scene.23 シャーロット=ラーガルは苦悩する



 やってしまった…………

 あんな事を言うつもりなんてなかったのに……

 なんて大人げない事を。


 そもそもオーランドは私の家臣、フェリシアの婚約者であって私のものではないというのに。


 なんでこんな……あの娘にあんな事を言うつもりなんてなかった。

ちょっと挨拶をして立場をわからせてあげようとしたのだってよくなかった、そんな事する必要なんてなかった。別にいいじゃない!オーランドが専属の側仕えをとったって、愛称で呼び合う仲だったって、冒険者はそういうものじゃない。

 ラーガルの民が仲良くして何が悪いと言うの。オーランドがあの娘と毎日2人で冒険をしていたとして、何が悪いというの。いい事じゃない。


 だというのに、どうしてこんなに心がざわつくの……




 初めて出会った時は年下の可愛らしい男の子という印象だった。

ドレイクから話を聞いている限りではとんでもない子が来るとばかり思っていたので、拍子抜けしたのも事実です。ですが、私の1つ下の子供なのにしっかりと自分の考えを持って話してくれる、よく出来た男の子だと思った。


 私の質問に即座に答えてくる所も気に入ったし、何処か達観した風にみえるあの目も気に入った。

 歳の近い男の子と接触する機会がまるでなかったこともあったけど、可愛い弟が出来たと、そう感じた。

 だから……生誕会の折、外のバルコニーで楽しそうに踊っているオーランドとフェリシアを見た時も、何も感じなかった。ああ、あの2人は仲がいいのだなと、その程度しか思わなかった。



 それからしばらく、暇を見つけてはオーランドを城に呼び出しては話し相手になってもらった。

 2人だけの時間は心地良くて、オーランドの話はいつも私を楽しませてくれた。

 だから、きっと彼なら大丈夫と思ってケルシーと会わせることにした。

 案の定、彼はケルシーの髪を見ても本当に何も感じていない様子だった。


『黒く美しい髪に見惚れていただけなのです。どうか許して貰えないでしょうか?』


 何かチクリとしたものが胸に刺さったのは、この時が初めてだったかもしれない。

……オーランドが誰かの容姿を褒める姿と言うのをその時になって初めて見た気がしました。いつも服の事を褒めてはくれますが、私の髪が美しいなど彼の口から聞いたことがありません。


「あらあら、そういう言葉はフェリシアに言うべきですよ、オーランド」


 フェリシアにも言っているのだろうかと考えるとまた、胸の中を何かがチクリと刺しました。




 そしてその日以降、オーランドはいくら誘えど王城に来る事がなくなってしまいました。


 なんでも冒険者に登録し毎日王都の清掃をしているせいで身体から悪臭が消えないのだとか、確かに臭いものは好きではありませんが、それでもお話が出来ないことの方が寂しく感じていました。

 ですが我侭を言っても仕方がありません。

グリフィア家の嫡子として、彼もドレイクと同じく冒険者となって自身を高め、王家を支える為に力をつけているのだろうと考えると悪い気はしませんでした。ドブ掃除をしている意味はわかりませんでしたが、王都を住み良い街にしたい、困っている人を助けたいという手紙の内容を読んだときには自然と嬉しく感じました。

 オーランドのような人が生涯を通して王家を……私を支えてくださるのは幸せなことだと。






「本当なのですか?」


「はい、私のつけた見張りが見たと言っていました。間違いありません」


 2ヶ月ほどオーランドとお話が出来なかったある日、ケルシーから聞かされた内容に心が揺さぶられました。


「ほ、本当に?オーランドは赤毛の女の子と手を繫いで楽しそうに遊んでいたの?」


「間違いありません……どうして、オーランド様……」


 何故ケルシーがオーランドに見張りをつけていたのかは追求しなかったものの、これは少し調べなければと思ったのも事実。別にどうでもいいことです。オーランドが誰と遊ぼうが、誰と何をしていようが、本当にどうでもいいことなのですが、だからといって嘘をついてまで私の誘いを断っていたのであればこれを糾さねばならないのです。

 彼が誰と楽しく遊んでいても、それは私が咎めるような事ではないのですが………


 結論から言えば、黒でした。


 オーランドは身寄りのない平民の子供を自分の専属側仕えとして共に生活を送り、朝は手を繫いで冒険者ギルドに向かい、夕方になると帰ってくるその娘を裏口で待っているというのです。その後は井戸で身体を洗うと報告には書かれていました。黒です。


 いいのです。貴族の嫡子たるもの多くの子を成さねばなりません。

 特に、現在のグリフィア家の子息はオーランドただお1人、急ぎお世継ぎを作る必要もあるでしょう。そのためには今から動かなければならないこともあるでしょう。それはいいのです。

 オーランドが私の知らない誰かと何をしていようと、それはいいのです。家臣の情事にまで口を出すような王はおりはしませんからね。私はそんな事で怒っているのではないのです。



 ですが………



 あの娘を見たときに思ってしまいました……『勝った』と。


 歳は私と同じか少し下か、どちらにせよまだまだ子供でした。

 言葉遣いも悪く、第一継承権を持つ私の顔すらしらない無教養、

 遠くからもわかる程の悪臭を全身から放ち、

 衣服は汚く、髪や顔にまで汚れがついている。


 一体どのような娘を拾ったのかと不安だった気持ちもその瞬間に消えてなくなり…………


 こんな娘なら簡単に引き剥がしてしまえると………



「王女である私を相手にその言葉遣い……許されるものではありませんよ。あなたがそのような態度をとればとるほど、あなたの主であるオーランドの評判が下がっていくのです。」


「私は貴方の為を思って言っているのですよ?このような粗暴な側仕えを許す者などそうはおりません。私でなければその場で切り捨てられていてもおかしくないのですよ?」


「悪い事はいいません、そのような臭い娘とは早く手を切りなさい。オーランドの評判に瑕がつきますよ」


 この娘を引き剥がしさえすれば、オーランドはまた私の下に帰ってきてくれる。

オーランドはきっと私やケルシーを見てくれる。私のほうがずっと優秀で、ずっとオーランドを大切にしていて……



『ロティー、そこまでにしてください』



 ケルシーの手を離し、


 リリィという名の娘を私から庇うように隠したオーランド



 その瞳はこれ以上なく明確な拒絶の色を示していました。


 


 その後はよく覚えておりません。

 気がつけば王城に戻り、はしたなくも着替えもせずにベッドに横になっていました。


 

 あの時、あんなに強い言葉を浴びせる気はなかった。

オーランドに会いに行ったのは事実を確認する為で、また時間がある時にお話をしようと言いに行っただけで、専属の側仕えのことなんてどうでもよくて、平民を相手にあんな言葉を浴びせるつもりなんてなかったのに。


 あの娘が、オーランドの事を嬉しそうにオーリーと呼んでいる顔を見たときに口が勝手に動いてしまった。オーランドが嬉しそうな顔でリリィと呼んでいる顔を見て、口が勝手に動いてしまった。



 なんて醜い……1人になってようやく気付きました



「オーランド……」


 ベッドの上で誰に言うでもなく言葉がでた。

 

 だけど、この想いは仕舞わなければならない。

オーランドはフェリシアのもので……グリフィア家はリンドヴルムを取り込もうと頑張ってくれている。

グリフィア家と王家は血より固い絆で結ばれている。私がオーランドと結ばれる意味はなにもない。

私は私でラーガル王国のためになる相手を見つけなければならない。貴族や王族の結婚とはそういうものだ。


 そういうものだけど……


 今日の出来事を謝れば許してもらえるだろうか……もう彼と笑い会う事は出来ないのだろうか……


 なんと謝ればいいのだろう……


 リリィを罵った私を、彼の目は強く拒絶していた。

 もう許してもらえないかもしれない……どうしよう……



「そんなの……」


 嫌だ………私の傍にいて、私を支えて欲しい……

 

  

 経験した事が無い感情に襲われた私は初めて涙を流してしまった

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