引きこもり少女たちのゲーム日記
キノハタ
オープニング
4月27日 きりこは徹夜でゲームした
私、桐谷 きりこは引きこもりなのだ。
高校二年のころ通っていた高校で色々限界になって爆発した。
それから親に泣きついて、部屋に引きこもることになった。
そんな感じで引きこもり歴は、はや一か月。思い返せば、長いような短いような。
学校に行かず、勉強に追われず、人間関係に煩わされることもなく。
ただ、惰眠と怠惰を貪る日々。
なりたいものもなく、なれるものもなく。
これからのこととか、不安はないかと問われればないことはないのだけど。
今はただ、そんなこと忘れていたかった。
なにせ、私だってこれまで休まず17年間も頑張ってきたのだ。
ちょっとくらい、休息が必要だと思うのですよ。
「私……結構、頑張ったよね……?」
万感の想いでそう呟いて。
朝日に眼を細めながら、震える指から力を抜いて。
コントローラーを置こうとした、そんな時。
「きりこ、おはよう! バイトいこ! バイト!」
ベランダの窓をガラッと開けて、寝間着姿のゆいかが侵入してきた。
朝だというのに爛々とした目を輝かせて、……元気だなあ。
ゆいかはマンションのお隣さんで、よくベランダ越しに侵入してくる引きこもり仲間だ。ちなみに奇しくも同い年。
お互いの部屋が直近なのもあって、その気になればお互い部屋にいたままローカル通信ができたりする、そんな仲。
あ、ちなみにバイトってゲームの中の話ね。
「ゆいか、うるさーい。徹夜明けに響くからー」
「……さては、抜け駆けして夜の3時のバイト解禁からずっとやってたな?」
寝ぼけ眼をこする私を見て、ゆいかは若干藪にらみになる。うぐ、まあ一緒にやろうと昨日の夜誘われていたのは確かだ。楽しみすぎて抜け駆けて先にやってしまったのも事実なのだ。うむ。
「うん……もうちょっとで達人ランクにいきそうだからさ……つい」
「夜更かし止めといたほうがいいよー、引きこもりというか、そもそも人間としてダメになるよ」
ゆいかは私と同じ引きこもりの割に、そんな健康そうな意見を投げてきた。しかし正論過ぎて言い返せない。
目を逸らすことしかできない私に、ゆいかは傍までよってくるとほっぺをぐりぐりと指先でいじめてくる。徹夜明けの頭では避ける気にもなれず、されるがまま。それでも、なんとか自衛しようと回っていない頭で適当に口を動かしてみる。
「……引きこもりって時点で人間としてダメじゃない?」
「ダメじゃない! 引きこもり歴一年の私が言うんだから、間違いないよ! でもそれはそれとして、ダラダラしすぎると人間としてダメになるよ!」
そんな弱気を漏らした私の言葉に、ゆいかはふくよかな胸を張って、自信満々に宣言した。私はそれにおー、と声を漏らしてぺちぺちと拍手をする。相変わらず、前向きだな、この子。
「さっすがあ、引きこもりの大先輩は言うことが違うや」
「どやあ……」
「口で言う? それ」
2パーセントくらい皮肉が入っていたわけだけど、ゆいかは気にした様子もない。まあ、こういう子だね。明るくて、素直で、真っすぐで、なんで引きこもっているのかよくわかんないやつ。一か月の付き合いだから、それくらいしかわかんないけど。
「どっ……やぁ……」
溜めながらなんか繰り返してるし。なんだろ、微妙に腹立つな。そして、妙にいたずらしたくなる。豆粒ほどの嗜虐心が私の手をそっと動かす。
そして、私は目一杯胸をそらしているゆいかの脇に指を刺すことにした、こうぶすっと。
ほんわりとした柔らかさのお肉とその奥の肋骨にしっかりと指が突き刺さる。
「ほぎゃひゃあ!!??」
なんだか人外じみた声を上げて、ゆいかが飛びあがった。声の大きさに、ちょっと私もびっくりしたけど、ゆいかの声にゆいか自身が一番びっくりしたっぽい。
数瞬ほうけた後、はっと我に返って涙目で私をにらんできた。私は思わず苦笑い。
……ただ、なんだか微妙に楽しくなったので、そのまま脇をこちょこちょと動かしてみた。
「ほにっひっゃあああ!! ひゃっ……やめ……いやあっ!!」
私の指に合わせてゆいかが身体をよじらせて、泣くような高い声を上げる。……楽しい……けど、なんかちょっといかがわしいや。もしかしなくても、ご近所様に聞かれたら大変かもしれない。というか、両親にバレたら……。世間体がただでさえ悪いのに、これ以上悪くしていいものか。
引きこもりのニート、隣家の少女を連れ込んでいかがわしい行為を強制する。新聞の見出しにでかでかと載って、家族が後ろで泣いている。そんな想像が湧いてきたので、嬌声を上げ続けるゆいかをしり目に私はそっと指を引き抜いた。
「っ……ひっはっ……ひっ……何……するの」
「いや、なんか隙だらけだったから、つい」
息も絶え絶えにゆいかは、涙目のままこっちを睨んでくる。寝間着姿で頬紅潮させている姿はどことなくえっちかったが、まあ、言わないでおくことにした。恋人とかそういう関係ではないのだよ、私達。
「……」
あ、怒ってる。どうやら、こしょばしが地雷でしたか。しかし、ただで転んで終わらないのがこの子なのだ。ゆいかは無言で体勢を戻すと微妙に笑顔でこっちににじり寄ってきた、私は思わず頬が引きつる。……ああ、なんか悪いこと考えてる顔だね、これ。
「きりこ、知ってる? やるからにはやられる覚悟がいるんだよ?」
「え……うん……」
そんなはーどぼいるどなセリフをつぶやきながら、ゆいかは指をわきわきと動かしている。それから調子に乗って若干の後悔を感じている私に、厭らしい笑みのままじりじりとにじり寄ってきた。まだ触られていないのに、脇のあたりがぶるっと震える。
「でや!」
ゆいかはそう意気込んで私にとびかかってきた。脇に顔をうずめて、抱き着くみたいにしながら、両の手で私の脇を懸命にまさぐる。
…………。
「ん……うーん……」
こしょばく…ない。脇をまさぐられていけど、なんだろ思っていたより効かない。なんだろこしょばいっていうより、なんならちょっと痛い。力加減の問題と、あとゆいかは爪が長いから、それが時折引っかかって、こそばいどころではない感じがする。
「あれ……?」
「ゆいか、ちょっと痛い。爪、痛いから」
そう私が漏らすと、ゆいかはちょっとショックみたいな顔をして、どこか不満げに手をひっこめた。
「くそう……こんなはずでは」
「ごめん。ごめん。ほらゲームしようよ」
「ちぇー、へいへーい」
思い通りにいかなくてご機嫌斜めなゆいかを置いて、私はゲーム機の電源をつけた。
ゆいかはすごすごとベランダまで戻ると、自分の部屋に戻っていった。ゲーム機は結局向こうにあるからね。
こんな感じなので、隣に住んでいるけれど、ゲームをするときは私達は顔話合わせない。会話はもっぱらラインで行われているのだ。
程なくして、ラインの通話がなる。
相手は確認する間でもなく。
「じゃ、やろうか」
『ほいほい』
隣に住んでいるけれど、ゆいかが引っ越してきたのは一年ほど前。
通っている学校も違ったから、ほとんど出会う機会もなく。
私が引きこもり始めてから、ようやくお互いをなんとなく知ったそんな仲だ。
二人そろって高校生で、引きこもり、だけど今日も今日とてゲーム三昧。
幼馴染ってほど、仲良くなくて。
親友って言うほど、手放しじゃない。
でも、恋人って程、爛れてない。
ただ、お互いの部屋にいてもローカル通信ができて、お互いおんなじゲーム好きだ。
私たちは、その程度のそんな関係。
どうしてゆいかは引きこもって、一体何を考えて、これからどうしていくのか。
知らないことも、わからないことも多々あるけれど。
まあ、そんなことは置いておいて。
私達は今日も今日とてゲーム三昧。
きっといつか、ここを出ていく日が来るのだろう。
私もゆいかも、いつか、きっと。
でも、それはきっと今日じゃない。
まだ私たちはお隣さんのゲーム友達。
胸の奥にある不安のタネとは裏腹に、今日も今日とて私達は笑って騒いで過ごしてる。
これは私たちのそんな、物語……って言うほど大したことない。
日記みたいな、そんなお話。
※
「ゆいかはさ、なんかなりたいものとかあるの?……あ、そっちにモグラ行ったよ」
「ほいほい。私? なりたいもの? 私はねー……なにか書いて生きていきたい、かな」
「小説家……とか?」
「でもいいけどね、ライターとか、シナリオ作るとか、そういうの」
「なんか書いてんの? あ、タワーきた」
「倒してきまーす。……うん、一応ね」
「今度見せてよ」
「いいよ」
「それはそれとしてだね」
「うん」
「やばくね? 私含め三人死んでるよ?」
「てことは、生き残ってんの私だけじゃーん」
「だね……あ、死んだ」
「受け取ってください…………きりこさん……最後の、ボムです」
「届いてないんだなこれが」
「ぐはー全滅」
「だねえ……うーん、だみだ。頭が回らん!! 眠い、寝る!!!」
「しゃーない。おやすみー、ちなみに、プレイ時間の記録取ってる?」
「取ってるよ、言われた通り。何でいるの、これ」
「引きこもりは、誰にも監視されないから自分で自分の習慣を管理する必要があるの」
「ふーん、そっか」
「で、今日、何時間したの」
「ざっと12時間」
「やべー廃人」
「さすがに眼と肩と腰が痛いわ。バキバキいう」
「ストレッチしてはよ寝なさい。そして明日はちゃんと朝に起きなさい」
「へーい……ではではー」
「おやすみー」
「おやすみー」
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