21

分娩室に入ってきた旦那さんは、梶先生だったのだ。


先生、結婚したんだ……。

赤ちゃん、生まれるんだ……。


どうしようもない気持ちがぐるぐると体中を駆け巡る。


私は先生のことが好きで、振り向かせたくて、先生に見合う大人になりたくて頑張って……。


こんな形で失恋なんて、嘘でしょ?


やがて赤ちゃんの泣き声と、「おめでとうございます」という声が耳に届いた。学生たちが口々にお祝いを言う中、私も形式的にお祝いの言葉を述べた。


「学生さん、手伝ってくれてありがとう」


梶先生の奥さんは私に柔らかく微笑んだ。


「……こちらこそ、貴重な体験をさせていただきありがとうございました」


梶先生に失恋した悲しみ。

命が産まれるという喜び。


ごちゃ混ぜな気持ちは涙となって溢れた。


「真帆さん」


梶先生が私を呼ぶ。久しぶりに聞いた先生の優しい声。振り向けば柔らかな笑顔。

ああ、やっぱり好きだなと思ってしまう。


「ありがとう」


「おめでとうございます」


ペコリとお辞儀をしてその場を去った。

精一杯、大人を演じてみせた。


梶先生、私も立派になったでしょう?

頑張ってるでしょう?

先生の隣には私がいたかった。

悔しい。

悲しい。


でも……。

奥さん、綺麗で優しそうな人だった。


私はしばらく涙が止まらなかった。


「そんなに感動した?」


「……そうですね、生まれてくるってすごいと思いました。すみません」


「いいのよ、そういう気持ちは大切よ」


なかなか泣き止まない私に、看護師の先生は感心したように頷き背中を擦ってくれた。


ごめんなさい、本当は失恋したことに泣いているんです。

もう少しだけ泣かせてください。

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