第10話 第三王子の来訪

 はじめに

 今回、だいぶ時間が飛びます。サクラコは、一〇歳になりました。

 王立学院入学前のお話です。


 🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈


 王城エフタトルムを囲むように聳え立つ六つの塔のひとつ、テタラトルム。

 この塔の近くには、国王ジェイムズと第四王妃サーラとの間の子、第三王子クラウスが生活する宮殿がある。


 昼食をとった後、クラウスは庭園に移動し、その一角に備え付けられたテーブル席で庭園内に咲き誇る色とりどりの花の香りと紅茶を楽しんでいた。


「王子、ジルモールがやって来ました。王子に是非お見せしたい物があるそうです」


 クラウスがティーカップを皿の上に置くと、側仕がやって来てそんな報告をした。


 ジルモールは、第三王子クラウスとその後援者であるロックバッハ侯爵を得意先とする王都の商人である。

 先だって、クラウスに面会を依頼していたのだった。


「ジルモールが? フン、通せ」


「かしこまりました」


 クラウスに一礼すると、側仕えはくるりと彼に背中を見せて宮殿の方へと去って行った。

 しばらくすると、側仕とともに恰幅の良い姿の商人とその付き人がクラウスが座るテーブルの方へ歩いてきた。


「クラウス王子。本日は拝謁が叶い、恐悦至極にございます」


 商人ジルモールは、両膝をつき手を前で組んで挨拶をする。


「今日は、何だ? また、面白い物でも売りつけにきたか?」


「はい。大変珍しい逸品でございます」


 するとジルモールは、付き人に視線で合図する。


 彼の付き人は跪いて両手を頭よりも高く掲げて、何かをクラウスの側仕に手渡した。

 剣のようだ。その黒塗りの鞘は螺鈿らでんで装飾されている。


 クラウスの側仕は、その剣を受け取ると危険等がないか確認する。

 確認が終わると、その剣をクラウスに差し出した。


 クラウスはそれを手に取ると、柄から鞘の先まで視線を動かした。


「……これは、剣なのか?」


 ヴィラ・ドストでは、あまり見ない形をしている。

 緩やかに上反りした剣。

 鞘の先に鈴が付いている。しかしその鈴は、ゆらゆら揺れても音はしなかった。

 一体、何のために付いているのか分からない鈴だ。


 柄から剣先までは、彼の握り拳一〇個分くらい。もう少しあるかもしれない。


「はい。偶然手に入れた品ですが、おそらくアルメア王国よりも東に位置するヤマト王国の『神剣』かと」


「『神剣』? 何だそれは?」


「嘘か真かは分かりませんが、今から千年ほど前に鍛えられ、ヤマトの神殿に奉納された一〇柱の剣を『神剣』というそうです」


「『聖剣』のようなものか?」


「おそらくは」


 クラウスは、半信半疑で剣を鞘から抜こうとした。

 しかし、どういうワケか抜くことが出来ない。


「!?」


 もう一度引き抜こうとしたが、やはり抜くことが出来ない。


「むんっ!」


 気合いを入れて、力一杯引き抜こうとしても抜けない。


 どうやっても、彼にはこの剣を抜くことが出来なかった。


「ジルモール! どういう事だ!? 本当にこれは剣なのか? 貴様、俺を騙そうとしているのではあるまいな」


「……」


 クラウスは、癇癪をおこして剣を地面に叩き付けた。


 実はこの剣、ジルモールが金を貸していた武器屋から借金のカタに引き取った剣である。


 やはりクラウスと同じように、誰がどうやっても抜くことが出来ず、武器屋では樽差しのバーゲン品としてナマクラの剣と一緒に売られていた。


 その武器屋は冒険者相手の商売であったから、抜くことができない剣などナマクラ以下の扱いだ。


 ただ店主も「神剣」と聞くと、流石に畏れ多いと思ったのか廃棄出来なかったらしい。


 とはいえ装飾が見事だったので、美術品として王族や貴族に売れると見込んだジルモールが引き取った。


「だ、騙すなど、滅相もございません。ただ、非常に珍しい品で装飾も美しいので、お部屋に飾られていかがかと思いまして……」


 ジルモールは、慌てて弁解する。


「飾り物だと? このオカシな剣を私の部屋に飾るのか?」


 クラウスは、しばらくジルモールを睨んでいた。

 二束三文のガラクタを、高く売りつけようとしていたのではないかと疑っているようだ。


 しかし何を思い付いたのか、クラウスはニヤリと薄い笑いを浮かべた。


「……いや、もっと面白い事を思い付いた。もうじき、サクラコが王立学院に入学するのだったな」


 そして、側仕の方に顔を向けて命じた。


「サクラコに伝えろ。明日、兄が祝いの品を贈るとな」


「かしこまりました」


 🐈🐈🐈🐈🐈

 

 ところ変わって、ここはサクラコが暮らす宮殿トリアトルム。


 サクラコが朝食を取り紅茶を飲んでいると、ランファは静かに歩いて主の側に立った。


「姫様。クラウス王子から、お会いしたいとの申し入れがございます。いかがいたしますか?」


「クラウス兄様? 珍しいわね」


 第三王子クラウスは、いつもサクラコなど眼中に無いかのごとく振る舞っている。

 たまに口を開けば、彼女を見下すような言葉を投げかけた。


 おまえには、できないだろう。

 おまえには、わからないだろう。

 所詮は女だから……。


 いつもそんなニュアンスの言葉をかけられた。


 だからサクラコは、この兄とは必要がなければ話すこともない。向こうも、話しかけてくることもなかった。


 それが、クラウスの方から会いに来るという。


「なんでも、王立学院の入学祝いの品を直接お渡ししたいとか」


 サクラコは、こてりと首を傾けてランファを見た。


 ますます、珍しいこともあったものだ。

 あのクラウスが、入学祝いの品を直接手渡したい!?


 しかしそこまで言われると、断るわけにもいかない。


「では、お昼過ぎ……そうね、お茶の時間にお会いしましょう」


「かしこまりました。先方には、そのようにお伝えいたします」



 はたして約束通りの時間にクラウスは、サクラコが暮らす宮殿トリアトルムにやって来た。


「クラウス兄様。ご無沙汰しておりま……」


 サクラコが挨拶してクラウスに席を勧める言葉を待たず、彼はずかずかと部屋に入って椅子に座る。


 ……。


「サクラコ。いよいよ、王立学院に入学するのだろう? 祝いの品だ。受け取ってくれ」


 クラウスが、自分の側仕に目配せする。

 クラウスの側仕は頷いて、持っていた祝いの品をランファに手渡した。


 それは、ひと振りの剣だった。

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