第7話 悲しみに包まれて
その夜、ヴィラ・ドスト王国王都にあるエフタトルム城は、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。
王女サクラコが刺客に襲われ、サクラコは無事保護されたものの、彼女の護衛騎士および側仕が全員命を落としたというのだ。
自室でワインを片手に報告を聞いたヴィラ・ドスト王国第一六代国王ジェイムズは、その手からワイングラスを落とすほど取り乱した。
「騎士団庁へ向かう!」
そう言って、側仕たちの制止も聞かず自ら騎士団庁へ出向き、騎士団庁長官グレゴリウスに刺客たちの捜索を要請した。
サクラコが刺客に襲われたという知らせは、ヴィラ・ドスト王国第一王子ガイウスの耳にも届いていた。
「支度をするデス。トリアトルムへ向いますヨ」
ガイウスは、側仕たちに指示を出す。そして、自分は着の身着のままエーナトルムの門へ向かった。
エーナトルム、トリアトルムは、いずれも王城の中央塔を囲むように立つ六つの塔のうちのひとつである。
王城エフタトルムは、全部で七つの塔からなる城だ。中央塔の側に国王が暮らす宮殿があり、王の妃たちは他の六つの塔の側にある宮殿で暮らしていた。
トリアトルムの側にはサクラコの母である第三王妃メアリに与えられた宮殿があり、サクラコのほか六歳になったばかりの弟である第四王子ラファエルもここで暮らしている。
ガイウスは用意された馬車に乗り込み、トリアトルムへと向かった。
トリアトルムに到着すると、すぐにラファエルが目に涙を溜めながら宮殿から飛び出してきた。
「ガイウスにいさま!」
ガイウスは膝をついてしゃがみ、ラファエルの小さな肩を抱きしめてから、彼に視線を合わせた。
「ラファエル。サクラコは戻ったデスか?」
首を左右に振って俯くラファエル。
すると、どこからか、からからと馬車が近づく音が聞こえてきた。
ふたりは、その音のする方へ顔を向けた。
騎士団庁の馬車のようだ。
馬車は、トリアトルムの門の前で停車した。
馬車のなかから女性の魔導騎士が現れ、そして黒猫を抱いたサクラコが彼女にエスコートされてゆっくりと降りてきた。
「ねえさま! ねえさま……」
ラファエルは、サクラコの方へと駆け寄っていく。
ガイウスも立ち上がって、馬車の方へと歩いた。
「ガイウス王子!?」
ガイウスの姿を見つけた女性の魔導騎士が跪いて挨拶する。
「私は、騎士団庁所属の
「ご苦労様デス。カヲルコ」
サクラコは、カヲルコの隣で俯いて不安げに佇んでいる。
そんなサクラコ前で、ガイウスは片膝をついてしゃがんだ。
ガイウスが腕を伸ばすと、サクラコは彼の首に抱きつく。すると、ラファエルもガイウスとサクラコの首に抱きついた。
「無事で良かったデス。サクラコ。怖かったでしょう?」
「ガイウス兄様……、ラファエル……」
声を詰まらせながら、サクラコはぎゅうっとガイウスとラファエルの肩を抱きしめる。
「みんなが、みんなが……殺されて、死んで……、うわあああああん」
サクラコは兄と弟に肩を抱かれて少し安心したのか、ふたりの腕のなかで大声をあげて泣いた。
新しい側仕と護衛騎士がやって来るまでの間、母メアリの側仕えのルイーザがサクラコの側仕えを兼任することになった。
暗殺未遂事件があって以来、サクラコは塞ぎがちとなり自室に閉じこもっていた。
一日中、黒猫ルナを抱いて、ぼーっと窓の外を眺めて過ごした。事件のことを思い出すのか、涙ぐむこともあった。
サクラコを元気づけようと、ガイウスとラファエルが彼女の部屋を訪れる日もある。
ガイウスが手品を披露したり、ラファエルは楽器を演奏したりしてサクラコの気を紛らわせようとした。
一日中、おしゃべりして過ごした日もあった。
彼らが顔を見せるとサクラコは笑顔を見せた。けれども、彼らが帰るとすぐに陰鬱そうな表情になってしまうのだった。
何を考えているのか知らないが、アマティやクラウスからも何度かお茶会などの誘いを受けた。彼らの誘いは、ことごとく体調不良を理由に断った。
「庭園をお散歩いたしませんか?」
そんなサクラコの様子を気遣ってか、母メアリの側仕ルイーザまでもが気晴らしに外へ連れ出そうとする。
けれどもサクラコは首を振って応じず、宮殿から一歩も外に出ようとしなかった。
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