第9話 囁かれる悪い噂
サクラコとランファ。この主従の出会いの後のこと。
夕食の時間になり、部屋に給仕されたスープがテーブルの上に置かれた。
スープを一口、サクラコが口に運ぼうとした、そのときだった。
はっと何かに気が付いたランファが止めに入る。
「姫様っ! いけません」
サクラコは、口に運ぼうとしていた手を止めてスプーンを置いた。
「突然、どうしたのですか? ランファ」
「致死量ではありませんが、お食事に毒物が……」
「えっ!? う、うそ……」
サクラコは、目を大きく開いてスープを凝視した。
ランファは、サクラコがスープをスプーンで掬う直前、一応、鑑定スキルでスープにおかしなモノが混入していないか確認したのである。
――リーパーアイユ
ニンニクによく似た香りがすることからついた毒物である。少量でも毎日摂取し続けると毒が身体の中に蓄積され、中枢神経を蝕んだ末、視覚障害、運動障害などの深刻な症状を引き起こす。
目を閉じて首を左右に振ったランファは、ルナの方に顔を向けた。
サクラコの足下にいるルナは、素知らぬ顔で雷鳥のソテーをはむはむと頬張っている。
「ルナ様。ルナ様は、お気づきにならなかったのですか?」
ランファがそう尋ねると、
「知ってたよ」
と、ルナは顔を上げて答えた。
サクラコとランファは、思わず顔を見合わせる。
「……毒が盛られていることを知っていたのに、黙っておられたのですか?」
「主のスキルを診たでしょ。ボクが黙っていたのは、サクラコにはそのスキルがあるからだよ」
ルナがそう言うと、ランファはそう言えばというカンジで
「……あっ!」
と声を上げた。
いまひとつ事情が飲み込めない様子のサクラコ。こてりと首を傾けている。
ルナは、サクラコの方に顔を向けた。
「サクラコ。キミはその年齢では珍しいケド、『毒無効』のスキルを持っている。耐性や無効効果のあるスキルは、魔力循環を高めなくても常時発動しているスキルだからね。あの事件以来、キミはほとんど食事を口にしなかったケド、毒が入っているコトを教えたら全く食べなくなってしまうと思ったんだ。だから毒が入っているコトを黙っていた」
サクラコは、きょとんとした顔でルナを見ていた。
魔力の扱いを知らないサクラコは、まだ自分のスキルを把握することができない。
まさか自分が、そんなスキルを持っているとは思ってもみなかったようだ。
「それに露骨に食事を警戒すると、次の手が読めなくなる。だから、向こうの計略に乗っているフリをした方がいい」
「……はい」
そう言って、ランファは頷いた。
「サクラコ。キミは、かなり危険な状況にある。刺客は、キミが暮らす宮殿のなかにまで入り込んでいるというコトだからね。正直、いつ命を落としても不思議はないほどだ」
八歳の幼女に告げるには、あまりに残酷な事実だった。
サクラコは顔色を失った。膝の上に置かれた彼女の手は少し震えている。
「ラ、ラファエル。ラファエルは、大丈夫なの!?」
自分の命が狙われているというのに、サクラコは弟の身を気遣う。その痛ましい姿に、ランファは思わず胸に手をあてた。
ルナは首を振る。
「彼の食事にも同じように、毒物が盛られている可能性はある。残念だケド、さすがに、そこまではボクの手が回らない」
「そんな……。ひどい。どうして……、どうして、こんなことをするのっ!?」
サクラコは、壁にスープ皿を投げつけた。そして、テーブルの上に乗っている食器や花瓶を手で払いのける。
歯を食いしばり目に涙を浮かべて、サクラコは自分の拳を見詰めた。
「スープは作り直しよ。つぎの料理を持ってきて」
「かしこまりました」
翌日、サクラコが暮らす宮殿では使用人たちの間で、サクラコは夕食に出された料理が気に入らず料理人たちに何度も作り直しを命じたという、尾びれのついたウワサが流れていた。
ランファが来てから、さらに二、三日後のこと。
王の推挙というかたちで、後任の護衛騎士がサクラコの下にやってきた。
この護衛騎士、もともと騎士団庁所属の
ヴィラ・ドスト王国では、
騎士団庁と王政が癒着したり、騎士団庁による王政への不当な介入を防ぐためであるという。
そのため、この元
彼のように騎士団庁を辞めた
この「ワイルドカード」は予備役のようなもので、騎士団庁は有事のさいに彼ら「ワイルドカード」を召集する権限を持つ。
「はじめまして。サクラコ様。ディラン・ベルトラントと言います。この度、姫様の護衛騎士を拝命致しました。どうぞよろしくお願いいたします」
――ディラン・ベルトラント
金髪に銀色の双眸。整った顔立ちの青年である。鍛え抜かれた肉体であることが、黒い鎧の上からでも判るほどだ。年齢は、二〇歳前後だろうか。
サクラコは、何かを思い出したようにはっと目を見開いたが、すぐに俯いてしまった。
そして、
「ディラン、どうぞよろしくお願いいたします」
と消え入りそうなほど小さな声で挨拶すると、椅子から立ち上がってバルコニーへ出た。
遠くに見える景色を睨みながら、バルコニーの手すりを握りしめた。
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