scene.07 フェリシア=リンドヴルムは考える
オーランド=グリフィアは粗暴な男の子だった。
私との婚約が決まった初めての顔合わせの時、彼は私に虫を渡してきた。第一印象は最悪です。
それでも、小さな男の子などこんなものだからと、成長すれば少しずつ矯正されていくものだろうと、気にしないようにしていたのですが……中々成長の兆しが見えませんでした。
グリフィア家はラーガル王国建国より王家を守る盾としてその身を捧げてきた名門中の名門貴族。
現当主のドレイク様は王女様の護衛騎士を任されるほどの忠義厚き騎士の中の騎士とも呼ばれるお人ですが、その息子であるオーランド様はどうにもまだまだ子供のご様子。ご自身の家の事も、私の家の事も、あまり深く考えている様子はありませんでした。
王女様の護衛で王都から離れる事が出来ないグリフィア家のために、遠いリンドヴルムの地よりオーランド様と親交を深める為に何度も会いに来たものの、会うたびに何の成長も見られないオーランド様にいい加減に嫌気が差していたところ、
「オーランド様が池で溺れたらしい……」
父がため息をつきながら伝えてきた内容に、私も溜息で返すしかありませんでした。
もうすぐシャーロット王女殿下への挨拶があるというのに、あの人は何をやっているのだろうと、それはもう呆れて声もでませんでした。それでも、今更この婚約を撤回することはできませんし、王女様への挨拶に支障が出ていないかどうかを確認しに行く事になりました。
最初に違和感を感じたのはその時でした。
『心配させてごめんね、フェリシア』
はて?オーランド様はそのような言葉が出る人だったでしょうか?
聞き間違いかと思い適当に話をしてみたところ
『ええ、これまでは迷惑をかけましたが。今後は両家の為に僕も頑張っていきます』
『リンドヴルムとグリフィアが手を取り合えば、ラーガル王国は更に磐石なものとなりましょう』
初めて!初めてです!
あの元気なだけの馬鹿な男の子であったオーランド様の口から、初めて両家についての言葉が出たのは、ラーガル王国についての言葉が出てきたのは、その時が初めてでした。
口を開けば使用人が何をしただの、むかついたから処罰しただの、本当にくだらない事しかでてこないどうしようもない口だったと言うのに、その日のオーランド様は別人のようになっていました。
その後は少し嬉しくなってしまっていつもより会話が弾んだように思います。
それから生誕会までの数日は部屋に閉じこもり本ばかりを読んでいるとお聞きして会う事もできませんでしたが、本当にどうしてしまったのかと不思議でなりません。
王城に向かう馬車の中でもそうです
『お心遣い感謝します。ですが、シャーロット様はグリフィア家とリンドヴルム家が将来お支えするかもしれぬ方です。多少の体調不良はおしてでも参るべきでしょう』
遊んでばかりのオーランド様が婚約の意味を正しく理解しているとは思ってもみませんでした。
ああ、この人は本当に変わられたのかもしれないと、この時になって違和感は確信にかわりました。
その後の、王城にて王女殿下と面会をした時もそうです。
私は緊張のあまり口がうまく回らなくなってしまいましたが、オーランド様はそんな素振りも見せずにシャーロット様と和気藹々と談笑を始めてしまいました。
グリフィアとリンドヴルムが手を結ぶ事でどうなるのか、王国貴族の結束を固めるために私たちが模範になること、周辺諸国、特に注意すべき仮想敵国や経済状況などの私がよくわからない所まで色々と。
男子3日会わざれば刮目して見よとは、まさにオーランド様のことを指していますね!
話し言葉や所作だけではなく、その視野まで広くなっているとは思いもしませんでした。
婚約が決まってからこの3年は馬鹿な男の子の相手に憂鬱としていましたが、そんな感情はもうありません。
これからこの人と生涯をかけて肩を並べ、シャーロット様にお仕え出来ることが嬉しくてたまりません。
私とオーランド様であればきっとラーガル王家を、シャーロット様をお支え出来ることでしょう。
でも……
私が本当に嬉しかったのは生誕会の終わり際……
生誕会は10歳にならねば参加できません。城で行われる華やかな舞踏の場に私たちの場所はありません。
そんな事は知っていますが……それでもすぐ傍で、城内で行われる華やかな舞踏会を見てしまうとどうしても羨ましく感じてしまうものです。
中心で踊るのは今年10歳になったシャーロット王女殿下、私と1つしか変わらないと言うのに
「シャーロット様、お綺麗ですね……」
どうして王女様はあそこまで美しいのでしょうか。
私の生誕会は辺境のリンドヴルム城で細々と行われるでしょう……羨ましい
『僕の目にはフェリシア様の方が美しく映っていますよ』
『そうだ……折角ですので来年の為の予習をしませんか?』
ああ、オーランド様は……この人は……私を見てくれているんだ
リンドヴルム家の婚約者ではなく、フェリシア=リンドヴルムという個人を見ていてくれるいるんだ
その事がわかると、どうにも嬉しさがこみ上げてきました。
彼は王城の中心で踊る美しいシャーロット様ではなく私が美しい、と
言葉にせずとも私が何を考えているかを想像し、恥を承知で踊れもしないダンスの相手になると
『お恥ずかしい限りです……フェリシア様、どうか僕と一曲付き合ってもらえませんか?』
不安だった心も、羨ましいと思う気持ち、全てがどうでもよくなりました。
「はい、よろこんで!」
私はこの時初めて、自分の意思でオーランド様の手を取る事にしました。
たとえこれが政略結婚であったとしても、彼のこの優しさは大事にしようと決めました。
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