第6-9話 何もしたくない。
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酒を煽った。美味しさは分からない。気持ち悪い。
飲んでも飲んでも、ささくれ立つ心が抑えられない。
吐くまで飲んで、そのまま意識を失った。
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手首をナイフで切りつけた。切った線が赤い川となり、その回りが桃色の山となり、ぷっくりと、噴火するように、川が膨れ上がって、決壊した。
血の色と、臭いと、感触と、ドクドクとうるさい心臓と、そのすべてが、気持ち悪くて、だんだんと視界から色が消えて、意識を失った。
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マナと同じように、天井から縄を下げてみた。足には魔力を封じる装具をつけた。いい踏み台がなかったので、ベッドからいくことにした。
迷いはなかった。ベッドを蹴って、縄に首を委ねて。
縄が切れた。着地に失敗して、足の小指を捻挫した。
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二階では高さが足りないかもしれない。だが、ここより他の場所まで動く気力はない。
ここが二階立てであることに、絶望した。
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いつから、何も食べていないだろうか。いつから、何も飲んでいないだろうか。
空腹と喉の乾きがつらい。
辛い。
幸せ。
だんだん、君に近づいている。
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腕を、切り落として。
魔法でくっつけて。
また、切り落として。
また、魔法でくっつけて。
切り落として。
くっつけて。
切って。
貼って。
切って。
貼って。
切って。
貼って。
切って。
貼って。
ああ、痛いなあ。
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テレビをつけてみた。
音量を最大まで上げた。
つまらなかった。
でも笑った。
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テレビの音がうるさかったので、椅子で叩いて壊した。
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通販でタバコを買った。
先に火をつけて、吸ってみた。
むせた。
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また吸ってみた。
今度は上手く吸えた。
相変わらず、何がいいのか分からない。
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一日に一箱吸ってみた。
最悪な気分だ。
最高だ。
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タバコの先を、腕に押しつけてみた。グリグリと。
熱かったが、これじゃあ、足りない。
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酒を煽った。やっと、一本無くなった。
飲めるようにはならなかった。
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――夢を見た。
彼女の冷たい亡骸を抱きしめて、泣いた。声が枯れるまで、彼女の名を呼んで、泣いていた。いつまでも泣いていたかったのに、いつしか、涙は止まっていた。
「マナ――?」
白髪の少女がマナに手を伸ばして――、
「触るなッ!」
それを払った。直後、少女は床に倒れる。
そして、ゆっくりと、起き上がった。
「お兄ちゃん……? どうして、泣いてるの?」
朱里は、僕とマナを見比べて、
「マナを生き返らせてあげようか?」
なんてことを言った。
「――何もするな」
生き返らせてほしかった。その代償を知っていた。
誰にも、マナに触れてほしくなかった。これ以上、マナに何もされたくなかった。
まなの痛みを知っていた。マナに同じ想いをさせたくなかった。
それに、生き返らせたところで、きっと、もう一度、殺してしまうだけだ。
嫌になるほど冷静で、感情に支配されきれていないのが、マナをそれほど想っていないと言われているようで、すごく嫌だった。
生き返らせてくれと、頼むことは容易かった。それが、マナのためにならないことは分かっていた。
だから、朱里がマナに伸ばした手を、僕は振り払った。
「な、なんで? お兄ちゃんは、マナが死んじゃったから、そんな顔してるんでしょ?」
「どっか行ってろよ」
「お兄ちゃんを放っておけないよ……」
「うるさいなあ、放っとけよ!!」
いつまでもこうしていたくても、いつかは、彼女の身柄は王都に引き取られることになる。
「二人きりにさせてくれ。邪魔、しないで」
マナだけを感じていたかった。そこに浸っていたかった。彼女の香りが消えないうちに、覚えの悪いこの頭に、彼女のすべてを覚えておきたかった。
それが、いつかは薄れていくことも知っていた。
――夢を見て、やっと、僕はあの日のことを認識した。
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何もしたくない。
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