9月2日 ゆいかと出会った人たち

 2日目には早速、授業が始まった。


 単位制の学校だから、必要な単位の授業を各々で選んで自分で教室を移動して受けに行く。


 そして問題も早速、1限目から始まった。


 「え、きりこ……授業違うの?」


 「うん、私前期分の数学取れてないから、そっち受けに行かないといけないんだ。ゆいかはとれてるから、こっちの後期分の数学でしょ? がんばって」


 必修の数学は一緒だと思っていたけれど、早速きりこと分離してしまった。


 ぽけーっとしていた私を置いて、きりこは漆原さん(きりこはそらって呼んでた)と一緒に、教室を出て行ってしまった。


 思わずはっとなって周りを見る。まずい、なんにもわかんない、というか教科書すら持ってないけどどうしたらいいんだろう。


 そしてそんなことより重要なのが、独りになってしまったということ。


 周りをきょろきょろと窺うけれど、皆がやがやと話していて、当然私が知っている人は一人もいない。始業式も保健室で倒れていてからなおのことだった。


 思わず、息が荒れるのを感じながら、とりあえず授業の時間割表を見て、一応教室が間違えていないことを確認する。担任が数学教師だからか、数学の授業は変わらずこの教室で行われるみたいだ。


 …………。


 5秒ほど思考して、私はそっと肩を縮めた。うう、こんなので本当にやっていけるのかな。


 なんて、気弱になったころに、教室の扉がガラッと空いて、きりこと漆原さんがちょっと急いだ感じで顔を出していた。


 「あ、あと……ゆいか、だっけ。分かんないことあったら、『あい』に聞いて……って丁度今、話しかけようとした感じ?」


 そして慌てたようにそう告げた。それを言いに戻ってきてくれたんだろうか……というか、あいって。それに丁度今ってどういう意味だろう。


 首を傾げたところで、不意にがしっと肩を人に捕まれる感覚がした。


 慌てて振り返ると、私の後ろから、少し明るめの茶髪に染めたポニーテールの女の子がにやにやと笑いながら、私を見ていた。


 「ふっふっふ、だと想ったぜ! よろしく、ゆいか! 私、柳澤 あい!」



 そして快活に勢いよく挨拶された。


 思わず目が眩む。輝かしいばかりの笑顔と明るい声に、私の存在事かき消されそうになる。


 初見の印象だけど、とても清々しい人に見えた。故に、私とはあまりにかけ離れた人ではないかとそう思った。


 正直、洞窟から這い出たばかりのコウモリみたいなやつに、そんな直射日光みたいな笑顔を当てないで欲しい。


 思わず委縮しながら、一応、挨拶のために頭を下げると、柳澤さんは自然と私の隣の席に腰を下ろした。一応、ホームルームの時と違って、授業では空いている席に自由に座っていいことになっているらしい。


 ちらっと、きりこに助けを求めようとしたけれど、きりこは丁度、がんばれってー感じに、手を振りながら部屋から出ていくところだった。ぐう……、仕方ないけどさあ。


 こんな明るい子と上手く話を合わせられるだろうか。そもそも共通の話題とかあるのだろうか。とか私が心の中で涙を流しかけていると、柳澤さんはにこっとわらって私の方に机を寄せてきた。それで下から覗き込むように、私に向かって視線を投げる。


 「そうだ、よろしくのついでに私の秘密を一つ教えてあげよう」


 多分、どうでもいい秘密だろうなあ、と心の中で嘆息した。


 柳澤さんはぐっと親指を立てて、にっこり笑った。




 「 



 

 さらっととんでもないこと言ってきた。



 ええ……。


 「引きこもり仲間同士、仲良くやろうぜ!!」


 そんな快活に仲間を作っていいのだろうか、そのグループ。


 「え、あの、はい……」


 思わず、呆れが顔に出ている気もするけど、柳澤さんは明るい笑顔のままだった。相手も気にしてないみたいだし、私も気にする方がおかしいのだろうか。


 「あいは相変わらず、不幸エピソードの割に性根が明るすぎるんだよねー」「しかし奴はまだ更なる変身不幸エピソードをあと2回残しているのだ」


 頬を引きつらせながら、後ろを振り返ると同じ顔をした女子二人が私の後ろの席でそう言って笑っていた。私と眼が合うと、同じタイミングで二人揃ってひらひらと手を振ってくれる。


 よくわからいまま、手を振り返すと、私の隣で柳澤さんがそれに気づいて補足してくれた。


 「そっちの2人はねーみおれいね。見た通り双子だね。澪がロックを弾くのが趣味で、零がロックを聴くのが趣味」


 ああ、やっぱり双子なのか。改めて見直すと本当にそっくりだなあ。なんて思いながら見ていると、二人はさらにひらひらと手を振ってくれる。


 「私はアウトドア派だよー」「ちなみに私はインドア派ねー、意外と違いがある」


 「えと……よろしく、え、で、どっちがどっち?」


 「「……」」


 「……え?」


 「「当ててみな?!」」


 「いや、わかんないよ?!」


 そう思わず叫んでしまったら、柳澤さんも双子の澪と零も楽しそうにくすくす笑った。


 うう、こういう時、どういう反応したらいいのか分からない。頭が熱くなっているけれど、これは恥ずかしいのか、混乱しているのか。なぜかそこまで悪い気がしないのもよくわからないけど。


 「いいね、ちょっと気が楽になったかな? そらからゆいかを任されちゃったからね、これは目一杯お世話をしないといけないもんね」


 そう言って、柳澤さんは楽しそうに私に笑顔を向けてくる。私は頬が熱くなっているのを自覚しながら、思わず縮こまりかけていた。あれ、学校ってみんなこんな感じだったっけ? 私の記憶では、もっと殺伐として、優しさのない空間だったはずなのだけど。


 「とりあえず、最初はやっぱお互いを知ることからでは?」「後ろめたいこと、変なことはないかい? 心の奥、曝け出しちゃおうぜ?」


 背後から双子がにやにやと笑いながら、私の肩を両サイドからポンと叩いてくる、え、えと私が尚、困惑してい間に私を囲む女子たちがどんどん話を進めていく。


 「ゆいかは、なんか好きなことある? あ、変なことでもいいよ? 特徴的なとことか」


  にこやかな笑みで、柳澤さんは果てしなくよくわからないことを聞いてきた。変なことって何。


 「ちなみに斜め後ろに座ってる男子の山川は両性愛者バイだよ」「そしてその前にいる松笠は科学的に仏教を考える変態だよ」


 そして、背後にいる双子が追撃のように言葉を被せてくる。そしてそれに呼応するように、斜め後ろの男子二人が反応した。


 「おい、人の性癖ばらすの早くねーか」「ちなみに両性愛を仏教的に考えるとね―――」「長そうだからまた、今度な」「Oh……」


 なんか、すごい流れでとんでもないことを明かされた気がしないでもない。


 「え、でも差し支えなければ私、引きこもりトークがしたい!!」


 柳澤さんはちょっとワクワクしながら、期待に満ちた目を私に向けてきた。いや、そんな期待に満ちるような話題何だろうかそれは。


 「あいの引きこもりの話を実質初対面でするの重くない?」「まあ、あの話を聞いたら己の不幸がすごい平和な悩みに思えてくるよね」「むしろその過去で何故そこまで明るくあれたのか」「愛の力じゃない、あいだけに」


 背後で双子が神妙な顔をしてるんだか、面白がってるんだかよくわからない顔で、茶々を入れてくる。


 というか、いい加減、情報量が多くて授業が始まってもないのに、頭がパンクしそうだった。


 何にしてもとりあえず、一回、一回だけでいいから私も喋らないと。えと、うんと。何を、何を話せばいいのかな。


 わからないまま、闇雲に口を開いた。


 あわ、あわわ。とりあえず、喋らなきゃ。



 「えと、あの、みんな、えと、何て呼べばいいの?」



 ほんの少し、沈黙があった。私の周りにいた五人の男女がそれぞれ顔を見合わせて、それからにやっと笑みを浮かべた。


 「あい! がいいな!」


 「みおだよ!」「れいだぞ!」


 「山川でー」「同じく、松笠でー」


 それぞれが笑顔で応えてくれる。はは、なんだか、なんだろうな。


 嬉しい、のだと、想う。いまいち、気持ちの処理はできてないけどね。


 「ところで、なんで、ゆうまとしょうげんは苗字呼びがいいの?」


 「巨乳は引力が強いから、あえて苗字呼びにすることでいい感じの距離感になるんだよ」「やっぱり魅力的な女性と心の距離感が近いとどうしても煩悩が引き起こされるからね、そういった超刺激は瞑想の邪魔になるんだ」


 「おう、男子二人。いっぺん私らに呼びかけてみ?」「「そうだ、そうだ」」


 「なんだよ、あい」「どうしたんだい、みおとれい」


 「つまり私たちの胸が小さいって言いてーのかーーー!!」「「血祭りじゃーーー!!」」


 「おう授業始めるぞーーーーーって、そこの5人うるせー!!!」



 ちなみに最後に叫んだのは担任の先生だった。


 

 「ちなみに俺は並河 藤次だから、なみやんとか呼ばれてえな!!」


 「「「「「あんたが一番うるせー!!!!」」」」」



 なんというか、うん。随分と騒がしい学校2日目だった。


 なんか、ほんとに凄いとこだなあと、ちょっと呆れてしまうけど。


 まだ逃げ出さずにいれるかな。


 そう思うくらいのことはできたかな。


 といってもまあ、まだ何もわからないまま私は軽く首を傾げた。


 




 ※




 きりことそらは、前期の数学の授業を終えて、次の現国の授業を受けるため元の教室にもどっていた。


 「大丈夫かなあ、ゆいか」


 「あいに任せたし、多分、心配ないけどね」


 「だといいんだけど、一年ぶりの学校って言ってたし。対人キャパがオーバーしちゃわないかなあ。あと変な人に絡まれたりとか……」


 「……キャパオーバーはわかんないけど、変な人は大丈夫だと思うけどね」


 「うーん、わかんないよ。結構ゆいかよわよわだからなあ」


 「ふーん、あ、いたいた、なんか話してるわね」





 「両親から虐待→両親事故で死亡→絶望して自殺」「→一年間引きこもり→カウンセラーに救われて現在」


 「え? ええ? なんで!? あいは、そんなことあって、なんで笑ってられるの?!」


 「あっはっは、色々あったけど、今は幸せだからかなー」


 「そのノリで流せる話題じゃねーんだよな」「釈迦でもちょっと引くレベルだよねえ」


 「でもゆいかも学校出てこれてよかったねえ」「きりこと出会った話のあたりで私泣いちゃった」


 「え、あ……うん、ちょっと恥ずかし……」


 「だよねー、やっぱ素敵な出会いがすべてを変えるのだよ!!」


 「俺も素敵な出会いほしーわ」「寺に養子入りすると、後継ぎ欲しいから、お見合いはより取り見取りだよ?」「そこで俺が男選んでも問題ねーのかよ、その寺は。跡継ぎできねーぞ」「住職のノリによるなあ」「ノリかよ」「うん、ノリ」


 




 「……ね? 心配ないでしょ」


 「……だね?」


 「……ま、心配なのはわかるけど、あんま気にしすぎないことね」


 「……はあい」


 そらが軽くきりこの肩を叩いて、きりこは少し肩をすくめながら苦笑いをした。


 少しの寂しさと、それに混ざった安心と、いつかけいかと歩んだ過ちを想いだしながら。


 二人は、その騒がしい話の輪に入っていく。


 「なーに話してんの? ゆいか」


 「あ、きりこ! ねえ、聞いて!」


 「うん、聞く聞く。聞くからさ」


 「うん、えと、まず、あのね」


 そんな二人を見て、漆原そらはこっそりと笑っていた。

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