9月11日 きりこのしっとこーぼーせん
最近のゆいかは妙に明るい。
休憩時間や放課後に疲れて私の肩に頭を預けて眠ることこそ多いけれど、学校に来ていること自体はどことなく楽しそうだ。
それは紛れもなく、いいことだ。一年半もの間、引きこもり続けた彼女が、思ったよりもすんなりと、学校という集団生活の場に適応している。
最初の方は、倒れたり、てんぱったりということも多かったけど。徐々にそれにも慣れが見えて、少しずつ調子がよくなっていくのが見て取れる。
あいとそらが上手くサポートしてくれたおかげなのだろう。本来、その役目は私がしないといけない気もするのだけど、上手いことやってくれているわけだ。
感謝感激雨あられってわけだ。みおとれいもそうだし、他のみんなもこのクラスで本当に良かった。と、私は心の底から想っている。
「……また心にもないこと言っちゃってぇ」
「いや、素直に感謝を伝えてるんだけど……」
数学の授業の帰りにそらと一緒になった私は、二人で廊下を歩きながらそんな話をしていた。
「あんた、人付き合いそこそこ得意な割に、嘘つくの下手よね」
「冗談はそこそこ言えるつもりだけど?」
ちょっとおどけてみたら、ふんと鼻で笑われた。
「はなっからウソだってバレても問題ない冗談と、騙すための嘘って全く別物でしょ?」
そう返されて、思わずぐうと唸ってしまう。相変わらず、人が言われて嫌なことをぐさっと刺してくる子である。ま、それが悪意だけで行われているわけではないとわかっているから、そこまで不快ではないけれど。
しかし、嘘、噓ねえ。
嘘つくの苦手かなあ、私。……まあ、確かに苦手かもしんない。大体、そういう時は黙って押し込めておくものだし。
まあ、その後そうやって黙ったせいでストレスが爆発するんだけれど。
「で、本当はどうなの? 内心煮えくり返ってたりするわけ? 愛しのゆいかをあいに取られちゃうって」
そう言うとあまり見たことないくらい、意地悪気に笑ってそらはこっちを見てくる。……おや、ちょっと本性出してきたな、こいつ。
「別に、私らそういう関係じゃないし……」
「そうじゃなくても嫉妬くらいするでしょ。友愛も家族愛も、もれなく嫉妬の管轄内でしょう?」
そう言うと、そらはまるで嫉妬の悪魔みたいに、楽しそうにケラケラと笑ってからかってくる。
「そら……、なんか仮面剥がれかけてない?」
基本、いじわるだけど優しい人という印象だったのだけど。いや、最初からいじわるな奴じゃん。よく考えれば、初対面で付き合ってんの、とか聞いてきた奴じゃないか。
「あら、私は元からこんなもんよ。あんた、勘がよさそうだから、始めから気づいてると想ってたけど」
「……そだね、まあ、なんとなく察しはついたけどさあ」
案の定そらも別に悪びれた感じもなく。私が軽く、嘆息をつくと、心底楽しそうに笑いながら隣を歩いてくる。
「で、本心のところはどーなの? あいとゆいかの関係は」
隣で悪魔にケラケラと笑われながら、私は軽く息を吐く。さあ、どーなんだろうね。
まあ、胸の奥の方がもやもやとするのは本当だ。きっと、何かがずっと引っかかり続けている。でも、ゆいかが楽しそうにしていると、それはそれでいいのかと想えるのも事実なわけで。
どう取り繕うかと考えて、今は別に
多分、正直に言っても悪いことなどない……多分ね。
「もやっとはする。そう、もやっとするんだよねえ。ゆいかに友達が出来たのは嬉しいんだけど」
「ふーん、で、それはどういう感情なのよ」
「……えーと、変化に慣れないというか、親が子どもに友達ができて喜ぶ感覚というか?」
「へー、ふーん、そうなの」
あえて気のない返事をされているのがよくわかる返事だった。正直に言わないとどうやら満足してくれないらしい。
「……そんなに私って嘘ついてるのわかりやすい?」
「うん、すっごく。眼が泳ぐし、急に言葉が歯切れ悪くなるし、色々と、ね。あんた、所謂、女子同士の腹の探り合いみたいなの苦手でしょ?」
「うん……まあ、正直」
けいかや浜崎さんと仲良くしていたのは、そういう細かい神経を削るような探り合いをしなくてよかったというのもある。
「まあ、それに関しては、私やあいも似たようなもんだから、別にいいけどね。ただ誤魔化されるのも、聞いてる側としては煮え切らないわねえ」
そんな答えに思わず半笑いになって、横目でそらを窺った。以前ニヤニヤした笑いを浮かべながら、じっと見られていた。
うん、まあ、はい。これ言っても言わなくても、答えは彼女の中で出されてるんだろうなあ。
……じゃあ、言った方がマシかもしれない。相手の性格的にも。あらぬ尾ひれをつけられることもないだろうし。
「……はいはい、こーさんですよ。……してますよ、嫉妬。しょーじきね」
「素直でよろしい。で、どーなのよ」
そらは満足げに頷くと、鼻歌をならしながら、私に続きを促してくる。
「うーん、まあそりゃ、煮え切らないところはあるよね。私としては半年弱、ずっと二人っきりで一緒だったんだからさ。大事に想ってるし……その、まあなんだろ、色々あったのよ。結構勇気出して、学校行くのも誘ってさ。ゆいか、喋るの下手だから、正直あんま友達出来ないだろうって想ってた。だから、ちゃんと私が構わないとって想ってたんだけど」
「思ったよりあっさり友達ができちゃったと」
「うん……」
妙に顔が熱くなる。隣の顔はできるだけ見ないようにした。
「で、寂しくなった?」
「それもある……」
「それで、ゆいか自体にも、なんでだよ仲良くしちゃって、ってなる? それともあいに、私のゆいかに近づきやがって、って感じ?」
「ん……、両方かな」
口にすればするほど、自分がしょうもなさすぎて、笑えて来る。
「そう、で、そんな自分を若干、許せない感じなわけだ」
「……いや、心でも読めんの?」
心の読みが具体的すぎやしないかい。それか、私がそこまでわかりやすいのだろうか。
「別にぃ? 嫉妬したらこうなるっていう、一般論よ。大事だった相手が他の人と仲良くするのを見てるともやっとする+自己嫌悪。古今東西、老若男女、誰だって同じようなもんでしょ」
「そっか……そうなのかあ……そんなもんか」
「そんなもんよ」
……いや、本当にそうなのかなあ。私は軽く、そらを藪にらみしながら言葉を返す。
「そらは、そういうのとは縁遠そうだけど」
ただ、それでもそらはけらけらと笑いながら、楽しげに私を見つめ返してきた。
「そう? これでも昔は酷かったのよ? わがままだったし、嫉妬深かったし、酷いこともけっこうやったけど」
楽しそうに、明るく、邪気のない笑みでそう語る。
「まあ、それはなんとなくわかる気がする」
「……どういう意味よ」
「いや、多分、今のそらから他人への思いやりを抜き取ったら結構ひどい性格になりそうじゃん?」
何があったのかは知らないけれど、そこそこ丸くなった結果が今の性格だと言うのはなんとなくわかる気がした。
昔はさぞクソガキだったのだろうし、手の付けられない悪女であったことだろう。なんというか、賢いから、悪女とバレないタイプの悪女に見えるし。
そらはそこで初めて、表情を苦々しげに崩した。あはは、どうやらその過去はあまり深掘りしたくないみたいだ。まあ、誰にだって黒歴史の一つや二つくらいあるもんだよね。
今の私は、絶賛黒歴史を大量印刷している最中かもしれないけど。まあ、致し方ないよね。誰にだってあるんだから。
「どうも、性悪女でわるうございましたね」
「はは、拗ねないでよ」
「拗ねてないわよ」
「いや、拗ねてるでしょ」
「拗ね—てなーい」
「拗ねてる人は大体そう言うのだ」
「あー、もううるさい! 提出物出すから、先行ってるわよ!!」
そう言うとそらは、小走りで廊下の向こうに消えていってしまった。
ありゃりゃ、からかいすぎたかな。意外と、可愛い一面もあるものだ。
そうやって一人でほくそ笑んでいたら、廊下の曲がり角でいつものメンツと合流した。次の現国は全員同じ教室だ。
「はろー、きりこ」「はうわーゆ、きりこ」
「あっれ、そらと一緒じゃないんだ」
「あ、そっか。きりこも現国だもんね」
肩を組んだみおとれい、いつも通り笑顔のあい、それとそれに交じって楽しそうに話すゆいか。
ちょっともやっとしたのは確かだけど、話してしまったからか、見ていてそこまで悪い気もしない。胸の奥でちょっとうじうじしている嫉妬くんも、どことなく大人しくしてくれている。
「うん、今から教室いくとこ。そらは、なんか、からかったら怒って先行っちゃった」
「おう、意外と悪女だねえキミ」「へいへい、きりこも本性出してきたねえ?」
「そんなんじゃないよ。話の流れでさ。というか、最初にからかってきたの、そらの方だし」
私がそういうと、ゆいか以外の三人がそれとなく、驚いたような顔で目線を合わせた。
はて、と私が首を傾げると、目線を私に戻した三人が一様にどことなく楽しげな、そして意地悪気な顔をした。
「へー」「ふーん」
「そっかあ、ちょっと妬けちゃうな」
「え……なに? どういうこと?」
私の問いにみおとれいの……みおかな、多分。みおがニヤニヤとしながら返事をしてきた。
「『漆原そら』という女はねえ、親しくなればなるほど意地悪になるやつなのだよ」「歪んでるよなー」
え、と私が戸惑っている間に、あいもくすくすと笑いながら言葉を挟んでくる。
「根はやさしいんだけどね。仲良くなってくると、素が出てくると言うか、からかいはじめてくるんだよね」
そう言われて、私はなんかどことなく照れてしまう。うーむ、つまりあれもそれとなく、気を許されているということなのだろうか。……あれ、でも、私、初っ端から結構、色々言われてた気がするんだけど。
「好感度の上がり方があいに並んでな―い?」「相当、気に入ってると見たね」
「だよねー、だから、ちょっと妬けちゃう」
「え……あ、そうなんだ。はは」
なんか照れちゃうな、そう想うとさっきまでの意地悪が少し、可愛く思えてきたりもする。本性というか、あのスタイルが素のままのそらなわけだ。
まあ、そう考えると、なかなか悪くない関係を築けているんだろうか。というか、私が嫉妬していたあいに、嫉妬されるのはもはやちぐはぐというか、なんというか。
なんて考えているころに、腕をがしっとつかまれた。はてと首を傾げると、ゆいかがどことなく、涙目になったような顔で私を見ていた。え? え? なぜ?
「う……うー……きりこ」
「ど、どしたの? ゆいか」
「うー……うー!!」
そのままぽかぽかと優しく胸を叩かれた。いや、本当になんだというのか。なんか、涙目なのに妙に可愛げはあるのだけど。
「れいさんや、これをどう見ますか?」「みおさんや、これは愛ゆえの嫉妬じゃろう」
「お、恋の三角関係? いーなー、私も混ざりたい」
「おーい、お前ら何してんだ? もう授業はじまるぞ?」
「ゆうまさんやいいとこにきた」「実はかくかくしかじかでのう」
「へえ、まじで?」
「そう、そこに私も混じって四角関係になる予定なんだ」
「ドロドロじゃねえか」
「ゆくゆくは火曜サスペンスかな」「私は昨今流行の合法ハーレムものを推すね」
「あー、どっちもと正式に付き合うやつな。で、どんどんヒロイン増えるんだろ?」
「つまり私もゆくゆくはきりこのハーレム入りするってこと?」
「あり」「ありよりのあり、むしろ私らも混ざるか」
そうして気づけば、教室から顔を出したゆうまも混じって、廊下でガヤガヤと喋りはじめていた。
あはは、なんだかなあ。と肩の力を抜いていたら、ゆいかはまだぽかぽかと私を叩いている。ゆいかさんや、ゆいかさんや、なんだか感情表現が段々子どもっぽくなってきてませんか? 素直に出せるようになったととるべきなのかねえ。
私はそうやって軽く笑いながら、ゆいかの頭を撫でていた。いつのまにやら、胸の奥の嫉妬くんは随分大人しくなっている。
ゆいかに嫉妬されて満足したのか、現金な奴め。
なんてちょっと自重しながら、私は教室まで歩いて行った。周りのガヤガヤの中、沸き起こるいろんな感情に揉まれながら。
ふらふらと、皆がそろう教室まで向かっていった。
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