scene.11 たとえ敵に塩を送るとしても



「いつの間にかこんな時間!ケルシー、オーランド、そろそろお開きにしましょうか」


 王女とケルシーとのお茶会は午前から始まり、気がつけば陽が傾きかけていた。


「畏まりました、シャーロット様、本日はお招きいただきありがとうございます。それと、話が長くなってしまい申し訳ありませんでした」


「いいのよオーランド。あなたの話はとても面白いもの。また暇な時間ができたらいつでも遊びに来てちょうだいね?」


「もちろんです、時間が空き次第いつでも馳せ参じます!」


 そんな時間は永遠に出来ないがな!

呼び出しを食らえば急いでかけつけるつもりではあるが、自分から喜んで何時間も喋りたいとは思わん。

そんな時間があるのなら早く冒険者ギルドに登録して冒険者として一歩でも前に進みたい。

お茶会がしたいのであれば悪いがケルシーと2人でやるか他に歳の近い子供を捜す事だな。


「私は今から公務に向かいますが、まだ早いですものね。お2人はもう少しゆっくりしていってください」


 は?


「わかりましたロティー、行ってらっしゃい」


「ええ!行ってきますわ!」


 そう言うと、王女殿下は私室に俺とケルシーの2人を残して部屋を飛び出して行ってしまった。

そんなことありえるのか?王女様ちょっと自由すぎないか?

 友達の友達は友達って、王女殿下はそう思っているタイプなのだろうか?しかも、王女の私室に2人きりて……別に何も盗ったりはしないが無防備なもんんだ。


 どうしたものかと考えていると、しばしの沈黙が流れてしまった





「あの……ごめんなさい」


 沈黙を破ったのはケルシーだった


「え?何がですか?」


 突然謝ってきた理由がまるでわからないが…オナラでもしてしまったのだろうか。


「私といても、退屈ですよね。髪もこんなに黒いし……」


 俯き加減でポツリポツリと喋りだしたが、髪が黒い事と退屈である事がどうして結びついたのだろうか?

これが俗に言うコンプレックスというやつなのか?


「どうしてそう思われたんですか?」


 面倒だが王女命令でしばらくゆっくりしろと仰せつかったこともあるし、何よりケルシーとは敵対関係にはなりたくない。いずれ主人公とくっついた際に俺とケルシーが敵対したら殺される可能性だってあるからな。


「だって私は……呪子だから……本当は、一緒にいたくない……ですよね」


 さっきまでは王女が間に入ってあれやこれやと話を聞きだしてくれていたが、王女がいなくなって沈黙が流れた途端、急に弱気になってしまったのか。しかし、呪子ってなんだっけ?

 ケルシールートはクリアしたからなんとなく覚えているが、そもそもケルシーはめちゃくちゃお喋りだったはずだ……ってあれ?最初は無口だったっけ?


「先程も言いましたが、私はケルシー様のことをそのような目では見ていませんし、そもそも呪子と呼ばれている理由すらわかっておりません」


 いや、知ってるはずなんだが……思い出せそうで思い出せない。元気になって笑っているケルシーのイベントのことばかり頭の中に残っていて、ケルシールートの前半部分が上手く思い出せない!

 

「本当に……何もご存知ないのですか?」


「本当に何も知らないですね。ケルシー様さえよければ、お聞きになってもよろしいですか?」


「わ……わかり、ました……」


 そして、椅子に座り視線をあわせようともせず、スカートをぎゅっと握り締めたケルシーが話し始めた。




 ケルシー=アトワラスはクールな黒髪美人ヒロインだ


 年齢は主人公の1つ上、つまり俺の1つ上でもあり年上の先輩ヒロインという事になる。

アトワラス家の人間はその殆どが美しい銀髪を持っているのだが、ケルシーはたまたま黒髪に生まれてしまった。そして、この世界では黒は魔族の色と呼ばれている。魔族の血が黒い事からそう言われているらしいのだが、とにかく黒は不吉な色とされており、街中でも黒色はあまり見かけることがない。

 生まれてしまったものはどうしようもないのだが、ケルシーの場合は不幸が続いた。

彼女を生んですぐに母親は体調を崩しそのまま息を引き取り、その1年後、俺やフェリシアが生まれた年にはドラゴンの大群が大陸を襲い、ラーガル王はその身に深い傷を負い、第一妃は帰らぬ人となった。


 それは偶然だ。不幸に不幸が重なっただけの本当にただの偶然だ。

しかし、世間はそうはみてくれなかった。

誰が言い始めたのか知らないが、王国に降りかかった不幸は全てケルシーが産まれたせいだと言われるようになってしまったのだ。呪われた子供、母を殺し、王に傷を負わせ、王妃の命まで奪ったのは闇夜よりも暗い髪をもったケルシーが生まれてしまったからだと、これは呪いなのだと。


 彼女の兄や姉、家族は彼女を必死に庇ったが、それでもケルシーの心は少しずつ磨耗していき、やがては自分の心を深い闇の中に閉ざしてしまうようになった。自分を只管に責め、誰とも関わろうとせず、誰も近づけず、何を言われても反応しない、一見するとクールで強い無敵の黒髪美人が誕生してしまった。


 そんな彼女の心の闇を払うのが主人公だ。

彼は底抜けに明るく、底抜けに優しく、1人でいるケルシーを決して放っておかなかった。

自分の心と向き合った彼女は主人公と立ち上がり、アトワラスの天才的な頭脳を持って王国の膿を出し、貴族社会に立ち向かうようになる。


 そしてあの台詞だ


『あなたのような人が居るせいで、この世界から争いは無くならないのです。この世界に悲しみが流れるのです!』


 王の前でこれまで犯してきた様々な悪事を暴露されたオーランドは、この国の悪の象徴として処刑される。

 その後、主人公と手と手を取り合いラーガル王国を内側から強くしていくわけだ。


 めでたしめでたしだな!



 オーランド以外は。





「だから私には……関わらない方がいいのです。ロティーは私が可哀想だから傍にいてくれるけど、いつ不幸が降り掛かるか……」

 

 ロティーってシャーロット様の事か。愛称で呼ぶことを許されてるんだな。

 

「ロティーだけじゃなく……私の傍にいればいつかきっとオーランド様にも不幸が……」


 ケルシーは鼻を啜りながら話してくれた

 ただでさえ子供は大人のいう事を信じる。

 ましてや国中の人間からお前が悪いと言われればそう思うよな……だけど……


「いいや、それはない。俺は不幸にはならないしシャーロット様も不幸にはならない」


 誰かわかりやすい悪者を作って全部そいつのせいにするのが楽だから、そうやってるだけだ。

無敵の国王が病で臥せって国が不安定になっていることを、みんなして誰か1人のせいにして逃げてるだけだ。

 ……ケルシーはいずれ主人公と共に俺を殺しに来るかもしれないが…そうなるとしてもそれはもう少し後の話だ。だから…ちょっとくらいはいいはずだ。


「敬語はちょっとやめさせてもらう。いいかケルシー、もう一度言うぞ。俺も王女様も誰も不幸にはならない」

 

 そうだ。俺は不幸にならない為に……18歳まで生き延びる為に全力で生きるんだ。

 その為にはなんだってやるし誰だって利用するが……ちょっとくらい励ましてもいいはずだ。


「ケルシーの髪が黒いだけで人が不幸になるわけがないだろ?」


「でも……お母様も、王も……私のせいで……」


「違う!それはそいつらが勝手に言っているだけだ!ケルシーのせいじゃない!」


 椅子に座り下を向いたまま泣いている彼女の手を取った


「いいか?俺はこの世界では絶対に幸せになる。ケルシーの周りにいれば不幸になるという連中がいるらしいが、そんなことは知ったことではない。俺は君の傍にいても必ず幸せを掴み取って見せる!不幸を誰かのせいにするような奴らに負けるな!シャーロットが君を大切に思うのは同情なんかじゃない!そんなこともわからないのか!」

 

 10歳の子供が泣いている姿は見ていて気持ちの良い物ではない。

彼女がいずれ俺を殺しに来るとしても、その時までに俺がこいつらよりも強くなっていれば良いだけの話だ。


「前を見ろ!俺を見ろケルシー=アトワラス!これまで誰に何を言われたのかは知らないが、俺は必ず生きて幸せになる。君はそれを見ているだけでいい、そしてくだらない事ばかりいってくる連中を笑い飛ばしてやれ。ほらみろ、オーランド=グリフィアは幸せそうだぞ、ってな」


 誰かの幸せの裏で誰かが不幸になる。それは否定しない。

だが、居るだけで不幸になるような奴はいない。俺は居るだけで悪党にされるような舞台装置の一部には絶対にならない。ケルシーがいようがいまいが、絶対に幸せを勝ち取ってみせる。



「……わかりました……」



 そう言って、ケルシーは俺の握った手を握り返してきた。


「見てろって、俺は死んだりしないし不幸にもならん。だから、俺や王女を見るたびに思い出せばいい、家族だってそうだ、自分の周りにいる幸せな人間を見るたびに思い出せ。ケルシー、君は誰かを不幸にするために生まれてきたんじゃない。君は俺や王女様、君の周りにいる全ての人を幸せにするために生まれてきたんだってことを」



「はい…ずっと……ずっと……見てますね」



 そうそう、子供ってのは難しい事考えずに笑ってるのが一番いいんだよ




 ようやく見せてくれたケルシーの笑顔は、将来命を狙われるだけの価値があったと思う。

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