の状況だ。
冷や汗ダラダラのサクラコ。
校長ジークフリートは顔を顰めながらサクラコを凝視して、コホンとひとつ咳払いをすると「私は、みなさんが善き学院生活を送ることができるよう、全力で応援致します」と言って式辞を締めた。
拍手をしながら、ギロリと騒速を睨むサクラコ。
そして、ついにその時が来た。
「新入生代表、サクラコ・ヴィラ・ドスト」
「はいっ」
席を立ち躓いたり転んだりしないように、ゆっくりと壇上へ向かう。
手と足が一緒に出てないかにも注意する。
そして、サクラコはやや緊張した面持ちで、壇上に立った。
彼女の目の前には、王立学院校長、国王ジェイムズ、騎士団庁長官グレゴリウス、ノウム教会教皇ラングデルといった錚々たる面々が勢ぞろいしている。
ジェイムズと目が合った。彼は、にこりと微笑んで頷く。
サクラコも彼に微笑みを返して、ひとつ深呼吸する。
そして、ゆっくりと答辞を述べ始めた。
「夏の暑さもやわらぎ、爽やかな風が吹くようなった今日、わたしたちは伝統ある王立学院に入学することとなりました……」
昨夜の練習の甲斐あって、サクラコは噛んだり詰まったりすることなく答辞を述べ終わることができた。
すると、講堂にたくさんの拍手が響き渡った。
国王ジェイムズも、何度も頷きながら笑顔で拍手している。
サクラコは、自分の席に戻るとようやくホッと胸を撫で下ろした。
入学式が終わると、新入生や貴賓席にいた貴族たちがサクラコのもとに入れ替わり立ち代わり挨拶にやってくる。
彼女は、そのひとりひとりと一言二言言葉を交わして応対した。
貴族たちへの挨拶を終えて講堂を出ると、黒猫ルナが新入生たちの足下をするすると抜けて駆け寄ってきた。
「ルナ!」
サクラコは微笑みながら、ルナに両腕を伸ばした。
空が蒼くて高い。
風が気持ちいい。
ルナを抱っこしながら、彼女は学院内を散歩することにした。
赤煉瓦造りのトレミィ講堂の前には噴水があり、その周りで学生たちがワイワイ話している。
おそらく同じ領地出身の知り合いなのだろう。
講堂の側には広場もあり、青々とした芝生が緑の絨毯のようだ。そこでも学生たちが木陰で座り込んでお喋りしたり、はしゃいで駆け回ったりしていた。
ふいに、サクラコの前を歩いていた三人の女子学生達が立ち止まった。
「見て、『セキレイの聖女』よ」と話している。
サクラコはその声に鋭く反応し、彼女たちの視線の先へ顔を向けた。
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