scene.40 家庭教師は生徒を見守る
「弟子とはいずれ師匠を超えなくてはならないのです!」
元気に答える少年の瞳はキラキラと輝いていた。
グリフィア家、オーランド様の家庭教師になって2年
オーランド様は人が変わったかのように見違えた。
初めはお手上げ状態でした。
何を言っても聞かず、何を教えても覚えず
癇癪を起す子供の相手に辟易とする毎日でした。
私がこの家庭教師を引き受けたのは偏に縁によるもの、
ドレイクの子供でなければ相手にする気はありませんでした。
かつての教え子……ドレイクは良い子だった。
教えた事を忠実に守り、常に最善の結果を残す子供だった。
幼き頃より自身を厳しく律し、必要となる知識の吸収には貪欲で、剣技は冴え渡り、私を相手にしても互角に戦える素晴らしい才能をもった、正にラーガル貴族の鑑のような青年に成長した。
それに比べてオーランド様は……なんとも……
何をやっても覚えは悪く、
貴族としての義務よりも遊びを優先し、
剣に興味を持ったものの稽古はおざなり、
礼儀作法も言葉遣いも改善せず、
ドレイクの子供だからと安請け合いするのではなかった。
後悔する気持ちとは裏腹に、教師を辞する気はなかった。
一度受理したクエストは必ず完遂するのが冒険者であり、ましてや<
どうしたものかと頭を悩ませる日々に変化が見られたのは……そう、あの時からです。オーランド様が池で溺れたあの時からだったかと思います。
あの時より、オーランド様は人が変わりました。
貪欲に知識を吸収し、
剣の稽古も基礎から学び直し、
魔術に関しては末恐ろしい才能まで開花された。
しかし残念ながら、剣の才能はありませんでした。
オーランド様が何処ぞより拾ってきたリリィと呼ばれている娘の方が余程強くなれるでしょう。あの娘に稽古をつけているマデリン様も悪くはありませんが、彼女の剣はアルカイドの騎士のものですからね……リリィには効率的に人を殺す為の剣では無く、ドレイクやオーランド様と同様に誰かを守る為の剣を教えてあげたいものですが……はてさて……
オーランド様が初めて魔物を倒された日からしばらく
一人で外に出て魔物を倒したいと言い出しました。
オーランド様は勉強こそ飲み込みが早く理解力もあるように思いますが……やはり時々……頭の悪さを感じてしまうのもまた事実。
貴族の子息が1人で王都の外に出るなど自分で何を言っているのかわかっているのでしょうか……わかっていないのでしょうね……やはり、<
確かにオーランド様の<
魔物が相手であればいざ知らず、世の中には悪心を抱く人間も多いのです。彼ら悪辣なる者共が自身と同じように<
「畏まりましたオーランド様」
何度か制止したものの、
ご自身の言葉の意味には気付かれませんでした。
昔はオーランド様のこの愚かさに辟易しましたが……
今はどうでしょうね……
そう言えば昔、誰かに言われた事がありましたね…
馬鹿な子ほど可愛い、と。
当時は理解に苦しむ言葉ではありましたが……
「くれぐれも油断なさらぬよう、お気をつけくださいませ」
ここ最近は努力しておられましたからね……
たまには息抜きも良いでしょう。
気配を消してついて行く程度の手間は構いませんとも
一人で王都郊外に出向き魔物を狩りたいと言うオーランド様の要求は到底飲めるものではありませんが、そう見せかける事くらいであれば造作もありません。
表向きはオーランド様が御一人で魔物の討伐に赴くように見せかけ、もしもの時の保険として、カラドリア様の護衛につかれているマデリン様にも狩場を伝え、私は裏から、マデリン様には表からオーランド様の護衛を任せる事にしました。
カラドリアの孫娘はオーランド様をいたく気に入っておられますからね……周辺の屋敷を全て買取り四六時中グリフィアに探りを入れるのはどうかと思いますが……あれ程に御しやすいカラドリアの人間は初めて見ました。カラドリア様やマデリン様に注意が行けば行くほど私の存在は希薄になり、オーランド様に気付かれる事なく護衛が出来ると言うものです。
探りを入れると言えばアトワラスもそうでした。毎日何をするでもなくこちらを監視するアトワラスの者には不気味さを感じていたものの………一度締め上げた際に事情は全て絞り出したので、あちらは放置でも構わないでしょう……
1人での狩りを無意味とまでは言いません。私とて幼き日は修行と称して山篭りをした事もありますからね。しかし、1人で出来る事などあまりにも少ないものです。1人で戦う術を身につけるよりも、1人でも多くの仲間を作る方が遥かに人を強くするものです。
常に後ろに居る私に気付く事すらなく魔物を討伐し、しばらくして遅れて現れるカラドリア様とマデリン様に愚痴をこぼされるオーランド様ではありますが、もしオーランド様がマデリン様やカラドリア様の手を取り話を聞けば、私から情報が漏れている事など筒抜けになるでしょうに……1人で強くなる道など探す必要はないのですがね……
そして今日
『1人で行動するのであれば、必ず1人でいる状況を作り出さなければ些細なことで命を落とす事になる、見知らぬ誰かとの共闘など決して考えるな』と教えたはずなんですがね……やれやれ……オーランド様は物覚えの悪い教え子です。
これまでの狩りよりも格段に集中して周囲への警戒を出来たことは素晴らしいですが…
その後はやはりダメでしたね……
助けを求める声になど安易に近付くものではありません。
乗り捨てられた馬車に無防備に近寄り、
悲鳴の聞こえる方にふらりふらりと近寄り、
目の前の3人に気を取られ周囲がまるで見えていない
「ッ!?」
ご自身が後を付けられている事にも気付かず、
フラフラと声の聞こえる方へと向かわれて…全く…
「私の事は気にせず、どうか静かにお眠りください」
いつも通り油断しながら魔物を探しまわっているオーランド様を付けねらう賊を殺したものの…
「……ふむ……これはラタトシアの紋章?なぜラーガルに?」
賊にしては身奇麗にしているとは思いましたが……
仕方ありません。今の私はオーランド様の家庭教師ですからね
主に害意を持って近付く人間は処理するまでです。
その後はいつでも3人の賊を殺せるようにと陣取ったものの
『
火と雷の混成魔術を見て安心しました。あれは生半可な人間には回避が出来ないものです。
桁外れの魔力量があって初めて成立する魔術ではありますが、追加詠唱を施されたオーランド様の魔術は詠唱が完了すれば最後、対象となる生物に着弾するまで術者の魔力が尽き果てるまで延々と追いかけてきますからね……私とてたまに当たってしまうような魔術を意識の外から放たれて回避できるはずがないでしょう。
初戦のクマのように手心を加えてしまうのではないかと心配しましたが、そこは今迄通りしっかりと一撃で処理をしたようで安心したのですが……何の覚悟もなしに、ただ目の前の弱者を助ける為に初めて人を殺してしまったのでしょう……なんとも手間のかかる教え子です……
それから、カラドリア様とマデリン様が到着し
いつもの様に揉めては追い返し、
マデリン様に目配せして馬の手配を頼み、
1人残されたオーランド様を見守りました。
頃合を見て迎えたものの、予想以上に憔悴されていた。
オーランド様は本当に頭が良くないのでしょう……
助けた少女よりも憔悴していては意味がないでしょうに…
「……先生…お、俺……ひ……人を…」
「何も問題はございませんオーランド様、帰りましょう」
吐瀉物と涙でぐちゃぐちゃになった衣服を整え
私はいつも通り答えました。
いずれはラーガル王の護衛騎士に就くであろうオーランド様には早いうちから賊の討伐や人の命を奪う事に慣れてもらわねばと思い、今回も善い機会だとばかり考えていましたが……どうしたものでしょう……これ程までに落ち込まれる方は初めて目にしました。
ドレイクの時はどうでしたかね
彼は強い子でしたからね
必要な事であるとすぐに割り切っていたはずです。
それに比べてオーランド様は…
「ど、どうしよう……先生……」
「大丈夫ですオーランド様、何も問題はございません」
賊を3人殺したところで誰が困るわけでもないのですが……
なんとも弱い子ですね……どうしようもない程に……
しかし、困りました。
この場合はどのようにして立ち直らせるものなのでしょうか……
60以上生きたこの身なれど、人を殺した事で落ち込んでいる子供の慰め方など考えた事もありませんでした。そもそも、誰かを助けるために自分が傷付いていては意味がないでしょうに……ドレイクに比べて賢い子でない事はわかっていましたが、まさかここまでとは……。
もっとも……
この程度の事で落ち込む弱さも、
後先考えずに行動する頭の悪さも、
どちらも嫌いではありません。
これがオーランド様の個性なのでしょう。
時間が無いと言いながら王女殿下の呼び出しには必ず応え
めんどくさいと言いながらもリリィの面倒ばかり見て
もう嫌だと言いながら毎日リンドヴルム様に手紙を書き
呪子と呼ばれるアトワラスの子供にまで手を差し伸べ
嫌いと言いつつカラドリア様が近くにいる事を拒絶しない
そして今回は人を殺す覚悟もないと言うのに、
見知らぬ子供を助ける為に人を殺した、と。
馬鹿な子ほど可愛いとは……なるほど……
確かに、ドレイクに比べてオーランド様の頭はよくないかもしれませんが、嫌いにはなれそうにありませんね。この方はいつも勝手に自滅しておりますが、今回はどう転ぶのでしょうか……存外どうとでもなるような気はしておりますが……はてさて、どのように慰めたものでしょうか。
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